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【東妖オカルト研究部】4

 日熊先生が話した不審者──それは後頭部に口がある女だという。常識的に考えてありえない話だが……はたしてこれが不審者の目撃話に尾ひれのついた噂なのか、本当に妖怪なのかは分からない。……あの場にハク先輩がいたら、もう少し詳しく聞けたかもしれないけど。

 そんなことを考えながら校門前で待ちぼうけをしていた僕の元へ、制服姿のハク先輩がやってきた。


「お待たせ、楓くん」

「ま……待ってないです。帰りましょうか」


 制服姿のハク先輩は、カチッとしたブレザーに身を包んでいたが、胸が窮屈なのかブレザーの前が開いている。僕はちょっと照れくさくなって視線を逸らした。


「その……ゴウ先輩と一緒に帰らなくてよかったんですか?」

「うん? ゴウくんが、なあに?」


 ハク先輩は屈託のない笑顔で首を傾げる。

 どうやら彼女も電車通学らしく、僕の隣に並ぶようにして駅までの道のりを一緒に歩いた。


「いや……ハク先輩には、ゴウ先輩がいるのに僕と帰っていいのかなって……」

「私がゴウくんと付き合ってるように見えたの?」


 ハク先輩は、悪戯に笑って僕の顔を覗き込んでくる。その距離の近さに、僕は慌てて立ち止まってしまった。


「……っ!」

「ふふふっ! 楓くんってかわいい♡」


 ハク先輩は僕と同じように立ち止まると、楽しそうに笑って再び歩き始める。


「ゴウくんとは一緒に住んでるの。親戚よ……姉弟みたいな感じかな?」


 そう言って、ハク先輩はスクールバッグにつけられたうさぎのキーホルダーを指で弄りながら微笑んだ。

 姉弟、という説明に少し安心してしまった僕がいる。

 ほどなくして駅に到着した僕達は、同じ路線の電車へと乗り込んだ。


 夕方であるにも関わらず、車両には僕とハク先輩しかいない。座席のシートはところどころ破れていて、ずいぶん年代を感じる車両だ。暖房なんてついてないし、冷房といえば天井に首振り型の扇風機がついているだけ。

 これは夏場の通学が地獄だろうなあ、なんて思いながら座席に腰掛けると、自然とハク先輩も隣に座ってきた。


「ゴウ先輩のこと、好き……なんですか?」


 男の勘、というわけではないけど、部室での仲睦まじいやりとりは、ふたりが恋人と言われても納得してしまう。できることなら、否定して欲しい気持ちも心のどこかにあった。


「そんなにゴウくんと私をくっつけたいの?」

「い、いえ……! すみません!」


 ハク先輩はからかうように笑って僕の顔を覗き込む。いたずらっぽいその表情に、異性慣れしていない僕の胸は大きく跳ねてしまって、情けなくひっくり返った声で否定をする。

 そんな僕の態度すら面白いと言わんばかりに、ハク先輩は楽しそうに笑うのだ。


「そ、そういえば、さっき家庭部って言ってましたけど……」


 慌ててすぐに話題を変える僕に、ハク先輩は嫌な顔ひとつせずに笑って頷いた。


「私、ふたつの部活に入ってるの。オカルト研究同好会が、ちゃんとした部活になるまでは家庭部に入れさせてもらおうと思ってたんだけど……これが結構楽しくて。今度、楓くんにも作ってあげようか」


