選択の時-10
のどかな農村の景色が見える縁側。座布団が三つ敷かれ、それに正座をするのが、リッカ、カーラ、エリの三人だ。
ただ正座しているだけで会話も何もなかった。
リッカはただ呆然としているだけで、二者に何も言わないし、カーラもエリも、彼になんといえばいいのか、それが思いつかなかった。
ただ、その空気を変えたいとだけ思ったエリが何も思い浮かばず、威圧感に負けて少し席を外そうかと思った瞬間、前のめりに倒れた。
「足しびれた……っ」
「何やってんだよエリ」
少し、笑ってくれたリッカの姿に、エリは「えへ、えへへ」と恥ずかしがりながら姿勢を戻し、ただ足だけを崩すことに。
そうして少し、温和な空気になった事が幸いして、カーラもリッカへと口を開く。
「リッカ、マエにおハナシしたコト、オボエてます?」
「……ハーレムの奴?」
「Yes! あのトキにおハナシしたトーリ、なりましたネ!」
「え、何それ何の話?」
「前にカーラと、マリアと先輩に告白されて、ハーレムでも良いって言われたらどうする、って質問されたんだよ」
異常種ミライガを討伐するという事になった時に、ふとしたあキッカケでそういう話となった事を思い出していたリッカとカーラ。その話題に興味があったのか、エリが「そん時はどういう結論だったの……?」と問うと、リッカは晴天の空を見据えながら、答える。
「ハーレムなんか容認しない。一人ひとり、オレへの気持ちを伝えてくれたんなら、どっちかに決めないと失礼じゃんか、って感じだ」
「……じゃあ、リッカ君はこれから、マリアかリリナちゃん、どっちか決めるって感じ?」
「だから困っているというか……ちょっと自分に嫌悪感を抱いてる」
苦笑し、しかし空を見据えることを止めないリッカの言葉に、エリが首を傾げると、リッカは「簡単な事だ」と先に言葉を置く。
「オレは、あの二人から好意を寄せられて、とんでもなく嬉しい。今は色んな気持ちがせめぎ合ってて困惑してるけど、あの二人がオレの事を好きでいてくれて、本当に嬉しい。オレも二人が大好きだ。
……だからこそ、前にカーラへ言ったように、どっちかを選ぶっていうのが、怖くて怖くて、たまらない」
正座を崩し、膝を抱え、僅かに体を震わせたリッカに、エリもカーラも、ただ押し黙った。
「二人は、オレの事を好きで、気持ちを伝えてくれた。でもオレは、どっちか一人を決めることが出来ないんだ。
どっちかを選べばどっちかは傷つく、でもそうしてどっちかを選ばないのは、二人への侮辱だ、冒涜だ。
そんなの、許されていいはずがない。いい筈がないのに――オレは、それを許すとしてくれた二人に、甘える事しか出来ないんだ。それに嫌悪感を抱くのは当然だろ?」
「アマえるの、ソンナにダメなコトですか?」
「駄目だと思ってる。でも答えを決める事の出来ないオレは、そうやって甘える事しかできずにいる。それが不甲斐ない」
「リッカ君は、ちょっと真面目過ぎる気もするなぁ……ヒモってわけじゃないし、そもそも互いに好き合ってて、マリアもリリナちゃんも、互いに互いの事、知ってるんでしょ……? じゃあ、そんなに気にする事じゃ、無い気もするんだけど……」
エリが姿勢を崩し、ゴロンと縁側に寝転がる様にして、空に向けて手を掲げた。リングが太陽の光を反射させて、僅かに目を細めつつも、けれど言葉は止めない。
「そうやってさ、色んな事を、考えるのも、いいと思う。けどさ、そうして自分自身を、追い詰めて、追い込んで……そうした先に、何があんのさ……?」
「追い詰めて、追い込んで……か。確かに、そうかもしれない、けど」
「そんなの、昔の私と一緒じゃん……? 私みたいに、一人で思い詰めてさ、一人で塞ぎ込んでさ……そうしてたって、何にも解決しないって、自分自身分かってるんでしょ?」
