チュートリアル-03
「……痛覚もちゃんとある。まぁ歩く時も地面を認識する平衡感覚とかが重要だし、五感と三半規管はしっかり作用するようになってるみたいだな」
「デモデモ、それってとーってもアブなくナイデス? もしかしたら、モンスターとかにコウゲキされて、メチャクチャイターイってなるってコトじゃ?」
そう、そこなんだ。オレがここまで痛覚に拘った理由はそこにある。
モンスターの攻撃にのけ反り、行動が出来ないなんていうのはアクションゲームじゃよくある事だけど、このゲームでは実際の肉体を用いてプレイする為、痛覚が正常に動作するなら、そう言った痛みはどのように再現されるのだろう。
「……今はそれを考えても答えは出ない、か。武器もないし」
「リッカ氏」
と、そこで九十九の声が届く。
「噴水広場から出ようとしても、見えない壁があるンゴ」
まるでパントマイムのように、その場で見えない壁に触れる九十九。「閃いた!」と股間に手を伸ばした彼の手を掴んだ松本さんが「通報した」と言い、止める。
「ふひ、あの……まずみんな、コクーンに軽く触れて、メニュー、開いてみ?」
先ほどからメニュー画面を調べていた松本さんに従い、全員がコクーンに触れる。触れて、若干の振動を感じた後に離すと、パッと透明度の高い青白いメニュー画面がコクーンの所に浮かび上がり、後はタッチパネルの感覚で操作できる。
『ステータス』
『アイテム』
『装備』
『アイコン』
『称号』
『チュートリアル!!』
『オプション』
『ログアウト』
と表示されている。
まず、オレは真っ先にログアウトを押す。
だが、ジジッと電気のような黒い光が走っただけで、ログアウトは実行されず、何も起こらない。
「ログアウトは、マジで無理っぽいね……ふひ、デ、デスゲーム感、出て来た」
「怖い事を言わないでくれよ」
恐らく彼女の言うデスゲームは、ゲーム内で死ぬと本当に死んでしまうという、こういう事態に巻き込まれるライトノベルやゲーム内で使われる設定の事を言っている。
しかし実際にログアウトが出来ない状況で死んでしまった後にどうなるかも知らないのだ。
続けて『称号』を押してみる。こっちは正常に次の画面へと移るものの、しかし全ての称号に『????』と並んでおり、これは称号を取得すると開放されるものと考えられる。
「そ、それと、ステータス。このゲーム、レベルの概念がないっぽくて」
その発見には、マリアが首を傾げた。
「レベルの概念がない? それゲームとしてどうなん?」
普段はレベルとステータスを上げてクリアを目指すゲームをしている彼女は、レベル上げの為に一つのフィールドを一日走り回るとか普通にやるし、やり込み要素の一つとしても認識しているのだろう。
確か彼女の動画で「RPG最初のエリアでレベル99にする時間がどれくらいかやってみた!」って動画あったな。
「多分、純粋なアクション能力を駆使して敵と戦うゲームなんだろうな。装備やアイテムを活用すれば、弱い人間でもモンスターに立ち向かえる、的な」
「ふひひ、そういうの、いいよね。私は、可能な限りレベル上げせずに魔王の所に行く派だから、燃える……っ」
「アタシ逆だなぁ。可能な限りレベルカンストさせて、魔王とか簡単に倒しちゃう。もしやり込み要素として遊ぶなら、装備品の方を雑魚にしちゃう」
「アイテムも装備もアイコンという場所にも何にもないンゴォオオ! ひもじいンゴォオオッ!!」
「フフ。ツクモはいつもンゴー、ってイッてタノしそうンゴーッ、ンゴーっ!」
ンゴはイタリア語で変換されていないらしい。語尾は変換対象から外れるってのも面白いな。
「シモネットさん、九十九の真似しちゃ駄目」
「エー? タノしそうなのニィ」
「そいつの真似を続けるなら、グレるぞ」
ちなみに「グレる」はシモネットさんには禁句であるが、あえて使った。
なぜ禁句かというと……今みたいに表情を真っ青にさせて足をガクブルと震わせ、膝を落とし、涙をボロボロ流して、オレへ全力に抱き着き、その胸に思い切り抱き寄せてくるからに他ならない。
「そ、そンな……ッッ!! ハハはカナしいデースッ!! グレないでイトしのムスコッ!! ハハ、ナンでもシマースッ! ナンでもシマースからッ!!」
「ん? 今なんでもするって」
「九十九一旦黙れ!!」
う、うむ。インナー一枚しかないから体温もちゃんと伝わるなそれにシモネットさんのメチャクチャ大きなおっぱいも柔らかい感覚が伝わってくるし五感もしっかりと作用して肉体のモデリングもしっかりと形作られている事が分かるこれは大切な感覚を理解する為に必要な事なんだきっと!
「フンッッッ!!」
そんなオレの横っ腹に、マリアの鋭い横蹴り上げがヒットし、三メートルほど吹っ飛ぶ。
「おふっ、おふぅ……ッ!!」
「どうかしらぁ……!? これでも痛覚は正常……!?」
「め、メチャクチャ正常です……ハイ……っ!!」
ていうか現実ですら脇腹思い切り蹴られた事ないから、本当に正常かを理解する事も出来てないです、ハイ……っ!
「あ、その、壁がある理由、これ、じゃないかな……?」
立ち上がりながら、松本さんが指さしたメニュー画面を見る。
彼女が指したのは「チュートリアル!!」の画面だ。
「……あ、他と違って、ここだけビックリマークついてる」
そっか、チュートリアルクリアできなきゃ先に進めないって言うのはゲームじゃよくあるし、恐らくこれだろうな。