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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【蛟】3

 蛟の体内で圧死される未来が見えたその時、僕らの体は勢いよく体外へ吐き出された。


「うわああっ!」


 突然外へ投げ出された僕の腰に肉厚の紐のようなものが巻きつく。やけにぬるついた紐だが……それによって勢いよく引き寄せられた僕の体は、ぐるんと宙を舞ってからゆっくりと地面へ降ろされた。


「へ……?」


 おずおずと見上げる僕の目の前には、蛟と同じか……いや、それ以上に大きな……丸々と太った体のカエルが居たのだ。


「井の中の蛙、大海を知らず。されど、プールの広さを知る」


 ペタリ、と両手をついて大きな体を左右に揺らしながら僕たちを見下ろした青いカエルは大きな目をキョロキョロさせた。


「你好、息子のお嫁さん」


 聞き覚えのある声だ。何ならこの声、さっき聞いた記憶があるのだが……。


「何このデッカイの!?」

「あいやぁ、朱音ちゃん。さっきぶりアルネ」

「ちょっと待て……その喋り方、もしかして……」


 僕はよろめきながら立ち上がると、その巨大なカエルを指した。丸々と太ってボールみたいな体のこのカエルは……。


「雨福、さん……?」

「正解アル」


 そう言って喉を鳴らした大きなカエルは、青野雨福。水着屋の店長だった。


「何この気持ち悪いカエル、どこから入ってきたのよ」

「全てのプールは長江に続くアル」

「そんなことわざは無いわよ」


 ケロケロ、と店長……いや、カエルが笑い、そこに椿女が冷ややかなツッコミを入れる。


「あなたは……妖怪だったのか? 店にいた青蛙神は……」

「ワタシの息子アル。ぜひ息子のお嫁さんになって欲しいアル」

「いや、それは普通にお断りします……」


 カエル……もとい雨福さんが頭を下げてみせると、彼の頭の上にちょこんと小さくて丸々としたカエルが乗っていた。それは間違いなく水着屋で見た青蛙神だ。


「ケロ?」

「そうアルヨ、この子は陰陽師アル」


 小さなカエルが喉を鳴らすと、それに答えるように雨福さんが返事をする。僕はすっかり圧倒されて、たじろぎながら頷いた。


「待って。まさか、あんたあの時のカエルなの?」


 不意に椿女が言った。まさか椿女まで雨福さんと知り合いなのか? 僕の視線に気づいた椿女は肩を竦めた。


「溺れかけてたところを柊に釣り上げられたカエルよ。一体何を食べたらそんなに太れるのかしらね」

「中国料理はカロリーゼロアルヨ」


 雨福さんは顎の肉を震わせるようにぷるぷるとかぶりを振って僕の顔を覗き込む。


「うちの息子のお嫁さんがダメならワタシのお嫁さんにならないカ?」

「いや、悪いけど僕は異性愛者だからな。それよりも蛟を何とかしないと……」


 僕は呆れ顔で答えながら先程まで僕と葵を飲み込んでいた巨大な蛟に向き直る。

 が、蛟は先程よりもしぼんでいた。苦しみ悶えながら少しずつ縮んでいるのだ。


「ウウ、あうぅ……」


 やがて蛟の体は膨らんだ風船がしぼむようにみるみるうちに縮んでいくと、それは小さな白蛇へと変わった。


「だ、大丈夫か……?」


 ぐったりとした白蛇を抱き上げると、彼……いや、彼女か? は、舌をしきりにチロチロさせながら辺りを見回す。


「こ、ここは……? 儂は、永久の眠りについていたはず……」


 蛇の口から綺麗な声色が聞こえる。丸いつぶらな瞳が僕を見つめていた。


「あなた様は?」

「僕は鬼道楓。友達が君にさらわれたから助けに来たんだ。そしたら君の口の中にこんなものが……」


 そう言ってドロドロになった御札を見せると、白蛇は怯えたように口を開けて慌てたように僕の首に絡みついた。


「ひいいっ! お、お助けをっ! もういじめないでくださいぃ!」

「ちょっ! しがみつくんじゃない!」


 にゅるにゅるとした体で抱きついてきた白蛇は、すぐに椿女によってむしり取られる。


「千年経っても相変わらず腑抜けてるわね、あんた」

「そ、その声は……」


 白蛇はチロチロと舌を出して戸惑ったようなそぶりを見せていたが、やがて恭しく頭を下げた。


「椿姫……椿姫なのですか? お久しぶりです。最後に見た時よりもお美しくなっていらっしゃる」

「あらそう、それはどうも」


 椿女はまんざらでもないと言うように白蛇の賛辞を受け取ると、彼(あるいは彼女)を僕に紹介した。


「この子、古い知り合いなの。千年前は地べたを這い回ってるだけのどこにでもいるような蛇だったけどね」

「姫……こちらの人間は?」

「澄真の子孫」

「なるほど」


 蛟はゆっくりと近づくと、細くて小さな体で僕の腕に絡みついた。その体温はひんやりとしていて気持ちがいい。


「儂は千年前、鬼道澄真様によって封じられた妖でございます。驚かせて申し訳ありませんでした」

「ふ、封じられた……? 敵だったってことか?」

「いえ、そういうことではなく──」


 チロチロと蛟の小さな舌が覗く。


