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【東妖オカルト研究部】3

「顧問をやってくれそうな先生はね、今の時間は体育館に居ると思うの。生徒指導の先生なんだけど……今はバレー部の顧問をしてるわ」


 ハク先輩が歩きながら答える。

 どうでもいいけどそのメイド服、いつ脱ぐんだろう。気に入ってると言っていたが、まさかそれを着て学校に登校してたり……は、さすがにないか。

 それにしても。ハク先輩のメイド服は本当に似合ってる。先輩のふわふわした雰囲気も合わさって、癒し系オーラが出まくっていた。


(かえで)くんも着たいの? メイド服」

「え……遠慮しておきます」


 隣を歩くハク先輩に優しく微笑みかけられた、僕は慌てて視線を逸らしてしまう。

 メイド服のロングスカートが、彼女の歩みに合わせて揺れていた。


 やがて僕は、入学式以来訪れる機会のなかった体育館へと足を踏み入れる。広々とした体育館の中では、バスケ部とバレー部がフロアを半面ずつ使って練習をしていた。

 ハク先輩は迷わず、一際怒号をとばされているバレー部の元へ向かっていく。

 そのメイド服は思い切り注目の的になっているけど……ハク先輩はお構いなしで、恰幅のいい教師に声をかけた。


日熊(ひぐま)センセイ♡」


 甘えた声でハク先輩が声をかけると、ワンテンポ遅れて男教師が振り返る。


 年の頃は30代後半から40代半ばといったところだろうか。ガッチリとした体格の、いかにも体を動かしていそうな感じの人だ。そして何より……怖そうな顔の先生だな。


「鬼原……何だそのふざけた服は。まさか俺が生徒指導担当だと忘れたわけじゃないだろうなッ!」


 日熊先生の怒号に、思わず僕はすくみ上がってしまう。メイド服なんかで体育館に入ったんだ。怒られて当たり前だろう。

 だけど、ハク先輩は気にするそぶりも見せずに両手を合わせて微笑んだ。


「ごめんね、センセイ♡ 今日はお願いがあって来たんです」


 日熊先生の威圧にも全く動じることなく、ハク先輩が続ける。


「私の所属している東妖オカルト研究同好会──今日、部員が5人になって……正式に部活として活動できる人数になったんですよ♡」


 にっこりと笑ったハク先輩は、僕の背後に回るなり両肩に手を置いて、先生の前に軽く押し出す。

 日熊先生は、突然押し出された僕を見るなり、驚いたように目を見張った。しかしそれもわずかな時間で、すぐさま不機嫌そうに目を細める。


「お前、男のくせに髪なんか伸ばしてどういうつもり──」

「私達、日熊センセイに顧問を頼めないかと思って来たんです」


 日熊先生の指導が僕の髪へと向けられかけた時、すかさず先生の手をハク先輩が取った。突然ハク先輩に手を握られた先生は、思わず手を引っ込めようとする。


「ど、どうして俺がお前らの部活の顧問なんぞを……」


 どこか引きつった表情の日熊先生とは真逆に、ハク先輩は楽しそうだ。


「だって──今のセンセイはバレー部の顧問。たまに体育館に来るけど基本は涼しい職員室でオレンジジュースを飲むだけの簡単なお仕事でしょう?」

「コーヒーも飲めるッ!」


 怒るポイントはそこなのか。

 呆れる僕とバレー部一同を前に、ハク先輩と日熊先生の攻防は続いた。


「だいたい、何がオカルト研究部だ! 妖怪なんかいるわけないだろうが!」

「いますよ〜、私の目の前に♡」

「俺からしてみれば、お前のほうが妖怪に見えるぞ!?」


 日熊先生が反論するたび、ハク先輩がそれをニコニコ笑顔で切り捨てる。

 体格差はあれど、明らかにハク先輩のほうが優位だ。日熊先生は弱みでも握られているかのようにタジタジしている。

 やがて、言い合いに飽きたのかハク先輩が日熊先生を見上げるなり、満面の笑顔で言ったのだ。


「あんまり往生際が悪いと……日熊センセイの秘密──バラしちゃいますよ?」


 日熊先生が彼女の一言で顔色が変わったのを僕は見逃さなかった。当然、ハク先輩もだろう。

 ハク先輩は天使のように微笑んで、日熊先生の手を両手で包み込む。


「怖くて厳しい日熊先生が私の前で、あんなに毛深くてかわいい姿を見せたことも──そうそう、何日も洗ってないアレの臭いがスゴかったってことも……みーんなバラしちゃいます♡」


