【夏休み】3
「こんにちは、楓くん居ますか?」
そう言って玄関に立っていたのは、ハク先輩とさゆだった。
さゆは以前ら伊南さんたちと水着を買いに行った後、正式にオカルト研究部に入ることになったんだ。もちろんプールで起きたことや、僕が陰陽師ってことは秘密だけどな。新しい部員が増えて、部長も喜んでたよ。
「おお、楓ってばモテモテじゃねえか。キミいくつ? 彼氏いる?」
デリカシーという言葉を知らない親父がさゆに問いかけると、彼女は小さく縮こまってハク先輩の後ろに隠れてしまった。
その代わりと言うように、彼女たちの後ろから現れた椿が親父の腹にパンチをキメる。
「養分にされるか通報されるか選びなさい」
「うぐッ……何でお前もいるんだ椿……」
思い切りダメージを喰らったのか、親父は腹を押さえて座り込んでいる。
「そ、そうだ。何で椿がハク先輩と居るん……うぐッ」
「姫野先輩、でしょ。親子共々口の利き方がなってないわね」
思わず口を挟もうとする僕の腹にも椿のパンチが繰り出された。
あ、朝飯が口から出る……。
親父同様にうずくまってしまった僕を心配そうに見つめていたハク先輩が、おずおずと口を開いた。
「え、ええと……私はオカルト研究部の鬼原ハクと言います。夏休みが始まる前の日にね、姫野先輩から入部希望があったの。一気に二人も部員が増えてレンちゃんがとっても喜んでたわ」
「感謝しなさい、ゴミクズ共」
椿は僕たちを見下ろして鼻を鳴らすと、花の簪を揺らしながらそっぽを向く。
「そ、その……今日は一体どんな用件で……」
「あのね、レンちゃんが出した部活の課題、楓くんも一緒にやらない?」
ハク先輩がそう言って微笑むと、ちょうどたった今起きてきたらしい日熊先生がぼりぼりと腹をかきながら階段を降りてきた。何て酷いタイミングだ。
「楓、飯~」
「おい馬鹿来るな」
時既に遅し。日熊先生の見事な胸毛もとい腹毛が僕たちの前に現れる。事情を知っているハク先輩がちょっと目を見張ったけど、すぐににっこり微笑んだ。
椿に至っては……何だ、あのゴミ以下の汚物を見るような目は。
「アンタ、乙女に汚いものを見せるなんて頭に虫でも湧いてるの?」
「ひょあッ!?」
それまで寝ぼけていた日熊先生は、慌てたように捲っていたシャツを整えてステテコを隠しながらあたふたと僕の後ろに隠れる。
もう遅いし隠れられてないだろ……。
「副顧問の……日熊、先生……どうして、楓くんの家にいるの……?」
さゆの疑問はもっともだ。僕は日熊先生の腹に肘鉄をお見舞したいのをこらえて説明する。
「えっと……日熊先生は親父の友達で、何故か僕の家に居候することになったんです。そうですよね、日熊先生?」
「お、おう! そうだ! ぶ、部活の課題って何だ!? またふざけたことをしようとしてるのか!」
日熊先生はひっくり返った声で問いかける。ふざけてるのはお前の腹だよ……。
「えーとね……身近に居る妖怪を見つけてレンちゃんに報告すること! っていう課題♡」
「身近に居る妖怪……ですか」
そう言いながら何となく椿を見やると、つり目がちの瞳に睨みつけられた。
養分になりたくはないので黙っていよう……ここに妖怪が二匹いることを。
「へえ、面白そうだな。俺も混ざっていいか?」
「いや、何で?」
思わず嫌悪感たっぷりに親父を見つめる僕……と椿。
親父は僕の頭をガシガシ撫でながら言った。
「俺がガキの頃はな、一人で妖怪探検隊を結成してこの辺の妖怪に片っ端から挨拶したもんだ」
「妖怪を見たことがあるんですか?」
武勇伝のように語る親父を見て、ハク先輩が目を丸くした。
「おう、もちろん。ハクちゃん……だったか? 楓とはどこまで進んでるんだ? チューくらいしたんだろ?」
「やめろ馬鹿親父。ハク先輩とはそんなんじゃ……」
デリカシー皆無の発言をしながら距離を詰める親父からハク先輩を庇うべく、僕はすかさずハク先輩の前に立ち塞がる。
「ええ? お前が好きなハク先輩ってこのかわい子ちゃんだろ?」
「な……」
「え?」
親父は悪びれもなく身を乗り出してハク先輩を見やる。ハク先輩は目を丸くしていた。もう、もう、もう……この馬鹿親父……!
