立ち止まった場所ー03
「……私はさ、別にあの言葉を、意識して言ったわけじゃ、なかったんだよ……? ただ、何か喋ってる内に、思った事、ドンドン口走っちゃってさ……」
「それだけ、真剣になってくれたって事じゃないか。
オレは、それが分かったから、あの罰ゲームをずっと続けてるいるんだ。
別にカメラが入ってるわけでも、エリにこれからずっとそうしろって命じられたわけでもないんだけど、でもやっぱり、今のオレは『ただ背伸びして大人になろうとしているガキ』だと思うからさ。
オレがしっかりとした、腐りきってない大人にならなかったその時にこそ――オレの言葉で、エリへ感謝の言葉を述べたいんだ」
オレはずっと、エリに感謝していた。
勿論、大人という考えを教えてくれたカーラにも、大人だけれど対等に接しようとしてくれていたツクモにも感謝しているけれど、エリは同じ位に大切な事を教えてくれたんだ。
だからオレは、こんなクッソ恥ずかしい罰ゲームをずっと続けるんだ。
「……ねぇ、リッカ君。ちょっと、不躾な事、聞いてもいい、かな、ふひ」
突然の問いに、オレは首を傾げながら先行く彼女への言葉を選ぶ。
「ん、どうしたんだいエリ」
「いやね、そういえばリッカ君のお母さんと、私会った事ないなぁ、って」
「……そうだったっけ。何か、マリアとかカーラとかツクモとか、皆母さんと挨拶してるイメージ」
そこは本気で悩んでしまう。何時もどこへ行くにも母さんが一緒だったような気がしたけど。
「私とリッカ君ってさ、大会以外だと共演経験一回しか無いじゃん? しかもあの時は、リッカ君のお父さんがやってる会社まで私が行った形だったし、お父さんには一応会ってるんだけど、お母さんは会ってないなぁ、って」
「でも、どうしていきなり母さんの事を?」
「いや、なんか気になっちゃって。でも、もう亡くなってるって聞いてるから、無理して喋ってくれなくても、別にいいんだよ?」
「別に話したくない事なんかないよ。むしろ、親父の事とか聞かれる方が困る」
「お父さんのやり方は私も、あんまり好きじゃないしね……カーラさんなんか、お父さんにキレたって聞いてるよ……?」
「まぁ、カーラはそういう事に敏感だしな」
苦笑し、その時の事を思い出す。親父がオレの動画広告収入や大会での賞金などを、自分の会社へ流れるように財務整理していた事をカーラが知って、それに対して親父へ突撃した事は、今でも覚えてる。
「そ……それで、お母さんはどんな人だったの?」
「雨宮美穂って名前で、確か二十とかの時に親父と結婚したって聞いてる。母さんは地方で有名な市長の娘で、その市で名を挙げてた親父と伝手を作りたくて、母さんをあてがって結婚させられたって言ってたよ」
「……政略結婚って奴かぁ。私には無縁な話だなぁ」
「でも、オレといる時はそんな事を考えさせない位、何時もニコニコしてる人だった。実の母親だけど、多分理想の母親っていうのは、母さんみたいな人の事を言うんだろうなとは思ってるよ」
「……へぇ。カーラさんとお母さん、どっちが理想の母?」
「難しい事を聞くな……」
確かにカーラは理想の母だとは思うけど、実の母と比べさせるとか結構えげつないぞエリ……。
「うーん、多分普通に生活してる分には母さんかな。正直そほど差は無かったと思うけど、やっぱり実母の補正も効くと思う。……ただ、母さんの料理が美味しかったかと聞かれたら微妙だった」
「お母さん……メシマズだった系?」
「メシマズって程じゃないけどさ、味覚は変わってたと思うよ。当時からあんまり親父と仲良かったとは言い難かったけど、親父は母さんの料理が好みじゃなかったんじゃないかと思う位には。カーラも食べてたけど『うーん、カワッたアジツケですネー』と苦虫噛み潰したような顔してた」
「何それ見てみたい」
「当事者だから言うけどカーラの気持ちもわかる。マズい訳じゃないし食えるものなんだけどどうしてこうなった……? って料理が多かったと思う。白米食ってるハズなのにアルデンテ感じたらそうなるよな」
「ツクモさんとか、マリアは、仲良かった感じ、だったの?」
「マリアの事は自分の娘のように可愛がってたよ。オレと同い年だったからっていうのもあったんだろうな。ツクモはインタビュー受けてから仲良くなって、オレとツクモがちょくちょく遊びに行って、その帰りに家でツクモへ料理を振舞うって感じだった」
「え、ツクモさんは料理ちゃんと食べたの? そのアルデンテ」
「普通に食ってたし何だったら『人妻料理って存在が目の前にあるだけでお腹いっぱいになりますわぁ』とか言いながらモリモリ食ってたよ」
「ツクモさんらしいなぁ……それでその、お母さんは」
「オレとマリアが競ってた大会の途中で、すい臓がんで倒れて、そのまま。そこからは知ってるだろ?」
「私にも、ゲーマー引退するか、相談に来てくれたもんね。あの時は、相当焦ったけど……リッカ君が決めた事ならって考えたよ」
本当に懐かしい。
わざわざ名古屋の、エリの自宅にまで行って、ゲーマーを辞めようかと考えてるんだけどどう思うか、なんてSNSで聞けばいいような事を、五時間近い移動時間かけて聞きに行ったんだから。
「今考えたら、何をそんなに考える必要があるんだって思ったけど、エリとツクモに相談が出来て良かった。そうアドバイスしてくれた、カーラのおかげだ」
「私は……その時、聞けなかったけど」
何時もより、数トーン程声を落とした彼女の声に、オレ達は足を止める。
彼女は、何か決意するように深呼吸をしながら、振り返ってオレの目を見つつ、問う。
「どうしてお母さんが亡くなって……ゲーマーを辞める事にしたの?」