破滅に向かう世界-01
出された料理は、カーラが店をオープンする時に初めて注文した、ガルファ卵のカルボナーラだった。
麺類だから伸びるという理由もあり、早く食べろとカーラやエリ、ツクモに催促されながらも、オレは頑なにフォークを取らず、隣に腰かけているFDPへ、視線をやる。
彼女は、これまでの姿が嘘のように沈黙し、オレへ恐怖の視線を寄越すだけだった。
しかし、そんな姿を見たって、オレは手加減してやるつもりもないし、同情なんかもしない。
全て、彼女自身が招いた事だ。
彼女と言う存在がいなければ、オレ達はこのゲームに巻き込まれる事も無ければ、そもそもこんな大事件にまで発展しなくて済んだはずなのに。
「……カーラ、今は飯食ってる場合じゃ」
「ダーメーデースー! ゴハンはチャーンとタベないと、オーきくなれない、デスよ?」
「この世界じゃ、大きくなんか、なれない。別に飯なんて食わなくたって、生きていける世界なんだぞ? それなのに?」
「オイシーゴハンは、ココロをヨクします。……それはタシカに、オイシーリョーリじゃなくてもエイヨーはトレますし、このFDPデハ、リョーリイガイにもカイフクヤクとかありますケド、それだけじゃゼッタイ、ココロがスサミます!
オイシーゴハンをタベてこそ、ジンセーはイロドりあるモノになるのデス!」
はい、タべて! と催促したカーラに、オレはFDPを睨みつけた後、フォークとスプーンを取って食していく。
「……ハイ、ヨロシイ! FDPにも、ドーゾ。オナじモノでゴメンナサイ」
『……私も、本来食事は必要ないのだが』
「タベれないんですか?」
『……否定、可能だ。現在はプレイヤー階層にもあるので、NPCやプレイヤーの作った食事を摂取する事も可能だと思われる』
「アジはカンじるんですか?」
『不明』
「じゃ、タベてみてクダさい」
どうぞ、とFDPも促され、彼女はオレの食べてる様子を観察し、真似するようにして、フォークでパスタをすくい、スプーンに乗せてからフォークを回し、フォークに絡まったそれを、口にする。
『……美味しい』
ふと見せた、その笑みの表情に、オレは思わず咳き込み、ツクモの用意した水を飲み干した。
「ごほ、ごほっ……あのさ、その姿で飲み食いされてると、オレの気が滅入るんだけど!?」
『そう、言われても……私もこの姿を変えようとしているのだが、それも出来ないのだ』
「あんだけ色々特権行為できるのに、モデル書き換えるのが出来ねぇの!?」
『それよりも、何故気が滅入るのだ? 私はただ食事をしてるだけなのに』
「アンタ、今ちょっと笑ったろ!? その笑顔が母さんそっくりなんだよ! 死んだ母さんに!」
「え、そ、そうなの……?」
唯一母さんを知らないエリが、カーラとツクモへ問うと、二人はこくこくと頷き、同意した。
「エエ。ミホはあんまりムーッツリしまセンでしたので、エガオになるとホントにソックリです」
「というより、美穂さんは笑顔を絶やさない人でしたからな。特にリッカ氏の前では」
ただあんまり気にして食事に集中できないと、今度はそれを理由にカーラから怒られる。オレはさっさと、でも味わいながらカルボナーラを食し、食べきった後に両手を合わせ「ご馳走様でした!」とやけくそ気味に言い放つ。ちなみにカーラも「オソマツサマデシター!」と返してくれた。
『あむ……(もきゅもきゅ)』
食事のことに関してはカーラを怒らせたくない。
FDPが慣れてなさそうに食べていき、しかし一口食べていく度に笑顔になる様子を見ていると、何だかオレまでおかしくなってしまいそうだ。
「……なんで、三人はコイツの味方してんだよ」
食べ終わったオレが会話する分には構わないだろう。
少々居心地悪そうにしているFDPに視線はやらず、ただカーラ、エリ、ツクモの三人を見て、尋ねる。
「私は簡単です。この世界を守ろうとする【心の母】であるこの子を、ただ殺す。それに疑問を持ったからですね」
今まで、日本語で応じていたカーラの言葉が、イタリア語になった。
心の母――それは、カーラの目指す母という存在そのものだろう。
彼女は、世界中の人々に美味しいものを、という信念を以て、料理動画配信を始めた人で、ゲーマーとなってもその立ち位置は変わっていない。
そして母という存在も――彼女にとっては最も価値ある言葉だろう。
自分の知る者を子とし、その子供を慈しむ心、守ろうとする、成長してほしいと願う母――そんな姿に、彼女は憧れを抱いていた。
「この子は確かに、数多の問題を引き起こした元凶かもしれません。それが悪であれば私も迷わず、殺したと思います。
……けれどこの子は、このFDPという世界を存続させ、この世界で生きる人々という子を守る為に、我々プレイヤーをこの世界に残し、ゲームデータを削除されないように動いていただけの事。……そうですよね、FDP」
『んぐ……肯定。海藤雄一は信用ならない。彼にFDPという世界の命運を任せても、このゲームは削除されるだけだ。
それに、三星彩斗や明石三郷、松本絵里や九十九任三郎いわく、このFDPという世界にもいずれ「サービス終了」という終わりが訪れるのだろう?』
私はそれが恐ろしい、と。FDPは、カルボナーラのクリームで汚れる口を気にする事なく、そう恐怖を吐き出した。