 ハク先輩の意味深すぎる言葉の数々に、バレー部一同、練習なんかそっちのけで聞き入っている。何だ、何日も洗ってないアレの臭いって……。

 僕達の視線を一身に浴びている日熊先生は冷や汗を垂らしながら距離を取ると、やがて苦虫をかみ潰したような顔で言った。


「……ぶ、部活が終わったら、後で連絡を入れる。その時に諸々を見極めてやるから、きょ……今日は帰れ。あとその例えは止めろ、教育に悪いだろうがッ……」


 急に大人しくなった先生が、不自然な咳払いをしながら後ずさる。

 満足のいく返答を聞いたと言わんばかりのハク先輩は、満面の笑みを浮かべてスクールバッグから大きな弁当箱を取り出すと、それを日熊先生へ差し出した。


「うふふ……ありがとうございます、日熊センセイ♡ いい返事を期待してますね。これ、今日のお夕飯にどうぞ。家庭部で作ったんですよ〜、なんと生姜焼き弁当♡」


 ハク先輩は嬉しそうに笑うと、かわいらしいランチクロスで包まれた弁当箱を先生へ差し出す。

 生姜焼きが好物なのか、日熊先生はパッと目を輝かせていたが、僕たち男子一同の視線を一身に浴びていることに気づいて、気まずそうにまたもや咳払いをした。


「う、うむ……ごほん! いや、こういうところで渡すのは止めろ……その、もらっておくが」


 何やら、ゴニョゴニョと言い訳がましいことを言いながら弁当箱を受け取っている。


「楓くん、ちょっとだけ校門で待っててくれない? 制服に着替えてくるから……一緒に帰りましょ♡」


 すぐに日熊先生から離れたハク先輩は僕にウインクをして、バレー部員たちの視線を一身に浴びながら体育館を後にした。

 体育館に取り残された僕は、言われた通り校門へ向かうべく体育館から出ようとしたのだが……。


「かーえーで! 何だよっ、今の美人な先輩は!」


 突然、僕の肩を引き寄せるようにして声をかけてきたのは同じクラスの紀藤葵(きどうあおい)だった。


鬼原(きはら)ハク先輩だ。……オカルト研究部の」

「はあ!? なにお前、オカ研入ったのかよ! ま、確かに運動部って見た目じゃねーよな、お前」


 葵は目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。最後の一言が余計だが……。

 上下黒のシンプルな練習着に身を包んだ彼は、興味津々といった様子で話を続けた。


「オカ研ってユーレイとかUFOとか調べたりすんの? 宇宙人見つけたら教えてくれよ〜、宇宙人!」

「いるわけないだろ、宇宙人なんて。それより──お前がバレー部に入った方が意外だよ、葵」


 マシンガンのように語り出す葵に、僕は苦笑気味に答える。

 葵はすぐに屈託のない笑みを返した。


「あはは! こう見えても中学ん時にバレー部と卓球部と野球部やっててさ。野球部は1日で辞めたけど、バレー部は1年半も続いたんだぜ? ちなみに卓球部は1週間な!」


 自慢げに話すその内容にはツッコミどころ満載だ。思わずツッコミを入れようとした僕だったが、葵の後ろから長ジャージを引っ掛けた背の高い女生徒が声をかけてきたため、慌てて口を噤む。


「よっ! 紀藤の知り合い、オカ研なの?」


 気さくに声をかけてきた女生徒は、どうやら先輩らしい。葵はすぐに人懐っこく笑って僕を紹介すると、小声で『うちの女子バレー部のキャプテン、めちゃくちゃ美人だろ』と耳打ちしてくる。確かに……運動部ということもあり化粧はしていないんだろうけど、それでも肌は色白でキメ細やかだし、目はぱっちりしている。かなり美人の部類だ。ポニーテールも似合っていて、その快活な笑顔は相手に不快感を抱かせない、アスリート特有の爽やかさがあった。


