松本絵里-09
オレは、正直に言えば彩斗とミサトさんが、何故こんなにも雄一さんを訝しんでいるのか、その理由がわかっていない。
何個か想定できることもあるし、もしかしたらツクモやエリと連絡を取っていた事から、大人だけで話し合いが持たれ、彼への疑心を募らせていったのか、とかも考えてはいる。
けれど、オレが返答できるとしたら、この答えしかない。
「むしろ信じない手はない。彼を利用する以外に攻略を早める手は他に無いからな」
「ですがもし、彼が私達の命を犠牲に、この世界で暮らす事を強要すれば? もしそうであれば、彼は私達に有効な情報を語らない事も考えられます」
「それは無いと思うよ。あの人は、自分の作ったゲームで、誰かが、子供が楽しんでくれることを願っていたんだから。もし仮にそうだとしても――少なくとも新庄璃々那っていう、遠い親戚の子供を巻き込む筈がない」
そう、オレは現在海藤雄一が何を企んでいるのか、それを完全に悟る事は出来ない。
けれど、彼と言う人物について言える事があるとすれば「大人を騙しても子供は騙さない」という事。
彼だって大人だ。自分の意見や主張を通す為に大人をだましたり、利用したりする事もあるだろう。そして、オレもそう言う大人は好きじゃない。
けれど、彼について一つだけ信じている事がある。
彼は「子供の為に」という信念を曲げた事が、一度もない。
そう考えると、そもそも先輩や、オレとマリアのような子供を犠牲にする事を想定している筈がない。
だから、もし仮にオレ達や先行プレイヤーを利用するとしても、助け出す事に関して妥協をする筈が無い、というのがオレの意見だ。
「なるほど――意見の一つとして受け取ります。ありがとうございます」
「疑惑は晴れない?」
「難しいですね。勿論私としても貴方の意見に同意はしますが、私達も含めて二百五名の命を危険に晒している事実は変わりませんから」
それはそうだろう。オレの考えがもし正しいとしても、彼女の言葉に間違いはない。
むしろその辺は糾弾せねばならぬ所で、どんな事情があれど、自分の考えを貫くために他人の命をベットするべきではないのだから。
「ですがひとまずは貴方の言葉を信じ、彼の情報を心待ちにする事が出来ると考えましょう。助かりました」
「いいや、この位なら別に。それより」
と、オレが口を開いた瞬間、彼女はオレの唇へ手をチョンと乗せて口を無理やり閉じさせた上で「しーっ」とジェスチャーする。
そういうちょっとした仕草が童貞のオレをドキマギさせてくるけれど、恐らくミサトさんは無意識なんだろうなぁ。
「ストップ。ここでは問わないで下さい」
「あ、はい」
「ただ、恐らく貴方の考え通り、とだけは言っておきましょう」
――なるほど。
多分だけど、彩斗とミサトさん、そして恐らくツクモとエリは、先輩が歌姫ジョブを取得した事によって出来た通話機能より以前に、何かしらの方法で海藤雄一とコンタクトをとる事に成功していたのだろう。
だが、それは正規ルートでの通信ではない為、運営であるメイドシリーズにその事実を知られれば、情報源の一つが失われかねない。
「じゃあ聞かないけど、一つだけ」
「ええ」
「オレやマリア、先輩を巻き込まないのは、子供だからか?」
「……ええ」
「そっか。……少し寂しい」
「申し訳ありません」
「いや。――そうだな、大人同士の話には、子供が突っかかるべきじゃない」
「けれど本来ゲームと言うものは、子供の遊びです。大人の我々がそのゲーム内で、大人同士の汚い会話をせざるを得ない現状は、私もあまり、好ましいと思っていません」
「それが現状打破に繋がるんだったら、オレは受け止めるよ。寂しいのは変わりないけれど」
「……少し、話題を変えても良いでしょうか?」
ふと、ミサトさんがアイスコーヒーの飲み口を指でなぞりながら、そう願い出たので、オレも頷く。
彼女は僅かに微笑みながら、その変わる話題についてを語りだす。
「私と彩斗は、お付き合いをしています。女性同士ですけれど」
「良いんじゃないですか? 別に、同性同士だからって愛し合っちゃいけないわけじゃない」
「けれど、一つ問題があった。――私も彩斗も、子供が好きなんです」
お腹を擦り、寂しそうな表情を浮かべた彼女が、続ける。
「当たり前の事ですけれど、私と彩斗は女性同士で、子供を授かる事は出来ません。精子バンクを利用するという手も存在しますが、私は彼女との子供が欲しいし、彼女もそう望んでくれました」
「その、なんていうか」
「突然こんな話題を、申し訳ありません。ですが、私と彩斗は、子供が大好きで、決して拒絶しているわけではないと、それだけをご理解頂ければと思ったんです。
子供が好きだからこそ――大人同士の汚い話を、子供に聞かせたくなかったのだ、と」
「……オレの周りにいる大人は、みんなそうだ」
ふと呟いてしまった言葉。
途中で言葉を切る事は気分が悪いから、オレはまだ頭で整理しきっていない言葉を、続ける。
「昔、エリが言っていたんだ。『背伸びして大人になったつもりでいる子供ほど、面倒で可愛げのない子供はいない』って」
「私はそういう子供も、可愛らしいと思いますけれどね」
「オレはそういう子供だったんだ。――いや、今もそうだと思う。
精一杯背伸びして、大人になったつもりでいて、自分の力だけでなんでも出来るって勘違いしてる、生意気なガキでしかないのかもしれない。
だけどさ、それはエリやツクモ、カーラや雄一さん、そして彩斗やミサトさんって大人が、オレ達子供の事を想ってくれるからこそなんだと、そう思う」
「エリさんは、他に何と?」
「そうだな。オレが好きだったのは、さっきの続きでさ。
――『でも、そうして大人になろうとする子供は、輝いてると思う。
私みたいな腐りきった大人とは違って、子供はそうやって未来に突き進めるんだ。
だから私は、伸び伸びとした子供が、しっかりと大人になれるような、そんな世界が欲しいと思う。
その為だったら、私はどんだけでも、腐りきってやる』――って。
この言葉は、ずっとオレの心に、残り続けてる」
この言葉があったから、オレは無理に子供から大人になろうとしないのかもしれない。
何時かは大人にならないといけないかもしれないけれど、大人になろうと突き進んで、自分の理想とする大人の姿を求め続ける――
彼女の言葉を受けたからこそ――そんな子供であろうと思えたのだ。