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選択の先に-04

 瘴気の谷から放たれた一筋の熱線が、今バスラ農村からも僅かに視認できた。


数人のNPCが「不吉じゃ」等と口にしている中、リッカだけはその光景を見据えながらも、リングと光のアイコンを手に、ただ茫然と谷の方を見据えていた。



『行かないんですか?』



 どのメイドかはわからないけれど、リッカの背後から声をかける言葉に振り替える。



「メイド、お前最近見てなかったけど」


『アタシら一応サポートNPCですから、呼ばれていない時は本来出てこないんです。いつもあなたたちの近くにいたように思えたのは、あなた方に興味を持っていたからです。……それに、アルゴーラが今大変ですから、少しでも復興の手伝いになればって、今稼働できるメイド全員で処理に当たってます』


「そうか」



 短く返答をしつつ、リッカは再び谷へと視線を向ける。



『リッカさん、一つ教えて欲しいんです』


「何だ」



 決して彼女に視線を向ける事無く、リッカはただ言葉で返すだけだ。


それでいいと、メイドも思っていた。


だからこそ、会話だけはそのまま続ける事とする。



『貴方は、死ぬ事が怖いですか?』


「……ああ、怖いよ。誰だって怖いさ、そんなのは」


『嘘です。貴方は、エパリスからアルゴーラまで移動する方法において、わざわざ死を選びました。


 確かに合理的だったかもしれません。けれど痛みを感じ、死の恐怖を感じる事が出来る筈の貴方が、そうして死ぬ事を選択できた。


 それはもう、死の恐怖を克服したようなものでしょう』



 メイドの言葉は止まらない。ただ、何かを吐き出したいと思っているかのように、嘆くように、ただ叫ぶ。



『今だって貴方は、死ぬ事に恐怖なんかしていないんじゃないですか?


 こうして立ち止まってるのも、ただマリアさんとリリナさんに願われたからで、貴方は自分の意志で戦う事を止めていない。戦いの末に死ぬ事へ恐怖をしていない。


 それは――死という概念を知る事の出来ないNPCである私からすれば、不思議で不思議で仕方ないんです。


 死を知らない私ですら、死というモノを想像しただけで、心が震えるのに。


貴方は、そうして何もしていない自分という存在にだけ、心を震わせている。


貴方は何の為に生きているんです? 何の為に生きようとするんです?


 何故そこまで――死という恐怖に対して、無頓着になれるんです?』



 メイドの言葉に、リッカは反論する事などなく、むしろ合点がいったとばかりに、込み上げてくる笑いを堪える事無く、頷いた。



「前にも言っただろ。どのメイドに対してかはわからないけどよ、人は生きてる間にどれだけでも心に傷を負うって。時には自分が死ぬより恐ろしいと感じるほどの傷を負うなんて事もある。



 ああ、お前の言う通りだよ。オレは自分が死ぬ事に恐怖なんかない。だって『それ以上の痛みを知ってしまった』んだ。



大切な人を亡くした。それも一度ならず二度までも。その上ツクモまで死んじまって、これで心壊れるなっていう方が無理だろう?


いや――それ以前にオレは、人として生きる意味を見失っていたよ。


 やりたい事なんかなくて、生きている内にしたい事ももう無くって、だからFDPっていう死ぬかもしれないゲームにも、迷いなく飛び込むことが出来た。唯一悩んだのは『皆を巻き込んで良かったのか』って事位だ。


人は生に意味を求める。けれどオレには生き延びてまで欲しいモノなんか、やりたい事なんか、叶えたい願いなんか無い。


だから――死ぬ事に大して恐怖なんかない。一応それなりに、意味のある死を選びたいとは思うけどな」


『意味のある死って……』


「せめて誰かの役に立って死にたい。誰にも知ってもらう事なく、誰にも理解される事無く、誰の為にもならずに死んでいくのが、それこそ怖い。


 だから、せめて意味のある死を望んでるよ、オレは」



 狂ってると。


人間ではないメイドは、けれど人間であるはずのリッカに対し、そう感じてしまった。



 自我が芽生えたばかりの人工知能であるメイドですら、死という概念は想像するだけで恐ろしい。


だというのに、目の前にいる、十六歳の少年は、死という物に恐怖していない。


死という物を知らないわけじゃない。


その恐怖を、その意味を、理解した上でなお、死という存在を心から恐れていない。



――カーラが言っていた事の意味が分かった気がする。



カーラは以前、皆を助けるために戦っているリッカの事を「それが心配なんです」と言っていた。それは彼の心に出来る傷だけを心配していたわけじゃない。



『元々あの子には、ミホという母しかいなくて、その母が死んでしまった今、自分の存在理由を、見失いかけている、そんな風に見えます』



 その時のメイドは、まだ死という恐怖を知らなかった。


だから『死んでるとか死んでないとか、人間っていうのは小さい事に拘りますねぇ』としか考えられなかったのに、今はどうだ。



――彼がどれだけ、雨宮美穂という母を亡くした事により、自分の死を恐れなくなったか。


――そして二度も母を失う事となり、信頼していた大人であるツクモまで、自分の至らなさで亡くしてしまったと思った今の彼は、より死を恐れなくなり、それどころか『誰かの役に立つ死に方をしたい』と、むしろ死という存在を救いにしているようにすら思えてしまう。


――そんな彼が狂っていなければ、誰がどう狂っていると言えるだろう。



「でも、オレはもう死ぬ危険性を冒せない」


『……それはまた、何故?』


「マリアと先輩が、オレに想いを告げてくれたから。二人はオレに生きていて欲しいと願ってくれたから。だからオレは、二人の為に生きなきゃならない。意味のない命だと思っていたオレに、価値を与えてくれたんだ、二人は」



 だからオレは死なない。


リッカはそう言って、心にもない笑みを浮かべる。



――その笑みが、メイドには酷く、醜く見えて。



思わず、その頬を、叩いてしまう。



パチン、と乾いた音はなるけれど、双方ともに痛みは無い。


二者はNPCとプレイヤー。レイヤー階層が違う物同士で接触判定は無い。一応触れている感覚位はあるが、痛みなどのダメージ判定・計算は行われない。


けれど、何故叩かれたのか分からず、リッカは茫然と、メイドを見据えた。

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