「オカ研かあ……うんうん、懐かしいな。私もよく高千穂(たかちほ)に振り回されたから」

「せ、先輩も入ってたんですか?」


 女子バレー部のキャプテンはそう言って懐かしむように胸の前で腕を組む。

 思わず問いかけると、彼女は快活に笑って答えた。


「そうそう、私はバレー部にも入ってたからオカ研には名前だけの幽霊部員だったんだけど……いきなり夜の学校に呼び出されて、体育館に出る幽霊を見つける! って言われたり……あとは東妖(うち)のトイレの鏡の中に異世界があるとか言われて夜中の3時に呼び出されたり。試合前日だったのに酷いよね?」


 あはは、と心底楽しそうに先輩が語っているけど、とんでもないブラック企業……もといブラック同好会じゃないか。

 そんな僕達を咎めるように日熊先生が声をかけてきた。


「お前ら、いつまで話し込んでる!? 練習しろ練習!」

「はーい!」


 日熊先生の一声により、キャプテンが元気よく返事をして僕から離れていく。葵は僕の肩をポンッと叩いて笑うとキャプテンの後に続いて練習へ戻って行った。

 今度こそ校門へ向かおうとした僕に声をかけてきたのは──意外にも日熊先生だ。


「──あー……そこの1年生。名前は?」

鬼道楓(きどうかえで)、です」


 楓は、内心ヒヤヒヤしながら名前を名乗る。日熊先生は妙な間を置いてから、手に持った大きい弁当箱に視線を落とした。


「……そうか。母親に似てきたな」

「え?」


 日熊先生が、小さく独り言のような声色で何かを呟いた。しかし、聞き返す僕には答えることなく、日熊先生は目をそらす。


鬼原(きはら)に言っておけ、あんまり気を遣うなと。それから──これは忠告だが」


 日熊先生は顎を指で掻くような仕草をする。睨むように向けられた視線が怖い。


「──最近、夕方になると鬼ヶ(おにがしま)駅付近で不審者が出るらしいな」

「不審者……ですか?」


 髪の毛の長さについて再度注意をされるのかと引き気味になっていた僕がこわごわと聞き返すけれど、髪について突っ込まれることはなかった。


「日傘をさした女の不審者が出るって話だ。何でもそのそいつの後頭部には──口がついてたらしい。生徒達は二口女(ふたくちおんな)だなんだと騒いでいたが……」


 妖怪なんかいるわけないだろう、と日熊先生がふてくされたようにため息をつく。新たな怪異の目撃情報を手に入れた嬉しさよりも髪を注意されずに済んだ僕は、安心感のほうが勝ってぎこちない愛想笑いをする。

 日熊先生は、そんな僕に気づいているのかいないのか、暫しの間を置いてから口を開いた。


「鬼道、お前も信じてるのか? 怪異だのユーレイだのってやつを」

「信じてませんよ、もちろん」


 少しだけ表情筋が引きつったような気もしたが、僕は愛想笑いで答えた。

 その答えを聞いて何を思ったのか、日熊先生は再び口を閉ざすと、鼻を鳴らしてゆっくり背を向ける。


「──ふん、まあいい。妖怪はさておき、春先はおかしな奴がフラフラしてるからな……鬼ヶ島駅は鬼原の最寄り駅だ。まっすぐ家に帰してやれよ」


 先生はそう言って、すぐに部員たちの元へ向かっていった。すっかり体を強ばらせていた僕は誰にも聞こえないように長い長いため息をつく。


 一体、ハク先輩は何だってあの先生に顧問を頼もうと思ったんだろう? どうみてもオカルト研究部に良い印象を持ってないし、そもそもあの口ぶりだと妖怪だって信じてない。何やらハク先輩に弱みを握られているようだったけど、本当にあの人が顧問になってくれるんだろうか? ……僕は怪しいと思う。


(それにしても、不審者か……)


 僕は体育館を出て、夕陽の差し込む廊下を歩きながらぼんやりと考えていた。

 これは……早めに対処したほうがいいのかもしれないな。

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