僕は親父の胸ぐらを掴むと引きずるようにしてトイレに連れ込むと思い切り胸ぐらを揺さぶった。
「よ、よ……よくも、よくも思春期真っ盛りの息子の前でデリカシーの欠片もないことを言ってくれたな。これからどんな顔してハク先輩と話せばいいんだ。今日の夕飯おかず無しにしてやろうか? そして僕は今すぐこの場で死んでやる。絶対に、絶対に許さないからな……」
「おいおい、落ち着け楓」
胸ぐらを揺さぶられたまま、親父は僕の手をペンペンと手で叩く。
これが落ち着いていられるか。どうやってハク先輩の前に戻ったらいい? バッチリ聞こえてたぞ、親父の言葉は。
頭を抱える僕とは反対に、親父はニヤニヤ顔だ。……死ぬほど腹が立つ。
「あの顔はどう見てもお前に惚れてるしお前のバレバレな好意にも気づいてる顔だろ。この機会に告っちゃえよー、絶対オッケーもらえるぞ?」
「かっ、勝手なこと言うな!」
僕は大きくかぶりを振って親父を押しのけるようにして便座カバーの上に座らせる。
「は、ハク先輩が僕みたいな根暗で卑屈などうしようもない男を好きなんて絶対にないんだ……」
「卑屈なのは否定しねーけど、言うほど根暗かあ?」
親父は便座の上に座ったまま唇を尖らせて僕を値踏みする。
「俺の息子がモテないはずがねえだろ」
「何なんだよその自信……」
ニートの父親に言われているのがまた腹立つな。
「いいか、俺がお前くらいの時はとにかく女にモテた。大抵妖怪だったけどな。あの椿だってああ見えて俺に惚れてんだぜ?」
「えっ、椿女が親父に?」
サラッと衝撃の事実を言い放った親父は、大きく頷いて僕の肩をポンと叩く。
「いいか、お前は体力がないし身長も男にしちゃ低い方だが、男の魅力はそれだけじゃねえぞ。女は優しい男に弱いからな」
「……身長が低くて悪かったな」
この男は人が気にしていることをサラッと言う。
親父の遺伝子を継いでいるはずなのに僕の身長はハク先輩と同じくらいだし、お世辞にもたくましいとは言い難い。
きっとハク先輩だって大きくてたくましい男が好きに決まってる。例えば日熊先生みたいな……。
「あ、大五郎は参考にするなよ。あれは妖怪にもモテねえからな」
僕の心の中を読んだかのように親父が切り捨てる。トイレの外で日熊先生が盛大なくしゃみをした声が聞こえた。見た目は怖いし獣臭は酷いけど根は良い奴なんだが……。
「お前、せっかくのチャンスなんだから告白は出来なくても距離くらい縮めろ。そんで夏休みの間にチューだ。いいな」
「で、ででできるわけないだろ!! そんな、ハク先輩とキスなんて……は、背徳的なこと……!」
ハク先輩と、キス。思わず想像してしまって顔から火が出そうになる。
一人で悶えている僕を呆れた顔で見つめた親父は、大きなため息をついてからおもむろに便座から立ち上がった。
そしてトイレの扉を開けると、今度は親父が僕の首根っこを掴んで引きずりながら玄関へと戻る。
「ハクちゃん、今うちの馬鹿息子と相談したんだが──ウチで泊まり込みの合宿をしないか?」
便所から戻ってくるなり、親父はとんでもない提案を口にした。泊まり込みの、合宿……? とても華の女子校生たちに提案する内容じゃない。
すぐさま否定をしようとするが、返ってきたのは予想外の返事だった。
「ふふ……そう言ってくれると思って、お泊まりグッズ──持ってきちゃいました♡」
ハク先輩が大きなボストンバッグを僕たちに見せるように体の前に抱える。
よくよく見るとさゆも、そして椿もスポーツバッグやリュックを持参していた。
「え、っと……みんな、最初から僕の家に泊まるつもりで……?」
「うん、とりあえず二泊三日くらいかなって考えてるんだけど」
ハク先輩はにっこり微笑むと、ボストンバッグを玄関に置いた。
「お世話になります♡」
待て、待て待て待ってくれ。頭の処理が追いつかない。何だ? この、夢みたいな展開は……。




