N.5001 -02
海藤雄一は頭を抱えていた。
それは今現在FDPが抱えている問題と直接関係し、しかし自分の与り知らぬ場所で発生した新たな問題について。
「称号ナンバー、5001……!?」
彼は今まで、FDP内で発生している問題を解決しうる者達を八人制定し、彼、彼女達のログデータを全て記録、その上で彼らが解放した称号データから逆算してエラーの解除に勤しんでいた。
その八人は、海藤雄一が先鋭と見込んだ者と、彼の遠い親戚である一人。
雨宮律、マリア・フレデリック、九十九任三郎、松本絵里、カーラ・シモネット、新庄璃々那、三星彩斗、明石三郷の計八人。
無論、現在FDPにログインしている中で、彼ら以外にも名の知られた、有力なプレイヤーがいないわけでもない。
だが彼らは彩斗とミサトという象徴を担ぎ上げ、二人に全権を委ねた上で攻略に携わっている。
つまり率先して動く事が無い。
称号の獲得において、この率先して動く事が無いというのは致命的な状況であり、故に雄一は彼らから外れた八人の記録のみに注力しているという事だ。
そんな彼が追いかけていたログデータの中で、彩斗とミサトの記録が突然途絶えた。
FDP内では深夜の事だ。勿論眠っていたり、特に何ら動きを見せていないだけともとれるが、それでもログデータは常に彼の下へ届く筈だった。
それが突然途絶え、もう一時間と経過。
だが――そんな彼女達二人が、突然一つの称号を手に入れた。
それが称号ナンバー5001――『情交システムを利用し、愛する者と身体を重ねる』である。
数日眠らずに作業をしていた雄一は頭を働かせることが出来ず、ただ頭を抱えて富山裕子の用意したクッションに背中をもたれさせ、ぐったりと倒れ込み、しかしなお思考する。
「……私の与り知らぬ所で生まれた新しい称号。しかもコレが、該当称号の一つだと……!?」
何が起こっているのか、それが分からずに思考しても無駄と分かっているが、それでも彼は考えるしかない。
上手く回らない思考をこねくり回し、状況を一つ一つ整理していく中で――彼へ届く一つの通信。
「……FDPかい?」
Bluetoothヘッドセットを装着し、通信接続を開始する。
すると声は流れず、つい接続不良を確認するが、しかし接続はしっかりと行われていて、FDP――フル・ダイブ・プログレッシブを自称する人工知能にも聞こえている筈だ。
『疑問。何故、私の頭はこんなにも痛む』
「君は、今日リッカ達と出会ったようだね。ログデータで追えてはいるけれど、何があったのかな?」
『疑問。雨宮美穂とは何者だ。私は一体、何故この姿をしているのだ。
――それを知ろうと、私は雨宮律という少年の脳内データに保存されている記憶を閲覧しようとした。だがそれを私自身が拒否するんだ。
マリア・フレデリックの記憶もそうだ、カーラ・シモネットの記憶もそうだ、九十九任三郎の記憶もそうだ。
私は一体、何者なんだ?』
「それは、私にもわからない。九十九さんから聞いたけれど、君は雨宮美穂さんの姿を形作り、その姿でFDP内にいるそうだね。
ああ……ようやくわかった。君の声を聴いた時から、私は何か引っかかっていたんだ。
君の喋り方が違うから違和感があったけれど、君の声は確かに、美穂さんそっくりだ」
『疑問。雨宮美穂とは――母とは、なんだ?』
「君にとっては私の様な存在が概念として一番近い。自身の存在を産んだ母体そのものの事だけれど――君が求めている答えは、それではないのだろう」
『お願いだ、教えてくれ。私はどうしたらいい? どうしたら、この頭に響く痛みを消す事が出来る?
どうしたら――この、思考回路に根付く、ゴチャゴチャとした情報の乱れを、正す事が出来るんだ?』
「残念だけど分からないよ。私は君じゃない。私は雨宮美穂さんじゃない。
私は――私は、海藤雄一という、ただ一人の人間であり、君を生み出しはしたけれど、君の全てを知るわけじゃない」
『理解不能、理解不能、理解不能、理解不能理解不能、理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能』
通信が切られる。
彼女の声を聴きながら、雄一はただ、ソファに身体を委ね、目を閉じる。
――あの人の声を聴いて眠れるなんて、私はなんて罪深いのだろうか。
そんな事を考えながら、彼はそのまま眠りについた。