選択の先に-09
工業都市エパリスへと到着したリッカ達五人は、まずは都市の様子を確認していた。
元々皆がエパリスへと急ごうとしていた理由は、ミサトから彩斗宛に『居場所を送信』機能を用いて位置情報だけが送られ、その後にはメッセージも音声通話に関しても一切反応がなく、何かトラブルがあったのではないか、と考えたことが理由だ。
しかし見た所、エパリスは以前来た時と変わらぬ様相をしていた。
だからこそ、彩斗はまず手始めにミサトが元々グランドール大鍛冶場において武器の改修を注文していた事を思い出し、そこへ向かった。
「お、救世主の姉ちゃんたちじゃねぇか。アイコンはどうだ? 一応勝負は継続してっからな、どっちの方が使い勝手いいとかあれば教えてくれや」
「グランツが製作した光のアイコンも、我々デンタリック商会鍛冶部門が製作した闇のアイコンも、性能としては折り紙付きと自負も畏敬もしておりますが、しかし勝てると信じて作り上げたものですからね。……まあ、もう率先して勝負を仕掛けてはいませんが」
そうして世間話をしようとした、グランツとメリクスに「それどころじゃないんだ」と先に言葉をかけ、問う。
「ミサトがここに来ていた筈なんだ。どこに行ったか、分かるかい?」
「ミサトって、パールホワイトの改修頼んでた姉ちゃんだろ? だったら病院に行ってるはずだぜ」
病院? と全員の声が重なった。
元々FDP内に病院があったという事を知っているメンバーはおらず、しかしミサトが病院に行ったという事に関しては事実らしく、メリクスも頷いた。
「ええ、体調が優れなさそうでしたので。その後どうなされているかはわかりませんが、もし見かけましたらパールホワイトの改修が終了しておりますので、お戻り頂くようお伝えをお願いいたします」
「そうか。ちなみに病院は」
「ここの道真っすぐ行った所だよ」
「ありがとう。何にせよ行ってみる」
素早くグランドール大鍛冶場を出て、そのまま面々と顔を合わせる。
「病院って行った事あるかい?」
「教会なら一回、状態異常直して貰ったことあるけど……」
彩斗の問いにエリが答えた。しかもそれだって、FDP内でプレイヤーが使う事を想定して設置された状態異常を回復させる施設だからで、教会としての機能が果たされているというわけではない。
「病院かぁ。ゲーム内の病院ってしっかり機能してるのかな? 薬売ってるだけだったりして」
「何にせよ、行ってみないとわかりません」
マリアがふと問いを言葉にするけれど、リリナが首を振って急ごうと急かす。向こうから連絡が取れぬ程の状況で病院という施設にいるのであれば、何かあったに違いないから速く行こうという事だ。
彩斗もそれには同意し、窺った道に従い走り出した。
病院自体はすぐに見つかり、彩斗は清潔感あふれる病院へと入り、受付にいた女性に「ミサトという女性が来ていないか」と尋ねると――
「あ、彩斗さんですか!?」
やけに慌てた様子の、恐らく看護師と思われるNPCが、彩斗の手を引っ張って、院内を駆け出していく。
「びょ、病院で走るのはよろしく無いんじゃ」
「そんな事言ってる場合じゃありません! 一秒でも早く会ってあげてください!」
段々と不安が募ってくる面々。しかしそれも無理は無いだろう。病院という施設、その上で看護師が院内を走り回ってでも早くと手を引くような状況であれば、誰でも最悪を思いつくものだ。
連れていかれた場所は、ミサトのネームプレートが書かれた病室。
ドアを急いでノックした看護師が「ミサトさん、入りますね」と声をかけて、入室する。
「……あ、彩斗。ごめんなさい、連絡が出来ず」
病室には薄手の衣服に着替えていたが、それなりに元気な様子のミサトが寝そべっていただけで、特にケガや病気とは思えなかった。
「その、ミサト。何があったんだ」
「申し訳ありません、一時間ほど前に色々終わりまして、連絡をしようとしたのですが、病室内はコクーンの使用が禁止されていまして。もう、大丈夫です」
「それはいい。それより、何が」
「その……色々と、私も混乱しているのですが」
と、そこでカーラが「あ!」と声をあげ、看護師に注意された事で平謝り。
しかし恐る恐るミサトの眠るベッド、その近くにあった、大きな籠のような物を、見据えて、かけられていた布を、めくる。
「…………えっと、元気な女の子です」
「は」
「私と、彩斗の子が、生まれたんです」
突然の事に、口を開いたまま閉じる事が出来ていない彩斗たち。唯一カーラだけが「カワイイコです……っ」と感涙し、ミサトに「オメデトーゴザイマスッ!」と抱きついた程度だ。
看護師が小さな、本当に小さな赤ん坊をゆっくりと抱き寄せ、その体を彩斗へと委ねる。
小さな赤ん坊を抱いた経験のない彩斗は、看護師に指導されながら頭を固定しながら、その両腕でしっかりと、抱き上げる。
――可愛い可愛い赤ん坊。
それは彩斗とミサトが、ずっと夢見ていた、二人の間に生まれた、愛の結晶。
ボロボロと溢れ出る涙が赤ん坊の頬を濡らすけれど、潰さない程度に、けれど二度と話すものかと言わんばかりに、ギュッと抱きしめた彩斗。
「本当に……本当に、私たちの子なんだな……っ?」
「ええ、そうですよ。私と彩斗の子です」
「これがドッキリだったら離婚だぞ? 本当にそれ位、今私は喜んでいるんだぞ? 分かっているな?」
「勿論ですよ。私だってこんなドッキリ仕掛けません」
子供を抱き寄せたまま、流れる涙をそのままに、はしゃぎ出す彩斗と、共に喜びを分かち合うミサトの姿を。
全員が、少し離れた位置から見据えている。
――そんな二人の頭上に。
『N.5002〔諠?コ、繧キ繧ケ繝?Β繧堤畑縺?※菴薙r驥阪?縲∵?縺ョ邨先匕繧定ご繧〕』
文字化けを起こした称号取得メニューが表示されるも、しかしそれはジジジと黒いノイズのような物が走った瞬間、次第に形を変えていき、最終的には人が読むことの出来る文字に成り代わった。
『N.5002〔情交システムを用いて体を重ね、愛の結晶を育め〕』
――FDPの証言が真実ならば。
不明だった残り一つの称号を、今獲得した事になる。
喜ばしいことの連続だ。
マリアとリリナは手を叩いて彩斗とミサトへ「おめでとう!」と声をかけ、彩斗とミサトもそれを喜んでいる。
しかし――リッカ、カーラ、エリの三人は、違う。
「なぁ。カーラ、エリ」
「リッカ君。……私も、訝しんではいるよ。……でも、今は」
「エエ。……イマは、シテキしないヨーにしましょー」
三人も、もちろん祝福はしている。
けれど、手放しに喜べないと考える三人の考えは、きっと彩斗にも伝わっている事だろう。
――今、彩斗が僅かに、三人に向けて、笑いかけた。