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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【夏休み】2

「おかあさんってどんな人?」


 幼い頃、そう問いかけたことがある。

 縁側でうつ伏せになりながら、黒猫を撫でる幼い僕の周りには妖怪の本や呪具がたくさん並べられていた。それらは近いうちに捨ててしまうのだと言う。まだまだ使えそうなものもあるのにもったいないなと子供ながらに思った。


 僕には母親の記憶がない。物心ついた時には既に魔鬼が居て、妖怪が身近な存在で。親父が陰陽師だったという記憶だけが残っていた。


「……知らなくても良いこともある」


 黒いしっぽがゆっくりと床を叩く。まるで、子供をあやすような優しさで。その頃の親父はあまり、母さんのことを話してくれなかったから。


「やさしかった?」

「ああ、すみれは優しかったぞ。あんなロクデナシの嫁になってくれたのだからな」


 魔鬼が目を細めて笑う。

 鬼道すみれ。それが僕の母さんの名前。何だか他人の名前みたいで、不思議な感じだ。


 僕は小さな頃から、幽霊だとか人魂のようなものが見えた。

 けれどそれを口にすると友達に怖がられるから、いつの間にか口にすることは無くなって。

 怖がらないのは親父と魔鬼くらいだった。

 だからあの願望を口にしたんだ。


「陰陽師になったら、おかあさんに会える?」


 そう言った時の魔鬼の顔を、よく思い出せない。


 僕が陰陽師になりたかった理由は、もちろん生活のためもあるけど……親父の代わりに鬼道家の陰陽師になって、一人前の陰陽師になったら母さんに会えるかなって思ってた。

 幼いながらにあの頃は親父が陰陽師をやめたことは知っていて、妖怪が見えるのが僕だけじゃないと知って嬉しかったから、色々と自分なりに調べたんだと思う。

 親父は家では陰陽師のことなんて話さなかったし、戦い方すら教えてくれなかった。


 そう言えば……。


 あの頃は若い女性がしょっちゅう家に来たっけ。

 顔は覚えていないけど和服の似合う綺麗な人だった。

 その人は僕に料理を教えてくれて、一緒に遊んだりもした。

 だけど親父はいい顔をしなかった。

 ある日突然女の人は家に来なくなって、僕も何となくあの人の話は止めたのだ。


 母親という存在を知らない僕にとっては、幼い頃に料理を作ってくれたその女性が母親のイメージ像になっている。

 今年で僕も十六歳。陰陽師になって初めてのお盆だ。

 一年ぶりに母さんに報告ができる。

 まず何から話そうか。少し背が伸びたこと? 学校で友達ができたこと?

 あとは……すごい式神と契約したこと?

 陰陽師としては、ちっとも実力のない僕だけど周りの環境に恵まれて何とか今日まで無事に過ごせてこられてる。まあ……命の危険は何度かあったけど。


「全部報告するよ、母さん」


 僕は仏壇に飾られた写真立ての中の女性に話しかけた。

 写真の中の女性は優しく微笑んでいて、僕も優しい気持ちになる。


「ん」


 ふと、どこからか入り込んできた風で母さんの写真が畳の上に落ちる。

 母さんの写真と共に、何枚かの紙が一緒にハラハラと落ちた。


「これは……?」


 一枚の紙切れを手に取ると、そこにはかわいらしい丸字で『妖怪と人間が仲良く暮らせますように』と書かれている。

 僕は直感的に、母さんの字だと思った。そしてこの言葉は、親父にとっても大切なもののはずだ。じゃなきゃ写真立ての中に仕舞ったりしない。


「妖怪と人間が、仲良く暮らせますように──か」


 きっと母さんは妖怪も人間も平和に暮らせる世の中を望んでいたんだろう。


「こっちは……何だ?」


 畳の上に落ちたものは、ちぎって捨てた紙くずのように見える。

 紙くずの一枚を手にしてよく見ると、それは写真の切れ端だった。


「──!」


 そこには母さんと思わしき女性が切れて写っている。

 初めて見る写真だ。

 僕はすぐに畳の上に落ちた紙切れを拾い集める。

 畳の上でジグソーパズルのようにひとつずつちぎれた写真片を重ね合わせていくと、ひとつの絵が浮かび上がった。

 写真の中の母さんは、幸せいっぱいの笑顔で小学生くらいの男の子を二人抱きしめている。

 隣で、だらしない笑顔を浮かべながら男の子ごと母さんを抱きよせているのは今よりも少し若い親父だ。

 腕の中には窮屈そうに親父を押しのけている魔鬼がいる。

 二人の間にいる男の子は、恐らく小学生くらいだろうか……。

 髪を肩まで垂らして、照れくさそうな仏頂面を浮かべている子供……これは僕だ。そして、僕に抱きしめられている黒髪の子供。

 この子は……。


『ボクのこと、嫌いになった?』


 そう尋ねる子供と古御門キイチが脳裏でダブる。今でこそ、キイチの髪は真っ白に染まっているけれど、彼が黒髪だったなら……この子とよく似た顔立ちをしている。


「キイチ……?」


 僕は写真の中の僕が抱きしめている幼い子供をじっと見つめた。十六年という記憶の中を探しても、こんな子供は知らない。こんな風に一緒に写真を撮った記憶すらない。それどころか……。


「……何で、覚えてないんだ?」


 このくらいの年頃だったら母さんとの記憶があってもいいはずだ。それなのに、僕には母さんの記憶が一切ない。まるですっぽり抜け落ちてしまったかのように。

 僕が覚えているのは、母さんが死んでからのことだ。それ以前のことは、どんなに思い出そうとしても何も分からない。

 しばらく、若い頃の親父と母さんを見つめていた僕は、やがてゆっくりと、丁寧に破片をかき集めて手紙に包むようにして写真立ての中に戻した。

 再び仏壇に写真立てを置いた僕は、写真の中の母さんを見つめる。

 僕の思い出の中に居る和服の女性。あれが母さんだったのか? いや……違う。あの頃、既に母さんは亡くなっていた。病気? 事故? それとも、『誰か』に……。


「……」


 やめよう、お盆の前にこんなこと考えるなんて……。

 母さんの部屋の掃除を終えて掃除機のコンセントを抜こうとした時、玄関からチャイムの音が聞こえた。


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