「儂は、静かに眠れる場所を作ってもらっただけです。千年間ずっと、この地を見守りながら眠りについておりました」

「せ、千年も……」

「おかげでスッキリしておりますよ。寝覚めは酷いものでしたけれど」


 蛟は怯えた様子で僕の手の中の御札を見つめた。


「きっとこの札を使った者が、儂の寝床を破壊したのです。それどころではございません……寝床はどこかへ移動され、儂はどこで寝たらいいのか……」


 頭を下げて嘆く蛟の台詞に、葵と伊南さんが気まずそうに顔を見合わせる。


「もしかしてその寝床って……」

「お、オレが移動させたあの石っころか?」


 ひそひそと小声で確かめ合う二人の会話が聞こえたのか、蛟は赤い目を大きく見開いて口を開けた。


「石っころではございません! 儂の寝床でございます! あのひんやりした石板に抱きついて寝るととっても気持ちがいいのですから!」


 蛟は、心外だと言うように声を荒らげる。葵が慌てて伊南さんの後ろに隠れた。


「で、でもあの石っころ、まっぷたつにされてたし! あれはオレがやったんじゃねーからな!」


 慌てて弁解する葵だったが、蛟はよほど寝床を破壊されたのがショックだったらしく泣き出してしまう。


「ううっ……誰があんな酷いことを……」

「な、泣かないでよミズチさん!」


 赤い大きな瞳からポロポロと涙を零す蛟を慰めているのは伊南さんだ。

 手の中の御札、そして破壊された蛟の寝床……。僕の中に、ひとつの推測が浮かぶ。


「陰陽師狩りの仕業かも……」


 僕がぽつりと呟くと、蛟は赤い瞳を丸くして僕を見た。


「陰陽師が狙われたり妖怪が狙われて力を吸い取られる事件が多発してるらしいんだ。もしかしたらそいつの仕業かもしれないなって……」

「な、なんと物騒な世の中でしょう……わ、儂はどこで眠ればよいのですか?」


 蛟は体をぶるぶると震わせている。先程の迫力はどこへやら、すっかり小さくなってしまって何だかかわいそうだ。僕にできることがあればいいが……そうだな。


「あの石、もしよかったら僕の家に置くか?結界が張ってあるから敷地内は安全なんだよ……式神もいるし」

「それは大変ありがたい申し出です! しかし、姫を一人にするのは……」


 ちら、と蛟が見たのは椿女だ。けれど椿女はいつもの高飛車な態度を崩さない。


「あたしの心配ならしなくて結構だわ。か弱いお姫様じゃないんだから」

「そ、それもそうでございますね……」


 蛟はそう言うと、ゆっくり頭をもたげた。こうやって見ると、結構かわいい顔をしている。


「一度ならず二度までも鬼道家に助けられるとは……この恩、一生忘れません。儂に何かできることがあれば遠慮なく言ってくださいませ」

「ありがとう……心強いよ」


 短く礼を述べると、白い蛟の肌が少しだけピンクに染まったように見えた。


「ワタシも便乗していいアルカ、楓」


 いつの間にか人間の姿になっていた雨福さんが声をかけてくる。……って言うかまだ居たのか、この人。

 そのぷくぷくとした手のひらには小さな青いカエルがちょこんと乗っていた。


「ワタシ、ちょうど息子の留学先を探してたアル。立派な青蛙神になるためには、井の中の蛙ではいけないネ」

「ケロ」

「ほら、息子もお前と一緒に行きたいと言ってるアル」


 差し出されたカエルはケロケロと鳴きながら僕を見つめている。ほら、って言われても僕にはカエルの鳴き声しか聞こえないんだが……。


「む、息子さんの名前はなんて言うんだ?」

「それがまだ無いアル。良ければ名付け親になって欲しいアルヨ」


 雨福さんがそう言うと、カエルはケロケロ鳴きながら僕の肩に飛び乗ってきた。


「えっと……お父さんが雨だから……(ハル)、とかどうだ? 晴れのハル……」


 僕がそう言うと、カエルは分かっているのかいないのか、大きな目をくりくりさせて首を傾げていた。そんなカエルを雨福さんがニコニコと見つめている。


「とっても素敵な名前をつけてもらったアルね、ハル」


 カエル……改めハルは僕の肩の上でキョロキョロと目を動かしていた。やがて『ケロッ』と小さなひと鳴きが聞こえる。


「僕の家に留学……は良いんですけど、カエルって何を食べるんですか?」

「肉食アルヨ。ワタシはいつもサイコロステーキを食べさせてたアル。後は蛇とか」

「蛇!? 主様……儂にそのカエルを近づけないでください!」


 蛟は慌てて距離を取ろうとするが、ハルが蛟に飛びつくとひっくり返ったような悲鳴を上げた。


「きゃーっ!! 儂など骨と皮ばかりで食べても美味しくありません! 本当です!」

「ケロケロ」


 ハルは蛟の顔面にしがみついてマイペースに喉を鳴らしている。何とも奇妙な光景だ。カエルの天敵は蛇。こんな小さなカエルが食べる蛇なんて一体どんなサイズなんだか……。

 小さなハルを前にして素っ頓狂な声を上げて怯える蛟がおかしくて思わず笑ってしまった時、ずっと黙っていた椿女が不穏な言葉を口にした。

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