先行プレイ-08
成田空港にある一軒のカフェで時間を潰すオレと富山さん。
朝に銭湯で体をサッパリとさせた後に出向いたこの場所でも――オレ達はとある人物を待っている。
女性は、キャリーケースを転がしながら現れた。
身長はオレよりも若干大きく、そのカールのかかった金髪が麗しい。
サングラスをかけている為に目は見えないが、その整った鼻、口元と、更に豊満な胸に反してキュッと引き締まったお腹周り、更にさらに反比例して膨らむお尻は、非常に目を引くダイナマイトボディだ。
「ヒサしぶりデスね、リッカ」
拙い日本語で言葉を発した女性は、サングラスを外し、その優し気な瞳でオレを見つめると、オレを抱き寄せて頬に口づけをしてきた。相変わらず慣れないな、この国際的な挨拶。
「ワガコのようにアイしたリッカ! アナタがこんなにオーきくなって、ワタシはカンゲキデースッ!」
「く、苦しいよ、シモネットさん」
「オーッ! シモネット、じゃなくて、カーラ、ってヨんでくだサーイ! リッカはワタシのコなんデスかラっ!」
女性の名は、カーラ・シモネット。イタリアで超人気の調理師兼プロゲーマーだ。確か年齢は今年二十歳。
「世界中の人々に健康的で文化的な食生活を」というテーマで毎日料理動画を投稿していて、その時点で累計数十億以上の再生回数を叩き出していた人気者だが、彼女の人気は料理の腕だけではない。
「世界中の人々」に動画を届ける為、イタリア語だけの配信ではなく、英語、中国語、日本語を習得し、それぞれの言語で話しながら配信する事で、着実にファンを増やしていったのだ。
別名・世界の母。この名をファンから聞かされた時、彼女は感涙に咽びながらも「ワタシはミーンナのハハデースッ!!」と宣言し、公式の呼び名となった。
さらに彼女の場合「ゲームをしながら食べられる美味しい料理を教えてください」というメッセージが届き、しかしゲームをあまり知らなかった事から、まずはゲームを初めてみようとゲームプレイ動画を配信した事がきっかけで「【悲報】イタリアの調理師、ワイよりゲームが上手い」等と騒がれ、勧められるままプロゲーマーの道も歩む事となったのだ。
実際、彼女のゲーマーとしての腕は確かで、超感覚的にプレイを覚えた天才型。
格ゲーでは負け知らずのオレも、数回だけ彼女に敗北した事がある程だ。
「サテ……キンキューのヨージとキいてニッポンまでキましたが……FDPのダイモンダイについて、デスね?」
「そうだ。オレは、FDPにログインして、その大問題を解決しようと思ってる」
「オー……ハハとしては、アナタのユウモウカカンさをヨロこばしいような、カナしいようナ……フクザツなキモチデース……」
「シモネットさんに、お願いがある。一緒にFDPにログインして、二百人の命を救ってほしい」
流石に、シモネットさんは表情を渋らせた。
松本さんの時もそうだったが、しかし九十九の二つ返事がおかしいだけで、本来はこの反応が普通なのだ。
――命を、懸けるのだから。
「ドウしまショウ……」
「ごめん、無理なお願いだって事は、分かってる。でも」
「ウウン、そうじゃナくて……ハイシンをタノしみにしてくれてるコドモたち、イキナリイチネンもハイシンがトまったら、シンパイするでしょーし……」
この人は自分の命より配信を待ってくれてるファンを心配してたらしい。
「ア。デモもうイチネンブンのドウガ、サツエイしてヘンシューもしてありマス! イチニチイッカイ、ヨヤクトウコウのジュンビすれば、カンペキですネ!!」
この人は本当に規格外だ。
一年分の動画を撮影し終え、投稿準備もすぐに出来る事もそうだけれど――自分の命を顧みず、急に無理なお願いをしたオレに、ほぼ無条件で手を貸してくれると言ってくれているのだ。
「いいのか……? シモネットさんには、沢山のファンがいるし、もし帰ってこられなかったら……っ!」
「そのトキはそのトキデース! ……ソレに、リッカもタイセツなワがコなんデスから、ハハがマモってあげナイト、デス!」
ニパッと笑う、彼女の表情は。
本当の母ではないけれど――しかし、慈愛の精神と子供を決して見捨てない心は、本当にいつも、羨ましく思う。
「……オレの友達が、FDPにログインして、今出られない状況なんだ」
「それは、スグにタスけてあげナイト、ですネ」
「だから、身勝手なお願いだって事は承知してる。オレに出来る事なら、なんだってする。だから……オレに、シモネットさんの力を、貸して欲しい」
「じゃー、サキバライ、オネガイですネ」
シモネットさんは、オレの顎を引いて、彼女の唇とオレの唇を――合わせた。
「ムフー。ハハがムスコのチュー、ウバっちゃいましたデース! ハイトクテキデースッ!」
「な、なな……っ!」
ファーストキスを母に取られた! いやホントの母じゃないけどそんな感じがして何か複雑な感じ! ホントになんだこの背徳的な感覚は!?
「フゥー! これでこのヨにミレンはありまセーン! full・dive・Progressiveをササーっとclearして、リッカのハハとしてマイニチ、リョーリをツクってあげマースッ!!」
真っ赤な顔を隠しつつ「ありがとうございます……」とだけ礼を言ったオレは、シモネットさんと顔を合わせるのが何だか気まずくて、視線を隣に座る富山さんに向けた。そういえばさっきから静……。
「……(ジーッ)」
富山さんはスマホのカメラで先ほどの光景を一部始終録画してたらしい。
「……なんで録画を?」
「強請りネタになるかと思ってね」
「ここの支払いオレが持ちますんで動画削除してください……」
「さ。優雅なランチタイムと行きましょう」
「オーッ! ムスコのオゴリですネーッ! ハハはカンゲキデースッ!!」
なんか釈然としないけれど、シモネットさんの快諾と、二人の美味しそうな表情でランチを食べている光景を見据え、まぁいいかと納得してしまう、安いオレだった。