【探偵ごっこ】1
「じゃ、行ってくるよ」
「はあーい!」
僕は靴を履きながら後ろでスクールバッグを抱いた幼女に声をかける。
振り返ると、パジャマ姿で頭の上に豆狸を乗せた冥鬼が僕を見つめていた。
「おにーちゃん、きょうもぶかつ?」
「ああ、そうだけど」
冥鬼がもじもじと体を揺らす。
僕は返事をしながらスクールバッグに手を伸ばした。
だけど冥鬼はスクールバッグをぎゅうっと抱きしめて体を揺らしながら俯いている。
「何だよ冥鬼。早くしないと電車に乗り遅れる……」
「かぁーッ……まったくにぶちんだなあ、オマエは!」
冥鬼の頭の上で豆狸が大きなため息をついた。
「早く帰ってこいってことだよ」
豆狸が短い指を僕に突き出す。
ああ……なるほど。
そこでようやく冥鬼の意図を知った僕は、冥鬼に視線を合わせるようにその場に屈んだ。
「部活はあるけど早く帰る。約束するよ」
「ほんとにほんと?」
冥鬼が不安そうに聞き返すものだから、僕は小指を差し出した。
「ああ、ほんとだ。何なら針千本飲んでもいい」
そう宣言すると、冥鬼はおずおずと僕の小指に自分の小指を絡める。
「やくそく!」
「ああ、約束だ」
僕が笑ったことで、冥鬼もようやく安心したように微笑んだ。
「じゃ、行ってきます」
そう言って玄関に出た僕は、鍵を閉めてからゆっくりと数寄屋門をくぐる。
すると……。
ちょうど門の傍で僕の家を見上げる不審な男が立っていた。
男はサングラスをかけているためその表情はよく分からない。
だが、細身でスラッとしている。年齢は三十代くらいだろうか。
「え、っと……何か用ですか?」
自宅をじろじろと見られていい気はしない。
たまらず声をかけると、男は『ああ』と言って近づいてきた。
男は家の外観を見ながら視線を左右に向ける。
「結界が弱まっていると旦那様から伺ってお邪魔したんですが」
「けっかい……? 旦那様……?」
何の話だ?
僕が怪訝に思って尋ねると、男は首を傾げた。
「旦那様……ああ、古御門様から連絡がいってませんでしたか?私は尾崎一二三と申します。建築業を営んでおりまして……」
「尾崎って……尾崎先生の」
「ああ、はい……東妖高校で教師をしている尾崎九兵衛は私の弟になります」
ヒフミさんは捲し立てるように言いながら名刺を差し出す。
そこには、尾崎建築という社名が入っていて連絡先も書いてある。
「尾崎建築は昔から陰陽師の皆さんにご愛顧いただいております。結界の貼り直しはもちろん経年劣化による修繕と、雨漏りやシロアリやネズミ退治──そうそう、トイレ掃除や家事手伝いなどもお任せ下さい」
もはや何でも屋じゃないか。
にこやかにそう話すヒフミさんに僕は苦笑を浮かべた。
「あの、僕もう学校に行かないと」
「……なら学校から帰ってからでも構いませんので。こちらに連絡をいただけますか?」
ヒフミさんが僕の腕を掴む。
尾崎先生によく似た端正な顔だけど、兄弟揃って押しが強い人だな……。
「この家の結界は非常に弱まっていますよ。結界は一度かければ五十年は持ちますから、どうぞこの機会にご検討ください。見積の交渉だけでも大歓迎です」
「あ、あのっ、本当に遅刻しちゃうので……失礼します!」
僕は名刺とヒフミさんを交互に見やると、強引に駅の方向へ向けて駆け出した。
電車の時間、間に合うかな……。




