混沌の世界-06
「収集・閲覧が出来なくなった事に問題はあるのか?」
『これが一時的なものならば問題はない。しかし長期化すればするほど面倒な事になる。
まずログデータの収集が出来ないという事は、彩斗やミサトさんに何か問題が起こった場合、そのログデータから問題解決の糸口を掴めなくなる。
そして後々問題になる可能性としては、例えば私にログアウトも含めた全権限が戻ったとしても、二人を強制ログアウトさせたりする事が出来なくなる。また、そうでなくとも私から君達へ通信を送ったりする事も出来なくなる可能性があるね』
「この情交システムは、あのFDPがミサトへ情報伝達という形で教えたのだが、何故そんなシステムを教えたというのだろうか」
『これもあくまで仮説だけれど、私が君達から得られる情報が少なくなればなるほど、彼女の野望――つまり君達がこのゲームの攻略に失敗する可能性を大きく出来るからではないかな。彩斗とミサトさんのデータを予め収集していれば、君達二人が同性愛者で、そうして情交システムの事を教えたら行為に及ぶと踏んでいた可能性もある』
「なるほど。確かにこの八人中であれば、情交システムを利用しそうな人員は限られるな」
『エリさんに渡してもツクモさんに渡しても使われ無さそうだしね』
「あれ、ツクモさん今私達めっちゃdisられた?」
「られましたなぁ……こりゃフルボッコする理由が増えましたわぁ」
『事実だろう?』
「そうだけどさぁ……」
「そうですけどん……」
そんな、情交システムの事を聞いている間、メイドは何か思案するように顎へ手をやり、じっ……と動かない。
オレが視線をやると、彼女は首を振って思考を回すようにした後『続けましょう』と緩んでいた空気を変えた。
『確かに彩斗さんやミサトさんのログデータ、及び彼らのデータ自体が閲覧できなくなったのは問題ですねぇ。私の方でも何か対策を練りましょう』
『私はゲーム内の状況を全て把握できる状況に無いからね。その辺りはメイドに任せるよ』
『そして、最後に回していた理由ですが、何となくわかりました。――もしかして先ほど話に上がっていた、三つ目の該当称号って』
『ああ、メイドの考えている通りだ。
この情交システムについて二つ目の問題は、情交システムに該当称号が宛がわれていた事だ。それも――称号ナンバー・5001がね』
全員が、一斉に息を呑んだ。
このゲームに存在する称号は、全て合わせて5000個だった筈だ。
なのになぜ5000番台以降が存在し、あまつさえ5001番目に、エラーが起こっている該当称号があるのか。
『情交システムを作ったのがFDPという事なら、この5001番の称号を作ったのもFDPという事になる。
そして――残る二つの該当称号も含め、五つのエラーが発生している該当称号は、全てFDPによる選択で選ばれた可能性が高い、という事だ』
「待ってくれ。であるならば、ミサトに情交システムの事を教える理由がない。彼女の野望は『我々プレイヤーをFDPというゲーム内に閉じ込めて自分の事を削除させないようにする』事じゃないのか?」
『そのハズなのだが、何故か彼女は二人へ情交システムについてを教え、使わせ、該当称号を手にする事が出来た。私達にとっても嬉しい誤算だが、しかし彼女には何か裏がある可能性もある。
もし今後、彼女から何か情報を得たとしても、決して独断で利用しないよう、君達にお願いしたい』
話がややこしい。
FDPの目的が何なのか、これからオレ達が目指す残り二つの該当称号は、そしてこれまで取得した該当称号は、本当に彼女――FDPと名乗る、この世界に芽生えたAIによる選択なのか。
それら全てが彼女と繋がっているように思えて、オレ達はそれ以上考える事が出来ない。
彼女の目的が分からねば、何を考えても、どう動いても彼女の掌で踊っている事に他ならない。
ならばこれ以上の議論は、ほぼ無駄と言っても過言じゃないのだ。
全員がそう感じ取り、何も答えが出ぬ中で、空気を変える為か、メイドが『じゃあ次いきましょーか?』と、作り物めいたあっけらかんとした声をあげる。
『では、他に質問のある方、いらっしゃいますか?』
「なら自分の質問、いいですかな?」
ツクモが手を上げ、サングラスを外した。
これまで自分からサングラスを外す時は、真剣に何かを問うたり、何かを思考する時だけだ。
今回もそれだけ真剣な事なのだろう。
「海藤雄一、この質問にも是非、真剣に答えてくれると嬉しい」
『……なんだい』
「このゲームを……フル・ダイブ・プログレッシブというゲームを、何故作ったのか。それを、教えてくれ」
しばし、沈黙があった。
けれど雄一さんはため息と共に『それは攻略に必要な事かい?』と問い、ツクモも首を振った。
「恐らく必要な事では無いだろうな。……だが、もし自分の考えている通りなら、きっとリッカ氏や、皆にとって力になるだろう。教えてくれ」
再び沈黙があったけれど、それは雄一さんの笑い声と共に、破られる。
『私は、リッカにプレイしてほしくて、このゲームを完成まで漕ぎつけた』
「オレに……?」
『ああ。確かにこのゲームは、最初こそ「画期的なゲームを作ろう」、という短絡的な思考を以て作った。
けどね――リッカがゲーマーを引退した時、私は次から、どんなゲームを作るべきか、思い悩んでいた。
適当に何作か、時には自分が開発に携わる必要のないプロジェクトにも参加してみたけれど、それでもやっぱり、どこか心此処に非ずといった風になってしまった。
私は子供が大好きだ。自分の作ったゲームをプレイして、時に笑って、時に泣いて、そうして心に何かを残して、そうして大人になって欲しかった。
けれど、リッカはゲームによって心に傷を残し、ゲームから引退してしまった。
だから私は、リッカにまた、笑顔になって欲しかった。
心の底から笑って、またゲームが好きだと、こうして遊べるのが楽しいと、私の作ったゲームでそう言ってくれることを、願っていた。
ああ――九十九さん、本当にありがとう。今、私はようやく気付く事が出来た。
私がこのゲームを存続させたい理由は、もう一つあったんだ。
このゲームには数多の生命が生きている。それを生き長らえさせることは勿論だけれど、それだけじゃない。
私は――リッカをまた、笑顔にしたくて、このゲームを続けたいんだ』