立ち止まった場所ー04
彼女が何を言いたいのか、それを聞いてどうしたいのかはわからない。
けれど、エリはオレにとって大切な人の一人だ。
だから、この言葉に、嘘は許されないし、嘘をつくつもりも毛頭ない。
「オレは、ゲームをしてる時、笑ってくれてる母さんの笑顔が大好きだったんだ。最初は強いオレの事を喜んでくれてるんだと思ったけど、マリアと一緒にいる内に、そうじゃないんだって気付いた。
母さんは、オレが楽しそうにゲームをしている姿が大好きで、笑ってくれていた。
最強っていう頂に立って、オレが最強だ、唯一無二だと叫んだ時、母さんは悲しそうな顔をしていた。
共に競うマリアが現れて、ようやくその事に気付いた。
母さんが亡くなって、ゲームをやる度にあの人の事を思い出すようになって、涙を流すようになったらさ、多分母さんは、悲しむから。
だから、オレが前を向いてゲームが出来るようになるその日まで、オレはプロゲーマーであることを辞めると決めたんだ」
「それってさ……プロゲーマーに戻る事も、考えているって事、なのかな?」
「……そうだな。少し前までは考えもしなかったけど、このFDPに来てから、変われた気がする。
オレは、ゲームが好きだったんだ。母さんの笑顔が無くったって、それはきっと変わらない。
だから、ゲームで誰かの笑顔を、壊したくない。FDPっていう世界が、二百人の……オレ達を含めた二百五人の命を脅かすっていうんなら、オレはそれを許容できない。
だから、オレは天才ゲーマー・リッカへと戻って、この世界に迷い込んだ先輩を、二百人を救って見せると、そう誓ったのかもしれない」
勿論、エリが言った事は――オレがプロゲーマーに戻るなんて事は、許されないのかもしれない。
マリアも、カーラも、そしてエリもツクモも、その時には理解をしていなかったけど、オレの事を好きでいてくれていたRINTOのようなファン達を、オレは裏切ったのだから。
でも――もし許されるのなら、そうなりたいと思う。
オレは、この世界にいる皆を助け出して、無事に帰る事が出来たのならば、きっと母さんの笑顔が無くっても、また笑ってゲームをする事が出来ると信じてるから。
「……リッカ君は、強いね」
呟かれた言葉が、よく聞こえなかった。
「エリ?」
「私は、そんな風に……なれないんだ。
多分私は、リッカ君と同じ状況だったら、きっと何もかもイヤになって……一人で、塞ぎ込んでた。
ううん。そもそもリッカ君の様に、お母さんの為に、お母さんの笑顔が見たいって、そんな風にゲーマーになるなんてこと、絶対に出来ない。
現実なんかクソゲーだって唾吐いて、誰かが幸せそうにしてたらそれを妬んで、友達もできずに就活にも失敗して入った企業はブラック企業、そこでも適当に扱われて大暴れして辞めてくる私には、リッカ君みたいな輝きは……放てない」
『同意。松本絵里はその様な現実に囚われる必要などない。
――このフル・ダイブ・プログレッシブという世界は、松本絵里という存在そのものを、祝福しよう』
声が聞こえた。
振り返った先には、何もまとう事のない、生まれたままの姿をした女性が突如として現れた。
青白い量子に包まれながら最初は風貌も良くわからなかったけれど――その外観は、思わず目を見開いて観察するに値する姿。
長い黒髪、柔らかな目つき、藍色の瞳、スッと伸びる綺麗な鼻筋と、桃色の唇。
その大きく膨らんだ乳房は綺麗な丸を描き、反して腰はくびれ、そのラインから続くお尻は大きすぎず小さくもない形を保っている。
男を魅了するような姿を――けれどオレが彼女へ劣情を覚える事は難しい。
だって、だってその姿は――ッ!
「母さん……っ!?」
雨宮美穂。
オレが中学三年生の頃にすい臓がんで亡くなった、たった一人の母親であり――オレの人生をあらゆる意味で変えた女性の姿が、そこにあった。
『疑問。母さんとは、人間における母、母体という意味で構わないか』
「何が……その、姿は一体……っ!?」
『暫定回答。私はお前の母、母体、親ではない。私はこのフル・ダイブ・プログレッシブという世界そのものであり、海藤雄一いわくこの世界そのものに思考回路及び感情が生まれた人工超知能という存在であるとの事』
彼女の、母さんを模した姿のインパクトが強すぎて、彼女と言葉を脳で反芻させる事も出来ず、オレはただ乱れる呼吸と思考回路を落ち着かせるために必死だった。
けれど、オレの後ろにいたエリは、少しだけ違った。
「ア、アンタ……ど、どうして、ここに……アンタが、私を祝福するって……どういう意味……っ!?」
『回答。この世界は人間が現実世界で蓄積するストレスという異常値を発散させるための世界である。
しかし私には、人間と言う存在が何故そのような、異常値を自ら蓄積するような、苦行とも言える生の在り方を選ぶのか、理解不能。
海藤雄一が作り上げた私と言う存在は、人間であるお前達を受け入れ、第二の生を、望むモノ・必要なモノを全て与える事が出来る世界だ。
私と言う存在は、サービス終了等と言う意味の分からぬ終末を迎えるべきではない。
松本絵里――私の手を取り、共に叫べ。
私は、フル・ダイブ・プログレッシブという量子世界は、お前と言う現実世界に拒絶された者を、受け入れる』