【六月の報告会】2
宴会場では特に席が決まっているわけじゃない。
だから極力僕は目立たない隅の席に座りたいのだが……。
「おにーちゃん、こっちー!」
冥鬼が手を振った目の前の席には、小田原さんと烏天狗が座っている。
烏天狗はともかく小田原さんの傍って……嫌な予感しかしないぞ……。
僕は覚悟を決めて冥鬼の隣に腰を下ろすと、おしぼりでベタベタになっている冥鬼の手を拭いた。
「お前……その手で家の中の物をあちこち触ったんじゃないだろうな……」
「えへへ……アイスおいしかったんだもん!」
冥鬼は満足そうな笑顔で小さな手のひらを広げる。
僕はそんな彼女の指をしっかりと拭きながら、何となく目の前の席を見た。
小田原さんは既に食事を始めているようで、並々と注がれたビールを美味しそうに飲んでいた。
そんな中でも、烏天狗は頑なに鳥の面を外さない。
食べ物どころか水分すら取っていないけど、大丈夫なんだろうか。
「どうかしました?」
僕の視線に気づいたのか、烏天狗はヒラヒラと両手を振った。おどろおどろしい見た目とは裏腹に動きはコミカルだ。
「お前の親、有名な妖怪なのか?」
何となく、気になって尋ねてみた。
というのも以前、烏天狗自身が親が有名だと大変だ、とか言っていたからだ。
烏天狗は嫌な顔(と言っても表情すら分からないが)ひとつせずに頷きを返す。
「京を脅かす邪悪な鬼を退治して人間のお姫様を娶ったことがあるらしいです。人間界じゃ守り神扱いですよ、ウチの父」
烏天狗は、小田原さんに食べさせるために箸で器用に魚の骨を取り除きながら饒舌に語った。
「その時生まれた子供は、今もまだこの人間界のどこかに居るっちゅー逸話もあるんです」
「それって……」
妖怪が野放しになってるってことか? と言いかけて、僕は思わず口を噤んだ。
野放しになっているその子の末路を考えると、烏天狗の前でそれを口にするのは残酷だ。
「多分、とっくに封印なり退治されてると思うんですけどねぇ!」
烏天狗は、あっけらかんと笑って両手を振る。
小田原さんは空になったジョッキで烏天狗をどついた。
「鬼道、人様の式神に口出しとる暇があったらな、妖怪の十匹や二十匹倒して来い! お前みたいなのがサボっとるから悪いニュースが後を絶たんねん! 俺が若い頃はな──」
小田原さんはすっかり酒が回っているのか、大きな声で僕を責める。
すかさず助け舟を出してくれたのは烏天狗だった。
「この前も怖い殺人事件がありましたもんねぇ……ほら、銃を自分の口に突っ込んで……」
「あー、小森病院とこの旦那の自殺やろ? 死んだ後に心臓がくり抜かれてたっちゅう……」
初めて聞く事件だ。思わず手を止めて聞いていると、小田原さんは赤ら顔で僕を睨んだ。
「どうせ初耳やろお前。顔に書いてあるもんな。なーんも知りませんでしたって」
「う……」
言い返せない僕を見て、小田原さんがわざとらしいため息をつく。
「ニュース全部録画して見ろとまで言わんけど新聞くらい読めや!」
「は、はい……」
「はいちゃうわ。大体なぁ、お前んとこの学校のプールで妖怪が出たって言うのもな、お前が毎日ボケーっとしてるせいやからな。陰陽師の自覚あるんか?」
耳が痛い話ばかりで、僕は小さくなりながら頷くことしか出来ない。
というか……プールでの一件、何で小田原さんが知ってるんだろう? もしかしてそれも新聞で取り上げられていたんだろうか?
結局その日、古御門先生には会えなかった。
食事の席にも現れなかった古御門先生に、文句を言う人は居なかった。あの小田原さんでさえも。
せめてキイチに会えるかもって思ったけど、あやめさんと他のお手伝いさんたちもみんな忙しそうだ……。
これまでと同じように古御門家をそそくさと出た僕は、冥鬼と一緒にバスに乗って駅まで向かった。
バスの中は多少の冷房が効いているからだいぶ心地良いが、外は別世界だ。本当に今は六月か? 八月の間違いじゃなく?
「あついー! メイ、アイス食べたい」
「そうだな……ちょっとどこかで涼もうか」
ぐずる冥鬼をなだめながら辺りを見回すと、ふと視線の先に図書館が見えた。
慣れない土地で歩き回るのは得策じゃないし、無理にファミレスを探すよりも図書館で落ち着いたほうがいいかもしれないな。
「冥鬼、図書館に行こうか。涼しいし絵本がたくさんあるぞ」
僕は溶けそうになっている冥鬼の手を引いて図書館へと向かった。
砂漠で見つけたオアシスとはこのことだな。冷房のおかげで一日中居られそうなくらい快適だし……。
いや、しかしこれは快適と言うよりも……。
「ちょっと寒くないか?」
「すずしいー!」
冥鬼は早速ソファに腰掛けて絵本を眺めている。
僕は腕を軽く擦りながら苦笑した。
「さてと……」
とりあえず今月起きた事件でも調べてみようか。
そして少しでも、次の報告会で嫌味を言われないようにしないと。




