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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【東妖高校プール事件】4

「鬼道ッ!しっかりしろッ!」


 気がつくと僕の顔を日熊先生が覗き込んでいる。

 すぐそばには、泣きだしそうなハク先輩とゴウ先輩も居た。


「ごほっ……かはっ……」

「楓くん! 大丈夫?」


 水を吐き出すために激しくむせる僕の背中をハク先輩が優しく撫でる。

 し、幸せ……。


「いやあ、楓クンの意識が戻ってよかったっスね」

「貴様……それでも教師かッ! こいつが溺れている間に煙草を吸っていただとッ!?」

「だってぇ、我慢できなかったんスよ〜」


 尾崎先生は未だ朦朧としている僕を見下ろして、悪びれなくヘラヘラと笑った。


「無事でよかったじゃん」


 尾崎先生のあまりにも軽いノリに、日熊先生が掴みかかろうとするがハク先輩の一声によって踏みとどまる。


「センセイ待って! 尾崎先生が助けてくれなかったらもっと危なかったのよ?」


 ハク先輩の言葉に、僕は尾崎先生の服が腹からズボンにかけてぐっしょりと濡れていることに気づいた。

 そうだ、この人は……僕がプールに入る直前、誰かからの電話に捕まっていたんだ。電話に気を取られていて僕が溺れていることなんて知らなかったはずだ。


「尾崎せん、せ……助けてくれて、ありがとうございます」


 僕はむせながら尾崎先生に礼を言う。

 尾崎先生は少しだけ目を丸くしたけれど、すぐにいつものように悪戯っぽくニヤリと笑った。


「惚れ直した?」

「貴様、またくだらない冗談をッ……」


 日熊先生は、納得がいかない様子で尾崎先生に掴みかかる。

 難なく受け流されてたけど……。


「鬼道、オマエ何でプールで溺れたりなんかしたんだよ……」


 ハク先輩同様、ゴウ先輩が心配そうに僕を見つめて言った。

 そうだ、僕はプールで溺れたんだ。

 僕は瞼を伏せて、気を失う前の記憶を思い起こす。


「プールの底に御札が、あって……それを取ろうとしたら……急に、何かに掴まれたんです……」


 そう言って額に垂れる水を拭うとハク先輩が短い悲鳴を上げた。

 僕の手首には、くっきりと何かに押さえつけられたような指の跡がついている。


「一体何なんでしょう……あれは」


 青あざになっている手首を撫でながら、部長の居る手前歯切れ悪く呟くが、ハク先輩はもちろん日熊先生も何かを感じたようだった。


「これは間違いなく妖怪の仕業ね! 総連に連絡して陰陽師を派遣してもらいましょう。妖怪退治は陰陽師の仕事だもの」

「何が陰陽師だッ!」


 部長の言葉に被るようにして口を挟んだのは日熊先生だった。


「妖怪など居るわけがない! 総連とか言うのも詐欺師の集団だ」

「アハッ……それに関しちゃ日熊ちゃんに同意」


 珍しく尾崎先生が日熊先生に同調すると、部長が眉を吊り上げて尾崎先生を睨んだ。


「総連ってさ、金持ちやお偉いさんが多いらしいんスよね、政治家とか財閥とか……総連のトップも大金持ちっしょ?」


 尾崎先生は相変わらずヘラヘラと分かっていたが、やがてその笑みが止んだ。


「オレ、金持ち嫌いだからさ。あいつら、裏で何やってるかわかんないし」


 ゾッとするような冷たい声でそう言った尾崎先生の口元が弧を描く。


「大丈夫、高千穂ちゃんのことは好きだよ。恩もあるしね」


 ぽん、と部長の肩を尾崎先生が軽く叩いた。

部長は少しだけ動揺したように視線をゆらしたけれど、すぐに強気に鼻を鳴らして胸の前で腕を組んだ。


「……ところで、鬼道くんが見たって言う御札はプールの底にあったのね?」

「は、はい……」


 おずおずと頷きを返してから、何だか嫌な予感がした。

 何か、とんでもない無茶ぶりが部長の口から出てくる気がして。


「日熊先生と尾崎先生、取ってきて」

「んなっ!?」


 悪い予感が的中した。

 案の定、日熊先生が大きな声を上げる。


「な、何で俺が……こ、こんな男とッ!」

「陰陽師も妖怪も信じてないなら御札のことだって信じてないでしょう? でもあたしはそれを貴重な証拠と考えるわ。先に取ってこられたほうがオカルト研究部の正式な顧問ってことにしましょう。手っ取り早いから」


