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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【東妖高校プール事件】5

 次の瞬間、水しぶきを上げて巨体が沈む。

 日熊先生は、犬かきをしながら水面に上がると、僕たちに向かって言った。


「いッ、いいか! 俺が5分経っても上がってこなかったら……そのときは救急車だ! 頼んだぞ!」


 捲し立てるようにそう言って、日熊先生が自分の鼻を摘んで一気にプールの中に沈む。

 遅れて、ゴウ先輩がスマートフォンを取り出した。


「す、ストップウォッチだ。これで日熊の言ったように五分経っても出てこなかったら、すぐに救急車を呼ぶからな!」


 そうして僕達は、固唾を飲んでプールを見守った。

青蛙やがて、ゴウ先輩が震えた声で『一分』と呟く。

 水面にぶくぶくと泡が上がっているが、まだ日熊先生が出てくる気配はない。


「……に、二分」


 ゴウ先輩が告げる。

 僕たちは身動きもせずに水面を見つめていた。


「お願いします、日熊センセイ……」


 ハク先輩が祈りを捧げるように両手の指を組む。

 そしてさらに時間は経ち……。


「三分、切ったぞ……」


 ゴウ先輩が青ざめた顔で告げる。

 さすがに、僕もハク先輩も顔色を変えてプールを覗き込む。

 部長は腕を組んで黙ったままだった。


「なあ、もう救急車呼ぼうって。日熊の奴全然出てこねーじゃん」


 ゴウ先輩の声が頼りなく震える。

 しかし部長はかぶりを振った。


「まだ五分経ってないわよ、子猫ちゃん」

「で、でも……」

「日熊先生は五分なら耐えられると思ったから五分経ったら救急車を呼べと言ったんでしょう? なら時間いっぱいまで待つべきだわ」


 部長はそう言って腕を組んだまま再びプールへ向き直る。ゴウ先輩は何か言いたそうにしていたが、しぶしぶスマートフォンを見つめた。


「四分……三十秒切ったら救急車、呼ぶからな」

「お願いします……」


 僕はカラカラに乾いた喉を鳴らしてプールを見つめたまま答えた。

 ほどなくして、ゴウ先輩が救急車を呼ぶためにスマートフォンを耳にあてる。

 その時だ。


「待って、ゴウくん。何かが……」


 ハク先輩の声と共に、やがてプールから小さな泡がぷくっと立ち上る。

 それはすぐにぶくぶくとした大きな泡になり、僕たちの目の前で勢いよく水しぶきが上がった。


「ぷっはぁー!」


 そう言って現れたのは、水も滴る良い男……なんて自称していた尾崎先生だった。

 尾崎先生は水で濡れた前髪をかきあげて余裕たっぷりに流し目を僕たちへ送る。


「どーも……これ、剥がしてきたっスよ~」


 ヘラヘラと笑いながら尾崎先生がクタッとした紙切れを軽く揺らす。


「尾崎先生……ひ、日熊先生は?」

「んー? ああ、これ?」


 尾崎先生がニヤリと笑ってプールの中から日熊先生の腕を引っ張りあげる。

 日熊先生はとっくに目を回していた。


「日熊センセイ……!」


 ぷかぷか浮いているハク先輩が慌てて日熊先生の体を引き寄せる。


「アハッ、オレを助けに来たのに溺れちゃうなんて災難だったね、日熊ちゃん」

「だ……誰のせいだと思ってるんだっ、この若造……」


 日熊先生は水を吐き出しながら青い顔で文句を言う。


「よかった、日熊センセイ……!」

「もう二度とプールには入らん。絶対にだ。体育教師がプールに入らなきゃならないなんて決まりはないッ!」


 ハク先輩が日熊先生の腕にしがみつく。

 その光景は腹が立つほど羨ましい。

 嫉妬の眼差しで見つめる僕とは別に、ゴウ先輩が唇を尖らせて尾崎先生を睨んだ。


「……オマエ、よく息が続いたな」

「オレも驚いてんスよ。学生時代、水泳部だったおかげっスかね? 嘘だけど」


 尾崎先生は笑って、クタクタになった御札を部長に手渡す。


「はいこれ。この紙切れって結構重要なアイテムだったりする?」

「さあね、それを調べるのがあなたの嫌いなお金持ちの集団よ」


 部長は濡れたそれを受け取ると、水気を切ってからハンカチに包んだ。


「尾崎先生、他にプールの中に気になるものはあった?」


 部長の問いかけに、尾崎先生が顎に手を当てて少し考え込むように虚空を見上げる。

 しかしすぐにケロッとした顔で笑った。


「ウーン、ちょいと御札が剥がしづらかったくらいで、特にこれといったものは無かったっスね」

「そう」


 部長は尾崎先生を見ることなく答えると、ツインテールを揺らしながら僕達に背を向けた。


「今日の活動はここまで! 顧問は引き続き尾崎先生にお願いするわ! 日熊先生は副顧問ってところかしらね」

「ふ、副顧問……だとッ……」


 日熊先生がガックリと肩を落とす。


「それじゃ、明日もまた部室で会いましょ! バーイ!」


 部長は言いたいだけ言うとさっさとプールから出ていった。

 僕達が呆気に取られている中、ゴウ先輩だけが頭を押さえてうずくまっていた。


「ゴウ先輩?」


 大丈夫ですか? と声をかけると、ゴウ先輩は頭を押さえていたが、僕の視線に気づいて顔を上げる。

 その目は不安そうに揺れていた。


「……鬼道、本当にこれで終わりだと思うか?」


 ゴウ先輩の問いかけに、僕は自然とプールの底を見つめる。

 さっきの御札は、僕を引きずり込んだ妖怪の仕業じゃない。脳裏に陰陽師狩りという言葉が過ぎってしまって、思わず身震いした。

 妖怪よりも生きている人間のほうが恐ろしいってのは本当だな……。しかも相手は同業者。陰陽師としてのルールを破っても構わないと思っている危険な奴だ。

 今回プールの底に貼られていた御札が、何かしらの事件を引き起こそうとしていたとしたら……?


「終わりであって欲しいですよ……」


 何か、すごく嫌なことが起きそうな気がする……。

 僕は、青あざのついた手首をギュッと握りしめて祈るように呟いた。

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