 まるで天使のような笑顔での申し入れに、僕はすっかり骨抜きにされっぱなしだった。

 小中時代、全く女子との接点がなく、男家族で育った僕にとって、異性はまさに未知で──それでいて神聖で。妖怪よりもずっとレアな存在だったのだ。

 もちろん、今は家に帰れば冥鬼(めいき)が僕を出迎えてくれる。しかし彼女は人間ではないわけで……。

 人間の女の子とこうしてゆっくりと話すのは、生まれて初めてなんじゃないかと思うくらい、僕は舞い上がっていた。


「その、質問ばっかりですみません。日熊先生とはどんな関係なんですか? さっきはずいぶん──」

「うん?ふふふ……」


 以上の理由により、すっかり舞い上がって饒舌になっていた僕は、先輩のことが知りたくて立て続けに質問をする。

 しかし、ハク先輩はいたずらっぽく微笑むだけで答えなかった。それどころか、話を変えるように逆に問い返してくる。


「私の事ばっかりじゃなくて……楓くんのことも教えて。彼女とかいるの?」

「いるわけないじゃないですか、この見た目で」


 僕は苦笑気味に答えた。

 すると、ハク先輩は意外そうに首を傾げる。


「じゃあ、男の子が好きなの?」

「普通に女性が好きです」


 そこは迷わず即答した。

 というか、何だこの会話。陰陽師の僕が、女の子と恋バナをしているとか……。

 いや、普通の高校生ならそれが普通なんだよな。僕にそういう経験が皆無なだけで。


「で、出来るものなら欲しいですよ……彼女」


 次第に顔が火照るのを感じながら、僕は平静を装って目線を泳がせる。年相応の微かな願望が、電車の走行音にかき消された気がした。

 でも、できたら聞こえないで欲しいといいと思う。自分でも何を言ってるのか分からなくなってきてるんだ……。


「ふうん」


 耳元でハク先輩の優しい相槌が聞こえて、顔が熱くなる。


「それじゃあ、もし私が楓くんの彼女になったら……初めてのデートはどこに連れていってくれるかな?」

「へっ?」


 至近距離での問いかけに、僕は今度こそ心臓が口から出そうになってしまった。

 完全に頭が沸騰してしまって、自分でも引くくらい挙動不審になりながら答える。


「そ、それはその……あっあの、先輩の行きたいところとか、あるいは僕の家とか──でも最近掃除してないから掃除しないと……」

「ふふふっ……もう、楓くん面白い! そんなに難しく考えなくていいのに」


 ハク先輩はくすくすと笑いながら僕の肩を優しく叩く。傍から見ればカップルにしか見えないのではないだろうか。

 これだよ、これ……僕が求めていた薔薇色の学校生活は。変な同好会に入れられはしたけど、美人で優しい先輩と知り合えたなんて幸先の良すぎるスタートだ。

 きっとこれから、甘酸っぱい青春が僕を待っているに違いない。できることなら、このまま時間が止まってしまえばいいのに──。


「そういえばこの髪、すっごく綺麗ね……いい匂いだし。何で伸ばしてるのかな? 願掛け?」


 ふと、ハク先輩の手が僕の肩に掛かっている髪へと伸びた。髪は僕の後頭部で結ばれており、ハク先輩の指が烏羽玉の黒髪を優しく絡めとる。

 自慢じゃないが、髪の手入れには人一倍気を遣っている身としては綺麗と言われて嬉しくないはずはない。


「そうかも、しれません」


 ハク先輩の指に絡み取られた自分の黒髪を見つめながら答える。

 貧乏生活はしていても髪の手入れに妥協は出来ない。美しい髪にこそ霊力が宿るのだと幼い頃から魔鬼に聞かされていた僕は、どんなに疲れていても髪の手入れだけはサボったことがないしさっぱりとした香りのシャンプーだって大人気のサロン専売品を使っている。おかげで、枝毛が一本もないツヤツヤの髪を維持することができているのだ。

 そんな髪を異性に褒められるのは、日々の努力が認められた気がして嬉しかった。


「……すみません、変ですよね」

「ううん」


 するんと指からこぼれ落ちた黒髪を眺めていたハク先輩がかぶりを振る。

 どこか優しい眼差しに見つめられ、照れくさくなってしまう。それは、母親が子供を見守るような、優しい眼差し。


 もしかしたらハク先輩と僕は運命の赤い糸で結ばれているんじゃないだろうか? なんて……錯覚してしまうほど、僕はハク先輩に惹かれ始めている。

 彼女も同じように感じていてくれたらいい……なんて思いながら和やかな気持ちになっていた僕の耳に、ふとハク先輩の呟きが聞こえた。


「──楓くんの恋人になる女の子は、きっと世界一幸せなお姫様ね」

「え──?」


 唐突にそんな言葉を口にしたハク先輩の横顔は大人びていて、とても綺麗だ。

 思わず聞き返してしまう僕に視線を合わせて、ハク先輩が微笑む。


「だって楓くん、顔を真っ赤にしながら一生懸命考えてくれたじゃない? 私が恋人だったらどこに連れていってくれるか」


 ハク先輩は優しく微笑むと、僕の耳元に唇を寄せた。甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「勉強も良いけど……恋をすると毎日がもっと楽しくなるのよ。これ、先輩からのアドバイス♡」


 その言葉に顔を向けると、ハク先輩が茶目っ気たっぷりに笑った。

 僕のことを見てる女の子なんているわけがない。それは異性に縁のない自分自身がよくわかってる。

 だけど、ハク先輩の優しい眼差しに見つめられていると、本当にこんな僕のことを好いてくれる女の子がいるんじゃないか……なんて、少し──いや、だいぶ自惚れてしまう。


 僕は、小さく喉を鳴らして、何かを言おうと口を開きかけた。

 しかし、先に顔を逸らしたのは先輩のほう。どうやら、甘い夢は覚める頃合みたいだ。


「もう着いちゃった……残念。また明日学校でね、楓くん」


 いつの間にか体を起こしていたハク先輩はモデル顔負けの美貌で微笑むと、軽い足取りで電車を降りていった。

 ふわふわして掴みどころがないけれど、それでいて結構押しの強いところがあって──メイド服が似合う。

 何より、綺麗な人だ。


「……明日も、一緒に帰れたりして」


 ぽつりと呟いて、思わずニヤける口元を手で覆う。

 ハク先輩との幸せな時間を堪能してすっかり舞い上がっていた僕は、何か大切なことを忘れていることに気づいた。


「あっ……不審者……」


 そう、日熊先生が話していた不審者の件のことだ。


『──鬼ヶ島駅は鬼原の最寄り駅だ。まっすぐ家に帰してやれよ』


 ムスッとした日熊先生の声が、頭の中によみがえる。

 鬼ヶ島駅周辺に現れる、怪異らしき不審者の話。念のためハク先輩に伝えておくべきだったのに。

 情けない話だが、そのことを思い出したのは電車のドアが閉まった直後だった。

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