 手っ取り早い……確かにそうだ。僕は笑ってしまいそうになるのをこらえる。

 日熊先生は助けを求めるような目で僕を見つめていた。

 その目は『オイラは水が苦手なんだ!』と訴えている。まあそうだろう。どんなに毛艶が悪くなっても意地でも風呂に入らなかったくらいだし。


「プールに入ればサッパリしますよ、先生」

「き、鬼道!?」


 日熊先生は心底ショックを受けたと言わんばかりの顔で僕を見つめる。尾崎先生はと言うと、軽くストレッチをしながら靴を脱ぎ始めていた。


「き、貴様ッ……入る気か!?」

「当然。水も滴るいい男って言うし〜。つーか既にぐちょぐちょだし。ここで好感度を上げておかなきゃ、顧問としても男としても失格じゃね?」


 尾崎先生はそう言ってネクタイを解くと、それをハク先輩に、脱いだシャツを僕に渡した。


「オレの無事、祈っててね」

「は、はあ……」


 僕は呆気に取られながら尾崎先生の白いシャツを見つめる。

 煙草のにおいに混じって制汗剤か香水なのか、甘ったるい匂いがした。


「さーて、それじゃあちょいと覗いてくるかー」


 前髪をかきあげてそう言った尾崎先生は、日熊先生をちらりと見て挑発的に目を細める。


「じゃあお先に、日熊先生」


ニヤ、と笑って尾崎先生が飛び込む。

日熊先生は服を脱ぐことも出来ずにプールのふちでオロオロしていた。


「溺れて正体がバレたら面倒ですよ……ここは尾崎先生に任せましょう」


 小声で日熊先生に声をかけると、先生はオロオロしながら僕に答える。


「だ、だが……あんな若造に出来て俺に出来ないなんて、プライドが許さんッ……」

「日熊先生にプライドなんかあったんですか?」

「あるッ! お前最近辛辣だぞ!」


 小声で言い合いをする僕らの傍にハク先輩が近づいてくる。


「水、相変わらず苦手なの?」


 ハク先輩は優しく笑って小首を傾げた。

 日差しを浴びてキラキラと光るハク先輩の笑顔はまさに天使だ。


「初めて会った時もそうだったもんね? 獣臭くて毛深くて……カピカピしてたし」

「そ、それは……」


 日熊先生が言い訳も出来ずに口ごもってしまう。

 ニコニコしているハク先輩の後ろで、ネコミミをぷるぷるさせながら青い顔をしているのはゴウ先輩だった。

 そんなゴウ先輩にいち早く気づいたのは日熊先生だ。


「どうした、ドラ猫」

「な、なあ……尾崎がプールに潜ってから何分経った……?」


 その問いかけに、僕達は一斉にプールへ視線を移す。

 もしも、もしもだ。

 尾崎先生も僕と同じように謎の手に掴まれて水面に上がれないでいたとしたら……。


「尾崎先生が危ない……!」


 思わず声を上げる。

 ハク先輩は日熊先生の腕にしがみついて言った。


「センセイ、尾崎先生を助けて!」

「い、いや……しかしだな、鬼原……」


 日熊先生は冷や汗を垂らしながらごにょごにょ言っている。


「そ、そうだ……ドラ猫はどうなんだ! プールの水など怖くないだろう!」


 どうしても水に入りたくないのか、日熊先生がゴウ先輩を指した。


「ゴウくんはね、小さい頃お風呂で溺れてから水恐怖症なの……。水を張った洗面器に顔をつけることもできないくらい」


 ハク先輩が申し訳なさそうに告げると、ゴウ先輩は泣きそうな顔で『ごめん』と呟いた。

 でも、誰かがプールに入らなければ尾崎先生が危ない。

 なかなかプールに入ろうとしない日熊先生に耐えかねて、僕は体を起こした。

 ふらつくけど……もう一度潜るくらいの体力ならある、はずだ。


「僕が、行く──早く助けないと……」

「ダメよ、楓くん……さっき目が覚めたばっかりなのにっ! 私が行くから……」


 ハク先輩は泣きそうな顔で僕の手を引っ張ると、おもむろに震えた指でシャツのボタンを上から順番に外し始めた。

 ちらりとシャツの下でピンク色の下着が覗いた瞬間、僕の頭は真っ白になって……。


「ハク先輩にそンな危険なことはさせられませんッ!」


 自分でも信じられないくらい大きな声が出た……。

 そのせいでハク先輩はおろかゴウ先輩まで驚かせてしまったけど、後悔はない。は、ハク先輩にそんなことをさせるくらいなら……。


「僕がいきます」


 今の僕すごくかっこいいことを言ったのでは……?

 ハク先輩の胸元から目を逸らしながら、僕は勢いよく上着を脱ぎ捨てる。

 心配そうな先輩方に見守られ、いざプールに飛び込もうとした時、木の幹のような太い腕が僕を押し留めた。


「こっ、ここは……俺に、ま、任せろ」


 そう言ったのは額に汗を浮かべてガチガチに震えた日熊先生だった。


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