九十九任三郎-09
少しだけ、時間は遡る。
九十九任三郎をSHOインテリジェンス本社ビル前で下した富山裕子は、そのまま車を走らせ、一番近いコインパーキングを発見次第、そこに車を停めて、車外へ。運転していた時間は数時間程だが、それでもやはり緊張はするものだ。
体を伸ばして、スマホを取り出し、近くにある喫茶店を検索。九十九と合流する時の事を考えて、なるべく人通りの少ない小さい個人経営の喫茶店が良いと、検索し終えた彼女が歩き出す。
歩いている途中、一人の男が横並びになった。
「騒ぐな、そのまま歩け」
「、」
声と共に僅かながらに鋭い刃の感覚が、スーツ越しに感じられた。
バタフライナイフで、周りに見られぬように裕子の肌を軽く突く男だが、今この場で刺すつもりはないらしい。すぐに刃を引いて、ただ前を向き、並走して歩くだけ。
裕子もそれに従い、歩くペースを決して乱さない。
「それでいい。そこの路地裏、入るぞ」
「先行くわね」
「ああ」
言葉通り、先に左へ転身、薄暗い路地裏へと入っていく。
人通りが確認できない事を確認してから、裕子はビルとビルの合間と言える路地裏で、左右を前後を確認。前から一人、後ろから二人の厳つい男が。後ろの二人はナイフを持ち、もう一人は鉄パイプを持っている。
「何なの貴方達。警察呼ぶわよ」
「おう呼んでみろよ、スマホ取り出した瞬間にボコっちまうぞ」
「というより、貴方達かしら、私をつけてたの。それなりに怖くて警察にも相談しているのだけれど」
警察に相談している、は嘘である。しかしコレで引き下がってくれるのならば良し、そうでなければ――と考えながら、裕子は未だ、スマホに手を伸ばさない。
「大人しくしてりゃいい。そうすりゃ若いモンにちょっくら体弄られる程度で済むだろうよ」
「あら怖い。私も若い女だから、寝る相手は選びたいのだけれど」
抵抗の素振りを見せぬ裕子。そんな彼女に鉄パイプを持った男が少しずつ近付き、今その二の腕を掴もうとした。
瞬間、二の腕を掴もうとしていた手を払いのけ、肘打ち。グ、と声を漏らししながら、尚も意識を保っている男に、裕子が「ち」と舌を打つ。何かが腹部に入ってる。
今肘を打ち込まれた男が、横に振る事が出来ない関係からか、大きく上段から鉄パイプを振り込んでくる。
しかし、裕子は振り込まれるより前に男の体へタックルを仕掛け、対格差から生じる位置関係によって肘で腹部を強く殴打。
だが、この二撃目によって判明、ヤクザ者特有の腹巻きに雑誌という状態で、ダメージは恐らく少ない。
両腕で裕子をホールドしようとする男。だが裕子は素早く体全体を地に這わせ、避けると同時に左手の掌底を顎に。
顎への一撃によって、男の意識を飛ばす。すぐに男の体を盾にして、振り切られるナイフの振り込みを止め、続けて男の背中を蹴りつける。
駆け出し、大通りに。
しかし相手はヤクザ者、しかも自分は公安関係者。やるならば彼女一人でやるか、他の仲間が欲しい所だったが、しかし九十九を巻き込むわけにはいかない。
「ついてらっしゃいよホント……っ」
急いで逃げるフリをして男たちをひきつけながら、大通りから裏路地に入り、廃墟された倉庫へ。
まるで逃げていたのに行き止まりまで来てしまった乙女を演じつつ、男たちがやってきた。先ほど気絶させた筈の男も目を覚まして、随分と怒っている様子だ。
「大人しくしてろっつったろぉよ……っ」
「全く、懲りない奴ら。……教えて、貴方たちはどうして私を付け狙うの?」
「オレらも詳しい話は知らねぇよ、ただオメェさんに動かれちゃ困る奴がいるみてぇでな」
「その困る奴って?」
「ハハ、さてな。もし従順にしてりゃ、どっかのバカがオメェとピロートークしてくれっかもよ」
「下品な事ね。私、そういう下品な事しか言えない男はキライ」
「言ってくれんじゃねぇか、アァンッ!?」
