【東妖高校プール事件】2
放課後、部活に向かった僕は部室から聞こえる怒声に目を丸くした。
「だから、何で俺が副顧問なんだって聞いてるんだッ!」
日熊先生の声だ。
部室の前には鬼原ゴウ先輩と、それからハク先輩がいる。
「楓くん、こんにちは」
「こっ、こんにちは……何かあったんですか?」
ああ、今日もハク先輩は天使みたいにかわいい。
「いや、久しぶりに日熊のヤローが学校に来たのは良いんだけどよ……ほら、うちの顧問って……」
ゴウ先輩が言葉を濁す。
僕はおずおずと、開きっぱなしの扉を覗き込んだ。
そこには大柄な日熊先生が、尾崎先生の胸ぐらを掴んでいるところだった。
「ええ? そりゃ顧問がガラ空きになった部活には新しい顧問が入らなきゃ活動できねえじゃん」
「ガラ空きではない! 何だ貴様は、チャラチャラして……それでも教育者かッ!」
「オッサンこそ、教育者ってゆーより、何? ゴリラの親戚? ウケる」
アハハ、と笑いながら尾崎先生が日熊先生をあしらう。
「き……貴様ッ、年長者に向かってその口の利き方は……!」
日熊先生が尾崎先生の胸ぐらを乱暴に掴むと、尾崎先生がズボンのポケットから香水を取り出して日熊先生の顔面に噴射した。
顔を押さえて悶えている先生を一瞥した尾崎先生は、僕たちの存在に気づくなりヒラヒラと手を振る。
「あ、待ってたっスよ〜! もうさ、このオッサン何? さっきからめちゃくちゃ突っかかってきてチョー怖〜」
「い……一応私たちの顧問の先生なんですけど」
さすがに尾崎先生のチャラチャラした態度はハク先輩も苦手らしい。
そんなハク先輩を庇うようにゴウ先輩が間に入った。
「……で? どっちがオレ達の顧問になるんだよ」
「そりゃもちろんオレっスよ。だってオカルト大好きだもん。日熊ちゃんは、妖怪とか非科学的なことは一切信じないんでしょ?」
「ぐぬ……」
尾崎先生の視線に日熊先生が助けを求めるように僕を見つめる。
妖怪やオカルトを信じない日熊先生の『設定』が裏目に出たらしい。かと言って僕が助言するのも不自然だろ……!?
「で……でも、日熊先生はこう見えてすごく霊感があるんです。妖怪だって何度も見たことあるんですよ……ね?」
「そ、そうだ! 認めたくはないが……」
僕は日熊先生の視線に耐えきれず、とうとう口を挟んだ。日熊先生は慌てたように便乗して何度も頷く。
だが、尾崎先生は納得しなかった。
それどころか、ニヤニヤ笑いながら今度は僕に標的を変えた。
「へえ〜? じゃあ何で日熊ちゃんは妖怪を信じないのかな?」
「そ、それは……」
僕は、全てを見透かすかのような尾崎先生の眼差しに固まってしまう。
この人を前にすると嘘がつけない。
その場しのぎの嘘なんて下手くそすぎて、簡単に見破られてしまうような気持ちにさせられる……。
「と……とっても怖がりだからです!」
沈黙を破って口を開いたのは、ハク先輩だった。
「日熊先生、こんなに大きな体ですけど人一倍怖がりなんですよ?」
「へえ……」
尾崎先生はニタリと笑うと、おもむろに日熊先生に向き直る。
「じゃあさ日熊ちゃん、どっちが顧問に相応しいかを賭けて……勝負してみねえっスか?」
「し、勝負だと? 上等だ……」
日熊先生は、ちょっと怯んだように眉毛を動かしたけど動揺を悟らせないためか胸の前で腕を組む。
普通の人ならその姿を見ただけで多少の緊張感を覚えるけど、尾崎先生には全く通じてない。
「勝負の内容は、校内で起きた怪事件をどっちが早く解決するか。簡単でしょ」
「面白そうな話をしてるじゃない!」
バァーン! と大きな効果音でも入りそうな勢いで現れたのは我らが部長、高千穂レンだった。
「ちょうどさっき仕入れた怪事件があるの。先生方はもちろん知ってるでしょうけど──」
部長は、もったいぶりながら部室に入ると、円卓を叩いて言った。
「今日、プールに妖怪が出たの」
「よ、妖怪……? プールに……?」
初耳なのか、ハク先輩が目を丸くしている。
「被害にあったのは三年生の女子生徒よ。助け出された彼女の足にはくっきりと人の手がついていたって聞いたわ」
「マジか……? 去年はそんな話聞いたことないぜ」
ゴウ先輩が口を挟もうとすると、部長はつり目がちの目を向けて言った。
「去年は去年、今年は今年よ! 子猫ちゃん」
強気な口調で言いきられてしまったせいか、ゴウ先輩は何も言えなくなってしまう。
誰も反論する人が居なくなったことで、部長は満足げな顔をするなりもう一度円卓を叩いて高らかに宣言した。
「この怪事件をどっちが早く解決出来るか、ぜひ勝負してちょうだい!」
部室に再び静寂が訪れる。
「高千穂ちゃ~ん、ハンデちょーだい。オレ、新入りなんで」
尾崎先生はそう言うなり突然僕の腕を引き寄せる。
「鬼道楓クンをオレの助手にしたいんだけど」
「構わないわ。それじゃあ私達は日熊先生のアシストをしようかしら」
部長はニヤリと笑うと、頭を抱えて座り込んでいる日熊先生を見下ろした。
「それでいいわね、日熊先生!」
「ぐぐぐ……お、俺は……」
日熊先生が冷や汗を垂らしながら助けを求めるように僕を見ている。僕も助けて欲しい。
「楓クン、オレ全然霊感ないんで……頼りにしてるよ」
尾崎先生はニマニマと笑いながら僕の肩を叩いた。




