松本絵里-01
――ねぇ、リッカ君。ちょっと、不躾な事、聞いてもいい、かな、ふひ。
「ん、どうしたんだいエリ」
――いやね、そういえばリッカ君のお母さんと、私会った事ないなぁ、って。
「……そうだったっけ。何か、マリアとかカーラとかツクモとか、皆母さんと挨拶してるイメージ」
――私とリッカ君ってさ、大会以外だと共演経験一回しか無いじゃん? しかもあの時は、リッカ君のお父さんがやってる会社まで私が行った形だったし、お父さんには一応会ってるんだけど、お母さんは会ってないなぁ、って。
「でも、どうしていきなり母さんの事を?」
――いや、なんか気になっちゃって。でも、もう亡くなってるって聞いてるから、無理して喋ってくれなくても、別にいいんだよ?
「別に話したくない事なんかないよ。むしろ、親父の事とか聞かれる方が困る」
――お父さんのやり方は私も、あんまり好きじゃないしね。カーラさんなんか、お父さんにキレたって聞いてるよ?
「まぁ、カーラはそういう事に敏感だしな」
――それで、お母さんはどんな人だったの?
「雨宮美穂って名前で、確か二十とかの時に親父と結婚したって聞いてる。母さんは地方で有名な市長の娘で、その市で名を挙げてた親父と伝手を作りたくて、母さんをあてがって結婚させられたって言ってたよ」
――政略結婚って奴かぁ。私には無縁な話だなぁ。
「でも、オレといる時はそんな事を考えさせない位、何時もニコニコしてる人だった。実の母親だけど、多分理想の母親っていうのは、母さんみたいな人の事を言うんだろうなとは思ってるよ」
――へぇ。カーラさんとお母さん、どっちが理想の母?
「難しい事を聞くな……うーん、多分普通に生活してる分には母さんかな。正直そほど差は無かったと思うけど、やっぱり実母の補正も効くと思う。……ただ、母さんの料理が美味しかったかと聞かれたら微妙だった」
――お母さんメシマズだった系?
「メシマズって程じゃないけどさ、味覚は変わってたと思うよ。当時からあんまり親父と仲良かったとは言い難かったけど、親父は母さんの料理が好みじゃなかったんじゃないかと思う位には。カーラも食べてたけど『うーん、カワッたアジツケですネー』と苦虫噛み潰したような顔してた」
――何それ見てみたい。
「当事者だから言うけどカーラの気持ちもわかる。マズい訳じゃないし食えるものなんだけどどうしてこうなった……? って料理が多かったと思う。白米食ってるハズなのにアルデンテ感じたらそうなるよな」
――ツクモさんとかマリアは仲良かった感じ、だったの?
「マリアの事は自分の娘のように可愛がってたよ。オレと同い年だったからっていうのもあったんだろうな。ツクモはインタビュー受けてから仲良くなって、オレとツクモがちょくちょく遊びに行って、その帰りに家でツクモへ料理を振舞うって感じだった」
――え、ツクモさんは料理ちゃんと食べたの? そのアルデンテ。
「普通に食ってたし何だったら『人妻料理って存在が目の前にあるだけでお腹いっぱいになりますわぁ』とか言いながらモリモリ食ってたよ」
――ツクモさんらしいなぁ。それでその、お母さんは。
「オレとマリアが競ってた大会の途中で、すい臓がんで倒れて、そのまま。そこからは知ってるだろ?」
――私にも、ゲーマー引退するか、相談に来てくれたもんね。あの時は、相当焦ったけど、リッカ君が決めた事ならって考えたよ。
「今考えたら、何をそんなに考える必要があるんだって思ったけど、エリとツクモに相談が出来て良かった。そうアドバイスしてくれたカーラのおかげだ」
――私はその時、聞けなかったけど、どうしてお母さんが亡くなって、ゲーマーを辞める事にしたの?
「オレは、ゲームをしてる時、笑ってくれてる母さんの笑顔が大好きだったんだ。最初は強いオレの事を喜んでくれてるんだと思ったけど、マリアと一緒にいる内に、そうじゃないんだって気付いた。
母さんは、オレが楽しそうにゲームをしている姿が大好きで、笑ってくれていた。
最強っていう頂に立って、オレが最強だ、唯一無二だと叫んだ時、母さんは悲しそうな顔をしていた。
共に競うマリアが現れて、ようやくその事に気付いた。
母さんが亡くなって、ゲームをやる度にあの人の事を思い出すようになって、涙を流すようになったらさ、多分母さんは、悲しむから……
だから、オレが前を向いてゲームが出来るようになるその日まで、オレはプロゲーマーであることを辞めると決めたんだ」
――それってさ、プロゲーマーに戻る事も、考えているって事、なのかな?
「……そうだな。少し前までは考えもしなかったけど、このFDPに来てから、変われた気がする。
オレは、ゲームが好きだったんだ。母さんの笑顔が無くったって、それはきっと変わらない。
だから、ゲームで誰かの笑顔を、壊したくない。FDPっていう世界が、二百人の……オレ達を含めた二百五人の命を脅かすっていうんなら、オレはそれを許容できない。
だから――オレは天才ゲーマー・リッカへと戻って、この世界に迷い込んだ先輩を、二百人を救って見せると、そう誓ったのかもしれない」
彼の決意を決めた表情は、輝きに満ちていた。
けれど、私にはそんな表情を浮かべる事は出来ない。
出来たとしても、それが他人に見られる事は無いのだろう。
彼は何時も前を向くけれど。
私は何時も、下を向くから。