先行プレイ-10
二次元の嫁を守る為に筋肉を鍛えた漢、九十九任三郎。
世界中のありとあらゆる娯楽に精通した女、松本絵里。
世界の母、カーラ・シモネット。
さらに、オレの隣にいるのは、オレがライバルと認めた女だ。
e-sports界に突如、彗星の如く現れた美少女ゲーマー、マリア・フレデリック。
そしてオレは――かつて天才ゲーマー【リッカ】と呼ばれた男、雨宮律だ。
「この布陣ならば完璧ですわぁ。勝ったッ! 第三部完ッ!」
「ふひ、ふひひ、世界の母【カーラ】も、美少女ゲーマー【マリア】も、リッカ君までいるぅ……あかん空気が美味すぎる……涎止まんなぁい……ヤバい、死ぬ」
「シんじゃダメですよぉエリーッ! ハハはエリーがシんだらナミダでセカイをスイボツさせマースッ!」
「ったく、相変わらず騒がしい奴らね。何喋ってんのかわかんないけど」
「だけど、世界中探しても、これ以上の先鋭は他にいないぞ」
富山さんと岩田がオレ達の所までやってきて、一つずつコクーンを渡してくれる。
全員がそれを左手首に装着し、全身に若干静電気のようなものが走った瞬間、覚悟が決まる。
――ここから先は、約二百人と、ここにいる五人の命が掛かった、本当の戦場だ。
けれど、これ以上のメンバーはいない。最高の先鋭が隣にいるという安心感が、オレ達の心を鼓舞してくれる。
「ま、任せたぞ、みんな!」
「それはゲームデバック用のコクーンですので、ログインしても海藤さんの警告は世界に発信されない様になっています。けれど、変わらずログアウトは出来ないと考えられますので、お気をつけて」
岩田と富田さんの見送りを聞き終えたオレ達は、先に富山さんへ渡さなければならないものを、渡す。
「富山さんに、お願いがある」
渡したのは、オレの通帳と印鑑だ。昔動画配信の広告収入とスポンサー料、大会優勝の賞金等で手に入れた金が入ってる。
「くれるの? もしかして嫁になれ的な?」
「そんなわけないでしょ。――人工衛星【トモシビ】にいる、海藤雄一の所へ、行って欲しい」
富山さんが驚きの表情を浮かべた。
「……なぜ?」
「富山さんなら分かってるでしょ? 費用はそこから出していい」
それだけを言うと、彼女はフッと笑みを浮かべた後に「これじゃ足りないわよ」とだけ言ったが、しかし元々人工衛星【トモシビ】はグレイズ・コーポレーションの打ち上げた人工衛星だ。移動方法はいくらでもある。
気を取り直し、皆に視線を合わせた後、頷き――構える。
「行くぞ、みんな」
息を吸い込み――同時に、音声コマンドを発現する。
『プログレッシブ・インッ!』
突如、浮遊感に包まれる体。
量子データに変換され、青白く光りながらも、段々と透明になっていく体。
そんな意識が、空を飛ぶ。
宇宙を駆け巡り、グレイズ・コーポレーションが有する人工衛星【トモシビ】へと辿り着き、埋め込まれるマザーコクーン内に、今転送を完了させた。
〔よく来てくれた、リッカ〕
声が聞こえる。
これは、海藤雄一の声だ。
〔この音声は、君の量子データがマザーコクーンに入力された場合に、再生されるようプログラムしている。転送される一瞬であれば、こうして声を届ける事が出来るからね。君のログインを、待っていたんだ〕
返事をする事は出来ない。けれど、確かに感じる事が出来る言葉を、一つ一つ噛みしめる。
〔ここから先は、私が案内や助言をする事は出来ない。現在マザーコクーンは外部からの入力をほとんど受け付けない状態となっている。このセキュリティを突破する事自体、五年はかかるだろう〕
言いたい事は山ほどある。問いたい事も山ほどある。
けれど、今はその時じゃない。
それは、富山さんに任せた。
そして生き残って――海藤雄一本人に聞いてやる。
〔この問題が発生した時、この問題を解決できうる人材を考えた時――私は、君の事を思い浮かべた。
そうだ、このゲームは、君と私が出会う為に、生み出したゲームなのだと。
君は、かつての君とは違うかもしれない。
けれどこうして、私の作り上げたフル・ダイブ・プログレッシブにログインをしてくれたのならば――かつての君を、思い出してくれると、信じている〕
浮遊感が、消える。
ゆっくりと、目を開く。
目の前に広がる、広大な世界。
肌で感じる自然の空気、靴越しに足で触れるレンガの感覚、そして自身の肉体。
レンガ造りの街並み、サラサラと水の溢れる噴水広場、活気溢れる生活感。
それらが全て――ここは現実だと、訴えかけている。
「これが――フル・ダイブ・プログレッシブ」
オレ達は今――本当にゲームの世界へと、舞い下りたのだ。