世界の母ー06
エリは、その場所から見える景色を見て、ハァと息を吐きつつ、言いたい事を整理するように思考する。
「勿論、私らは大切な役割が存在するし、攻略しないと私達も死んじゃうから、絶対クリアしなきゃいけないんだけど……多分、リッカ君はそうやって……カーラさんらしいプレイをするカーラさんが好きで、認めてくれると思う……ふひ」
「そうでしょうか?」
「そこは、自信もっていいと思う……リッカ君は、そうやって誰かが何かを犠牲にしてさ、それで平気な顔できる子じゃ、ないもん」
「でも、だとしてもリッカに甘えてはいけません。私がお店をする理由は、あくまで称号を獲得する為だと自制しなければ、ただ趣味に走ってしまう。そうすれば、リッカへの負担がより多くなってしまうのですから」
「カーラさん、大切な事、忘れてる」
「大切な事?」
「ゲームってさ……楽しんでやらないと、絶対積みゲーになるよ?」
普段からプロゲーマーとして様々なゲームをプレイしてきたエリは、そう断言する。
勿論彼女とて好きなジャンルのゲームや好みではないゲーム等幾らでもプレイしてきた。
だが一つ言えるとしたら「ゲームは楽しむために存在する」という一点だけだ。
「このFDP……色々問題はあるけど……私、今すっごく楽しんでる。多分、リッカ君も。だから、カーラさんにも楽しんで欲しいと思ってるよ、あの子。そういう子じゃん……」
「……そうですね」
「それにさ……二百五名もプレイしてるんだし、海藤雄一がいうには、リリナちゃんが既に、一個該当称号ゲットしたって事なら、きっと大丈夫だよ……多分ね、ふひひ。だから、カーラさんも楽しんでプレイして、一緒に頑張ろ?」
エリの言葉を受けて、カーラはどこか、心が軽くなったように感じた。
――これからも私は、このゲームの攻略に勤しまなきゃいけないけれど。
――それでも、楽しんで一緒に頑張ろうと言って貰えた事が、とても嬉しかった。
「……はい。ありがとうございます、エリ」
ニッコリと笑って彼女にお礼の言葉を述べると、エリもニッと笑って、そのまま……湯舟に浸かる。
「ゴボボボボ」
「!? エリどうしました!?」
「ごべんのぼぜだ」
「またですか!?」
カーラがエリの重たい体を引っ張り上げ、乱雑に身体を拭いて服を着せ、彼女を部屋に運んで布団へ寝ころばす。
「だからよ……止まるんじゃねぇぞ……っ」
最後の最後までカーラはその言葉の意味が分からず、何だか最後にモヤモヤとしたものだけが残ったのだった。
**
「チッ、今日も休みかよ」
とある一人のNPCが、一つのレストラン前で足を止め、そう呟いて舌打ちした。
彼は三日ほど前にこの店を知り、友人と共に行列へ並んだが、しかしその際には食材切れという事で食事にありつけず、その時は空腹も相まって腹が立ち、店主であるカーラという女性に怒りをぶつけてしまった事を後悔していた。
無論、店側へ思う所があるのは変わりない。並んでいたのに、三十分も待ったのに、その間に別の店へ行く事も出来たのに……と。
だからこそ、謝るつもりこそないが、それでも一度はあの店の料理を食べに行こうと思い、彼は毎日足を運んでいた。
実際に先日来た時には『諸事情の為、しばらく臨時休業とさせて頂きます』と書いてあった張り紙は見ているのだが、その「しばらく」がいつかわからない為、毎日足を運んでいるのだ。
「しゃあねぇ。帰るか」
ぼやきながら、身を翻して自宅へと戻ろうとした彼だったが――しかしそこで、女性と鉢合わせる。
「あ、先日の」
「あ……」
レストランの店主・カーラだった。彼は思わず視線を外して何も言わずに立ち去ろうとするが、しかしそんな彼の手を取って立ち止まらせる。
「あの、いいでしょうか?」
「……なんだよ」
「先日はご迷惑をおかけして、申し訳ございません。お店のルールとはいえ、お時間を頂いたにも関わらずご案内が出来ませんでした」
「……いいよ、もう気にしてない」
「それで、そのお詫びというわけではないのですが、もし宜しければ、コレを」
彼の手に、一枚の紙が渡される。
次回来店時、ドリンク一杯をサービスするというチラシであった。
「私は、全てのお客様に……いいえ。世界中にいる全ての人が料理を食べたいと思っていただける、そんなお店にする事が夢なのです」
「……そう、ですか」
「でも、現実はそうじゃありません。食材には限りがあって、何時でも料理を振舞えるほど、私自身も完璧ではありませんから」
でも、と言葉を続けたカーラに、男は彼女と目を合わせる。
「だとしても――私は料理を作り、皆さまへ可能な限り提供を続けます。
それが、料理人であり、皆さまの母となろうと決めた者の、たった一つの願いであり、使命であり――私が好きな事ですから」
胸に手を当てて微笑を浮かべる彼女を見て――男は頷き、自分の気持ちも、伝える。
「……次、いつ店開きます?」
「あ、もし何もなければ明後日にでも」
「じゃあ、明後日早いうちから並んで、今度こそ料理を頂きます。……だから、その時はドリンク、お願いしますね」
そう言って立ち去る男に――カーラは頭を下げながら、一つの決意を固めるのだった。