「……じゃあ、オレはどうすればいい?」
「どうすりゃいいか、かぁ……私にも、分かんないよ。
リッカ君には、今このタイミングで、色んな事が起きすぎてるんだよ。リッカ君が子供だからってのは、もちろんあるけどね、大人だって参っちゃうよ、そんな大量に色んなトラブル抱え込んでたら」
母・美穂の面影を、彼女の側面を持ったFDPの消滅。
彼女を消滅に追い込んだ、信用していたはずの海藤雄一への不信感。
その結果死に、二度と会う事の出来ない九十九任三郎という男への後悔。
そして、マリアとリリナという二人の少女からの求婚。
戦いからの離脱。
全てが、彼に重しとして圧し掛かり、今の彼を停滞させる要因となり得ている。
「でも私は、そんなリッカ君も、決して悪い事だらけじゃ、ないと思う」
「悪い事だけじゃない?」
「うん。だって、マリアとリリナちゃんっていう、可愛い子たちが気持ちを、想いを、伝えてくれたじゃん。
それにどう答えを出すかは、また別としてさ、二人がリッカ君の事を好きで、大好きで、リッカ君の事、本気で心配してくれてる。
……その想いだけは、リッカ君がどんな答えを出したとしても、間違いじゃない。
少し、ここで気持ちを休めながら、その休んだ分だけ、自分の中で、どうしたいか、どうすればいいか、それを、リッカ君の為に、考えるんだよ」
オレの為に……?
リッカは、その言葉の意味が、上手く理解できなかった。
「ソーですね。……ハイ、ソーです。そーいう、リッカがドーしたいか、それをリッカが、リッカのタメに、カンガえるジカンがやってきたのカモ、しれませんネ」
「皆の……マリアや、先輩の為じゃなくて?」
「リッカ、アナタは、アナタのシアワせをネガい、コタえをキメなさい。
……大人も子供も、皆そうして、自分の為に道を定め、そうして誰かと共に歩んでいくのです」
この気持ちを日本語で表現することは難しいと感じたのか、カーラは途中で言語をイタリア語に変更しつつ、リッカの手を握る。
まだ幼い高校生のリッカが持つ、小さく、滑々とした肌の手を、優しく包み込むように。
「私が言えるのはこれ位です。後は、アナタが答えを決めなさい、リッカ」
「そうだね……私からは、もう一つくらいヒント、あげよっかな」
体を起き上がらせて、リッカの肩に触れながら立ち上がったエリと、カーラの事を見上げながら、リッカは彼女の言葉を待つ。
「大人だって子供だって、誰だって自分なりの願いや、想いがある。マリアやリリナちゃんは、そうした想いを伝えてくれたんでしょ? ……なら、今度はリッカ君の番だと思う。
いつか自分の気持ちを正直に伝えられるよう、時間をかけて、その想いを言葉にしようね」
二人は、お邪魔しましたと家から出ようとするけれど、その前に一つ、聞かなければならないとリッカがその背を追いかける。
「オレは、このまま休んでていいのか?」
エリも、カーラも、答えない。
「オレは確かに焦り過ぎたかもしれない。死に急いでいたかもしれない。
けれどそれは、皆を守りたいから、こんな危険なゲームをさっさとクリアしたいからで、そうしないと皆が危ないからって、そう思っただけなんだ。
それは、ダメな事だったのか? そうして焦った事じゃなくて、そう思ったことは、間違いなのか?」
「それは、リッカ君が決める事だよ」
「はい。――その願いが正しいかどうかなんて、私たちが決める事ではありませんから」
二者は決して、リッカへ視線を送ることなく、そう言うだけ言って、家から出ていった。
マリアもリリナも帰ってきていないから――今リッカは、ただ一人、その家で、ぼうっとする他無かった。