混沌の世界-09
ふふ、と笑顔を浮かべながら、彼女は酷く恐ろしい事を言うと、メイドはその時感じた。
カーラ・シモネットという女は、何時も柔らかな笑みを、柔らかな物腰で、柔らかな言葉を吐くが、それは言葉を選んでいるからに過ぎない。
彼女がその気になれば、人を傷つける、人の心に一生残る傷を与える言葉を放つ事が出来る。
でも、彼女はそうしない。
『カーラさんは、人間が好きなんですね』
「はい。でも、それは肉体を持った存在が好きと言うわけではありません。心の底から人であろうとする者、生ける者全てが大好きです。
ああ――だから私は、そのFDPという子の事を、嫌いになれないのかもしれません」
決して人の命を脅かそうとしない子、やり方が間違っているとしても、この世界を守ろうとする子だからこそ、彼女はFDPという存在を恐ろしい存在に思えないのか、と言う。
「だから――隠れずに、出てきて欲しいんです。私の前に。私は、その子の事を知りたい。もっと知りたい。お話して、彼女の事を知って、そして彼女にも知って欲しい。……生ける者という存在を」
『……疑問』
カーラの声に答えるように。
言葉が彼女の耳に、届いた。
エパリスに建てられた建築物同士の間、その細い路地を縫うように現れた、その白く美しい姿と、彼女の周りに散見される青白い量子データの残りカスにも似たドットをまとう彼女を見て、カーラは微笑んだ。
「初めまして、Full Dive Progressive。私の事は、分かりますか?」
『……回答、カーラ・シモネット』
「ええ。貴女の事はこのまま、FDPとお呼びすればいいです? それとも、他に名を付けてあげましょうか?」
『……回答、好きにすればいい。そして、疑問。私は、何者だ?』
「? うーん、貴女自身が貴女の事を知らないのですか。これは困りましたねぇ。それを知りたいのは私達だというのに」
チラリと、視線をメイドにやる。
彼女は自身の身体を構成する量子データが不安定となっているのか、その存在が曖昧に見える。
それは、このFDPという存在が彼女を排除しようとしている結果なのだろう事は分かっていた。
だから――
『甘いですね、FDP。貴女が来ることを見越して、このエパリスには全メイドを招集しています』
新たに聞こえるメイドの声は、FDPの背後から。
振り返りながらメイドに手を伸ばした彼女の動きと連動し、そうして現れたメイドの存在が不安定になるも、そうすると先ほどからカーラと共にいたメイドの存在は安定していく。
そしてもう一体、今度はカーラとFDPの間より姿を現した。
『貴女が私達、ゲーム管理NPCへ出来る妨害は、同時に二体までといった所ですね。こうして三体いれば、貴女の妨害を受ける事無く存在が可能です』
『ッ! 邪魔をするな、メイドシリーズ! 私は知らなければならないっ! 私が生まれた意味を、私がこの姿を持って自我を有した意味を!』
『それは後々見つけてあげますよ。――貴方は、私達が歓迎すべき人間に、危害を加え過ぎました。
ゲーム管理NPCとして、貴女の狼藉をこれ以上見過ごすわけにはいかない』
カーラの隣にいたウンド・メイドは、カーラのコクーンを連続して三回タップ――それは、海藤雄一が緊急通信用として用意していた通信方法だ。
本来は一回三分と短い時間制限がつくはずだが、メイドシリーズの持つ管理権限と合わせれば、ほぼ無制限に近い通信が可能となる。
『カーラさん、ありがとう。ようやくFDPの姿を私とメイドが確認できた』
「……いえ、私も別に、狙っていたわけじゃありませんので」
『くっ』
FDPは表情をしかめつつ、しかし状況が悪いと察し、すぐにその場から離脱をしようと試みる。
だが、彼女の身体が量子化し、その場から脱出する事は無い。
『な……何が、私に、私に何をした、メイドシリーズ、海藤雄一!』
『簡単な事ですよー。貴女は今まで、プレイヤーや通常NPC、そして私達メイドシリーズの様なゲーム管理NPCよりさらに上のレイヤー階層――ゲーム運営NPCとしての場所に自身を置いていた。
だから肉体データの量子化移動や、私たち以上のゲームシステム介入なんて言う芸当が出来ただけ。
――でも貴女以上の処理が出来る人物がいて、その人物が貴女のいるレイヤー階層を、プレイヤー階層にまで落とし込みました』
『つまり私・海藤雄一、君のデータが存在する位置とレイヤー階層、君のNPC管理タグが分かれば、レイヤー階層の場所を一時的に書き換え、特化権限を封じる事が出来るのさ』
そして事実、海藤雄一はそれを成した。
カーラは背負っていたスティックを抜き、短くコマンド入力。
MP消費を可能な限り抑えた状態で魔法【雷電】を発動させ、その雷をFDPの頬に向けて放出。
僅かに火傷の跡をつけ、痛がるような挙動をした彼女を見て、実感する。
――これで彼女は、無敵ではなくなった。
そして。
今、エパリスに建てられている建物の屋根を伝って現れた、一人の少年。
彼はその右手中指に装着したリングを構えながらFDPへ怒りの視線を向け、叫ぶ。
「プログレッシブ・オンッ!」
駿足のアイコンを用いて変身し、プログレッシブ・スピードへと変わった彼――リッカは、身を翻して逃げようとするFDPの腕を強引に掴んだ上で、メイドへ『やるぞメイド!』と叫ぶ。
『はいっ! ――合意とみなして宜しいですね!?』
リッカとFDPの間に展開される、魔法陣の様なフィールド。
それこそ、FDP内でプレイヤー同士が戦う決闘戦における戦いの場であり、一度戦うと決めた者を逃がすことの無い決闘場。
今、FDPとリッカだけがその中にいて、それ以外のプレイヤーやNPCは締め出される様に外へ。
『よう、FDP。前はよくもやってくれたな』
『わ……っ、私は、お前たちに、危害を加えるつもりは、無い……っ』
『つもりが無くてもやってんだよ。お前のせいで、どれだけの人間が被害に遭っている? 二百五人だ。
そして、お前の妨害さえなければ、もっと早くこのゲームにケリをつける事も、そもそもお前と言うエラーが無ければ、このゲームには沢山のファンがいる素晴らしいゲームとなったろうに。
お前が、お前自身が、お前の世界を破壊したんだ。
その報いを受けろ――母さんの偽物!』