今、唯一鉄パイプを持っていた男もそれを放り投げ、ナイフへと切り替えた。
見た所、他に武器はなさそうだ。
「ねぇ、一つだけ先に聞かせて」
「あんだよ」
「顔に傷が残る方がいいか、手足に傷が残る方がいいか、選びなさい」
「……それを選ぶのはテメェだろうがッ!!」
バタフライナイフを持った三人の男が駆け出すも、しかしそんな彼らは裕子にとって障害にもなり得ない。
彼女は着ていたスーツに隠していた警棒を引き抜き、伸縮性のロッドを伸ばす。
三人によって振り込まれる刃、だがその刃を持つ手首に向けて振るわれるアルミ合金製の警棒が、まるで鞭のようにしなやかな動きで、打つ、打つ、打つ。
一瞬の内に放たれた三撃、手首を押さえようとする男たちだったが、その前に裕子が動いている。
正面から迫っていた男からみて左の首筋に向け、裕子の左脚部が放つ回し蹴りが炸裂。勢いと回転力を活かした一撃によって廃墟のコンテナに体を衝突させた男は沈黙、そのまま気絶。
右脚部で着地し、警棒を持った右手を振るった。
今裕子の顔面目掛けて振り込まれようとしていた拳が、警棒の一打によって弾かれ、動きを止め、左脚部で相手の足を払いながら、警棒を握る右手の拳が、鼻っ面を捉える。
ガギョ、という音と共に骨の折れる感覚。恐らくだが鼻の骨を折ってしまったか、と少しだけ罪悪感を感じるも、今の一撃では起き上がれまい。
「残りは、貴方一人ね」
「な、何なんだよオメェ、た、ただのパンピーじゃねェだろ……っ!?」
「ええ、そうよ。私はただのパンピーじゃなくて、か弱い女の子だもの。だから、警棒位持ち歩いていても何ら問題は無いでしょう?」
男との距離は二メートルも無い。裕子が動けばすぐに身柄を拘束できる。だからこそ威圧感を与え、それ以上の行動はするなと、無言の圧力により警告。
「お、おい、動くな」
男は、今思い出したかのように、ベルト部分に備えていたトカレフを構える。
「何時のヤクザ者よ貴方達……」
「う、うっせぇ、チャカだぞチャカ! テメェのキレェな顔ぶっ飛ばされたくなきゃ、手を上げて大人しくしろぉッ!!」
「分かった分かった」
ため息をつきながら、両手を上げて警棒も地面へ落とす。
そして落とした瞬間の音に反応し、男が警棒の方へ意識を向けたので、随分と余裕を失くしていると判断。
「ねぇ、一ついい?」
「なんだよッ!」
「安全装置解除してないけど」
「ハ!?」
視線が銃へ向き、しかも手首を下げてくれたので銃口も自然と下がる。
裕子は残りの距離を詰めつつ、男の手首を捻り上げながらトリガーの間に指を挟み、男の股間を蹴り上げて力を弱めさせると、トカレフを没収。
股間を押さえて「テメェ……っ」と睨みつける男が少し可哀そうになったので、種明かし。
「このトカレフ、安全装置付いてない危険な銃なのよ。アンタみたいな男が使ったら暴発必須よ、気を付けなさい」
連続して三発、男の頭部近く、腹部近く、股間部近くに銃弾を撃ち込む。
撃たれ、死んだのではないかと鑑みた男だが、何時まで経っても死んでいない事に疑問を持ち、撃たれた個所を確認。
殺されてはいない、生きていると言う安心感からか、男は放尿と共に意識を落とす。
残る、気絶している男の腹部にあったトカレフ、そして鼻っ面を押さえて痛みに悶える男のトカレフも回収。
特に問題は無いと、スマホを取り出した裕子。
丁度着信があった。九十九からだ。
『もしもし、今どちらですのん?』
「終わりましたか?」
『ええ、そちらに合流しますんで、場所を』
「いえ、少々建て込んでおりまして、貴方は是非そのまま人通りの多い所に」
と言ってる最中、鉄パイプが投げられて、そちらに視線を向ける。
厳つい顔をしたスーツの男たちが十名弱、廃墟へと乗り込んできた。先ほど投げられた鉄パイプによってスマホが地面へと落下、画面が割れて電源が途絶えた。