密談-04
先ほどまでの、明らかに感情を有していなかった機械的な彼女と異なり、今の女性は、慌てふためき、今にも涙をボロボロと溢して項垂れてしまいそうである。
「……サービス終了は、大抵の場合が『ゲームの更新終了』を意味します」
『疑問! 更新が終了したとしても、ゲームは、私と言う存在は、残り続けるのか!?』
ツクモの言葉に反応し、声を荒げる女性。しかしツクモは反して冷静だ。
「場合によりますが、FDPの様なMMOであれば、ゲーム自体が終了となります。――そしてFDPは人工衛星【トモシビ】内に存在するマザーコクーンの維持費なども考えれば、永遠にデータを残し続けるとは考え辛い」
『り……っ、理解、不能……理解不能……っ』
最後には、青ざめた表情を浮かべながら、その姿を消した女性。
僅かにその場を漂うドットを見届けた後、その場にいる四人が脱力するように、ソファへ腰かける。
「今のは……な、何だったの……?」
突然の事に理解が追い付いていないエリがそう声を発し、彩斗もミサトも首を横に振る。
だが――ツクモはそこで彩斗に向けて「海藤雄一に繋げてくれないか」と声をあげる。
「え」
「海藤雄一に伝えなければならない事と、聞かなければならない事がある。繋げてくれ」
「待ってくださいツクモさん。先ほどの女性が海藤雄一の言っていたAIならば、この場所で通信を行うのは危険すぎます!」
「違う! あのAIがシステムの穴を突いた通信が出来ると知り、今まさに修正を行う可能性もある! だから早く連絡するべきなんだっ!」
ツクモらしからぬ声の荒げように、彼以外の全員が押し黙る。ツクモもすぐに「すまない」と一言だけ謝ったが、しかし意見は変えぬと目で訴えている。
そして彩斗も、彼の言い分が尤もであると考えた後、自身のコクーンを連続して五回連続でタップ。緊急通報用画面が出現、音声データのやり取りが開始される。
『もしもし、彩斗かい? この回線を使用しているという事は、何か進展があったと』
「海藤雄一、報告が一件、聞かなければならない事が一つある」
『ツクモさんか。どうぞ』
「まず聞かなければならない事がある。――貴方は、FDPという世界を削除されない為に動いた。違うか?」
僅かに、沈黙の時間があった。
その間、彩斗とミサトがツクモの肩を掴み、それが悪手だと訴えていたが、ツクモは雄一からの返答を待つ。
しかしやがてため息の音が聞こえ、観念したと言わんばかりに『ああ、そうだ』と認めた。
『流石に分かり易かったか。まぁツクモさんならば気付くとは思っていたが』
「その件を糾弾するのは後だ。報告したい事が一件と言っただろう」
『……何かあったのか?』
「恐らく例のエラーAIを発見した」
『何』
「彼女は自分の事をFDPと、自分自身がゲームデータそのもので、NPCの思考ルーチンを並列処理している内に芽生えたAIと名乗り、自分たちの目の前に現れた。こうして通信している事を知られ、システムの穴を突いた通信の排除に動く可能性も考えられる」
『なるほど。貴方が焦っているように聞こえるわけだ。そして私もそのAIとは会話をしている。彼女はNPCとしての外観やAIとしての名称を有していたのだろうか? 有していたとすれば、手掛かりになりそうな事を教えてくれ』
「外観は――雨宮美穂さんそのままだ」
またも、沈黙。
しかし今度の雄一は、ただ黙っていたわけではない。何か物を落としたような落下音と共に、荒い息遣いが聞こえてきた。
「貴方は何か知っているのか? 雨宮美穂さんにそっくりなFDPを名乗るエラーAI、FDPのデータを守ろうとする貴方、そしてこのゲームはそもそも……リッカという少年へ捧げようと作り上げたゲームだろう!?」
『……わ、私は、何も、知らない』
「嘘をつくなっ! 真実を話せ!」
『嘘じゃないさっ! 確かにこのゲームはリッカにプレイしてほしいと願って作り上げたゲームではある。だがそもそも美穂さんを模したNPCをモデリングはしていないし、FDPを守ろうとしている理由は、君達ならば既にわかるだろう!?』
「貴方は自分の作り上げたゲームにて生まれた自我を、シンギュラリティに到達したAIデータを削除される事を恐れた! だから二百五名の命を犠牲にした!」
『犠牲にはしないっ、その為に全力を注いでいるっ!』
「落ち着いてくれ二人とも!」
今度声を荒げたのは、彩斗だ。だが彼女はツクモの肩に力を入れて彼を座らせ、そして海藤雄一が沈黙した事を確認した上で、残り時間を確認。もう一分とない。
「手短に行こう、海藤雄一。貴方は私達テストプレイヤー二百人と、救出に出た五人を利用し、FDPというゲームを生き長らえさせるために行動をした。間違いはないな?」
『……ああ、間違いはない』
「では最後に。――私達のデータが一年以内に救出できなかった場合も計算には入れてないね?」
『入れていない。救出をした上で、君達に声を挙げてくれとお願いする予定だっただけだ。信じて欲しい』
「……残念だが、私は今のところ、完全に信用は出来ない。しかし、今後も協力を願いたい」
その言葉を最後に、通信は途絶えた。一回につき三分と短い通信では、聞きたい事が多い現状全てを聞き出す事は難しい。
先ほどまで声を荒げていたツクモは随分と項垂れながら「すまない」と謝罪した後、サングラスをかけ直して、顔を上げた。
「独断が過ぎた。確かに彼を完全に信用しきれていない現状、彼へ直接問いただすべきではなかった」
「起こってしまった事は仕方がない」
彩斗の口調は何時ものあっけらかんとしたものではなく、彼女らしからぬ僅かに怒りが籠った口調であったが、しかし自分自身を自制させるように、深く呼吸を繰り返す。
「質問だ。雨宮美穂さんとは、誰だ?」
当然の問いだと、ツクモは顎を引きながら一言「リッカ氏、ごめんちゃい」とだけ呟き、その場にいる全員へ問う。
「三人は、リッカ氏の本名フルネームを知っているか?」
「あー……そういえば私、リッカ君のフルネーム、知らないかも……名前が律っていうのは知ってる」
「えっと……ミサト、何だっけ? 確かラーディング討伐の時に聞いたと思うが」
「雨宮律さんだと記憶していますが……あ」
「……先ほどの女性は、リッカ氏にお母さんに瓜二つなんだ」
この場所で、何度目の沈黙が訪れたか。
四人は既に、それを知り得ない。