立ち止まった場所ー06
それが一歩歩むごとにオレ達の体は揺れる地面に狼狽え。
それが一鳴きするごとにオレ達は身体を僅かに持ち上げられ。
今まさにオレへと迫ろうとしたが、何とか震える体に鞭を打ってプログレッシブ・スピードへと変身。
エリを抱えたままその場を退避。避け切る事に成功。マリアの傍へ駆け寄り、彼女の手を取って起き上がらせる。
『真のエンドコンテンツ……ラスボスって事かよ……ッ』
『肯定。だがこのグランテはその一対でしかない。もう一対は』
言葉の途中で、女性へと向けて振り込まれた双剣。それを防ぐ斥力場。
彼女――彩斗は舌打ちをしながら女性の腹部を蹴りつけ、それも防がれた事を確認すると重しとなる鎧の一部を脱ぎ捨て、プログレッシブ・グランテと呼ばれたモンスターへと駆けていき、その翼が振り込まれた瞬間を見計らい、地面へ双剣を突き立て、突風をやり過ごすと同時に叫ぶ。
「変身!」
〈Progressive Run Exciting.〉
駿足のアイコンを使用してプログレッシブ・スピードへと変身した彩斗が、双剣を引き抜きながら「リリナ君!」と声をあげると、聞こえてくる先輩の歌声。
オレ達と反対側の奥で、変身してプログレッシブ・フリーズとなっているミサトさんに守れながら歌う彼女が発するバフをかけられた彩斗は、グランテの脇を駆け抜けると、オレの元へと訪れる。
「リッカ、マリア、エリさん、無事か」
「っ、……な、何とか……っ」
『エリは』
「……無事、だけど……でも」
先ほどの取り乱しようを思い出しながらも、しかし今はそれを咎めたり、問うたりする時間はない。
あの女性――母さんを模した、FDPを名乗ったNPCへの対処、グランテというエンドコンテンツを相手にしなければならない現状は、非常に分が悪い。
『提案。三星彩斗、お前も海藤雄一を信じる事が出来ないのならば、私と共にこの世界での生存を望め』
「……確かに私は、海藤雄一を完全に信じる事が出来ていない。けれど、私は貴女の事も知らない。ならばまだ、彼の方が信用できるというものだ」
『了承。残念だ』
女性は僅かに俯き、言葉通り残念そうな表情を浮かべたが――不意に振り向き一瞬でその場から姿を消すと。
先輩とミサトさんの眼前へ現れた女性。
「ひっ」
「リリナさんっ」
『安心しろ。私の目的はお前だ』
突然の事で、反応も出来なかった先輩。
彼女を突き飛ばして自分の体を前に出し、庇う様にしたミサトさんの頭を、その手で鷲掴みにした。
「きッ――貴様ァッ!!」
叫び、女性の元へ疾く向かおうとする彩斗だったが、その進路はプログレッシブ・グランテの咆哮がせき止め、彼女が怒りを内包したままそれを睨むが。
『行け彩斗!』
「アタシらが進路を作る!」
オレとマリアが先行してプログレッシブ・グランテへと駆け抜ける。まずは奴の翼から発せられる暴風が厄介だが、これはプログレッシブ・テクニックへと変身、フォームチェンジを行う事でオレがマリアの手を引きながら高出力スラスターを吹かして、接近。
マリアをグランテへと投げると、その両腕を振り下ろされるが、マリアはその軌道を正確に読み取ると空中でスラスターによる姿勢制御をかけ、寸前で避け、眼球に向けて放つ弾丸。
一瞬、動きが止まるグランテ。その隙を見逃さぬと言わんばかりにプログレッシブ・スピードの超高速によってミサトさんの頭を掴む女性へと駆け付けた彩斗は、ミサトさんを離させると同時に女性の腹部を蹴りつけ、身体が離れた瞬間に双剣を引き抜いて強く振り込んだ。
『報告。私は明石三郷へ、ただ情報を伝達しただけにすぎん。案ずるな』
「私を怒らせたな。貴様は、簡単には殺さん……ッ!」
『再度報告。私は殺せないと言ったはずだが、三星彩斗はよほど死にたいらしい。
――ならば死んでリスタートをして貰おう。安心しろ、リスタート先はアルゴーラだ』
パチンと、女性が指を鳴らした事が合図だった。
再び、突如としてどこからか現れた、もう一体の龍。
『もう一対……ッ!』
『正解。真のエンドコンテンツを彩るもう一対――闇神龍【プログレッシブ・アバルト】である』
それはグランテとは異なり、光ではなく漆黒の闇をまとった、グランテと同様の外観をした龍の姿。
二体の咆哮が共鳴し合い、瘴気の谷全体を強く揺るがし、その衝撃波はその場にいる全員を吹き飛ばす。
全員が、叫び、呻き、地面に身体を預けるしかない状況で、女性は再びオレ達の元へと――
否、違う。
エリの元へと、ゆっくり近づいてくる。
『疑問。何故人間は、こうまで愚かなのか』
変身が解除されたオレとマリア、そして彩斗とミサトさんは、立ち上がろうとするも力が入らず、呻くしかない。
唯一動けるのは、物陰に隠れていてダメージが少なかった先輩と、恐らく女性が手心を加えたか、殆どダメージが無かったエリのみだ。
『疑問。肉体に、人間社会という枠に囚われ、ストレス等と言う異常値を蓄積し、それを私の様なゲーム……娯楽によって発散する。それは考え方としては合理的だったかもしれない。
だが、既に私という世界の構成が出来ているというのに、それでも肉体に、人間社会という海藤雄一がいう【しがらみ】に囚われる等、愚かな存在だと思わないか、松本絵里』