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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【古御門家の陰陽師】1

 今日は報告会の日。1ヶ月に1回、どれだけ妖怪を討伐できたか、成果を報告する会とは名ばかりの年寄りの食事会だ。

 初めて陰陽師になった時、最年少の陰陽師──しかも鬼道柊の息子ということで周りの大人たちに好奇の目で見られてとても肩身が狭かったのを覚えてる。


 先月は行けなかったから、そのお詫びも兼ねて報告しないといけない。

 僕は事前に古御門家に連絡をし、冥鬼と共に電車に乗った。


 だが、電車に乗った後に様々なトラブルがあったことについて触れておこう。

 まず乗り込んだ電車が急停車し、二十分ほど足止めを喰らった。

 目的の駅で降りるとそこでは改札機の不具合があり、そして目の前で去っていくバス。

 三十分近く待った後にようやく乗り込んだバスには酔っ払いが乗っており、僕は女子校生と間違えられてナンパをされるハメになった。


「はあ……」


 ようやく古御門家に着いた時には心身ともにボロボロになっていたのだが、長時間の移動だったにも関わらず冥鬼はケロッとしている。


「やすちかのおうちー!」

「古御門先生、な」


 鬼道家よりも数段立派な古きよき日本建築といった和風の屋敷がそこにはあった。

 隅々まで手入れをされた庭はとても広くて、澄んだ池には鯉が気持ちよさそうに泳いでいる。


「遅れてすみません、鬼道家当主の鬼道楓です」


 僕は数寄屋門の前に立つ派手な服装の女性に声をかける。

 この女性は、古御門先生の娘で次期古御門家当主の古御門ゆりさんだ。

 陰陽師になろうと思い立った僕が初めて古御門先生の家を訪ねた時、すごく嫌な顔をしていたのが印象深い。

 嫌われるようなことをした覚えはないんだけど……。


「早く入ったら? 中にあやめさんがいるでしょ」


 ゆりさんが迷惑そうな顔を隠すことなく言う。どうやら僕を待っていたわけでは無いらしい。……当たり前か。

 僕は頭を下げながら冥鬼を連れて数寄屋門をくぐった。

 玄関では、柔和そうな笑顔をした和服の女性が二人分の履物を用意してくれた。


「あやめさんお久しぶりです……すみません、色々とトラブルがあって、こんな時間になってしまったんですけど」

「あらあら……大丈夫よ。どうぞこちらへ」


 ゆりさんとは違い、あやめさんはニコニコと微笑んで僕の緊張をほぐしてくれた。

 彼女は昔から古御門家の使用人を務めているあやめさんだ。

 年の頃は四十から五十半ばで僕から見ればおばさんだが、とても上品で和服の似合う綺麗な人なのだ。

 僕みたいな子供にも優しく接してくれるし、全盛期の親父のこともよく知っているのだという。

 僕と冥鬼はあやめさんに案内されるようにして廊下を進んでいく。


「もう妖怪退治は慣れた?」

「相変わらず式神に頼ってばかりですけど……何とか」


 あやめさんの問いかけに、僕は苦笑しながら答える。


「仕方が無いわよ、柊さんは家業を一切捨ててしまったんだもの……教わる先生が居ないのに他の陰陽師と同じくらいの成果を上げろなんて不公平じゃない」


 あやめさんは同情的に言った。

 僕は次第にバクバクと高鳴っていく心臓を何とか鎮めながらあやめさんに続く。


「おにーちゃん? こわいの?」


 冥鬼が無邪気に首を傾げて僕を見上げている。

 さすが子供と言うべきか、僕の感情に鋭い。

 どれだけ平静さを装っているつもりでも、冥鬼にはお見通しだ。

 僕はすっかり半年前のことがトラウマになっているらしい。


「……かもな。手を握ってくれるか?」


 そう言って冥鬼に手を差し出すと、冥鬼は緋色の瞳を丸くしてからおずおずと僕の手を握りしめた。


「おにーちゃん……だいじょうぶだよ。おこられたら、メイもいっしょにあやまってあげる」


 冥鬼は僕を勇気づけるかのようにニコッと笑った。

 そのやりとりが聞こえていたらしく、あやめさんが微笑ましそうに僕たちに振り返る。


「大丈夫よ、旦那様は見た目よりずっと寛容なお方なんだから。楓くんのことも応援してるって言ってたし」

「ありがとうございます……」


 あやめさんの心遣いに救われながら、僕達は廊下の突き当たりにある扉の前へと招かれた。


 ドアの向こうからは賑やかな話し声が聞こえる。

 あやめさんがドアを開けると、そこはまるで宴会場だ。

 僕よりも何十年も先輩のベテラン陰陽師たちが勢揃いしている。

 大広間にはテーブルが並べられ、陰陽師たちが向かい合うように座っている。

古御門先生の後ろでは、去年の陰陽師の活動やこれからの妖怪討伐についてプロジェクターで映し出されており、女性の声の──おそらく事前に録音された──アナウンスが繰り返し流れている。


「鬼道殿、遅刻ですか?」


 腰を屈めて端の席に近づいた僕に、こっそりと声がかけられる。

 顔を上げると、陰陽師の後ろに立っていた式神が僕を見ていた。

 その式神は2メートルはあるほどの背丈と、背中に黒い翼を持っている。

 顔には不気味な鳥の仮面を被って素顔は分からないけれど、彼の気さくなところは嫌いじゃない。


「てんちゃんだ! こんにちはぁ!」


 冥鬼が屈託のない笑顔で声をかけると、その式神は冥鬼をあやすように手を振った。


「どーも。元気そうですね、姫」


 そう答えた式神の名は、烏天狗と言う。

 彼も冥鬼や魔鬼と同じように常夜の国から呼び出された存在。つまりは姫である冥鬼の家臣だろう。

 烏天狗の挨拶で冥鬼に気づいた他の式神たちが一斉に冥鬼に頭を下げたことで陰陽師たちの視線は遅刻してきた僕へも向けられた。


「これはこれは……偉大なる鬼道家の当主様」

「さっすが最強の式神を従える当主様は余裕やなぁ。三十分も遅刻をして平然と入ってくるなんて」


 陰陽師たちの言葉にはいちいち刺がある。

 それも当然だ。現役の陰陽師の中で、一番僕が若いというのもあるが……僕には陰陽師の祖、鬼道澄真の血が流れている。

 そして僕の式神は他の式神たちとは比べ物にならないスペックを持った常夜の国の鬼神。

 ベテランの陰陽師に限らず、喉から手が出るほど欲しい肩書きだろう。

 なのに僕は陰陽師になりたての素人で、ほぼ一般人。

 親父のように最強でもない。

 傍から見れば僕は恵まれすぎているのだ。


「……すみません、遅れてしまって」


 僕は視線をさまよわせて愛想笑いにもなっていないぎこちない笑みを浮かべると、冥鬼の手を取ってすぐに端の座布団に座った。

 隣や前の席の陰陽師も僕をチラチラと見ながらからかうように笑っている。


「おにーちゃん……」


 隣に座った冥鬼が心配そうな声を上げるが、僕はテーブルを見つめたまま黙っていた。

 お手伝いさんたちが気を利かせて注いでくれたジュースにも手がつけられない……。


「ところで鬼道殿、先月も沢山の妖を討伐なされたのでしょう? これだけの陰陽師が集まることはなかなかございません。ぜひ発表していただけませんか」


 一人の陰陽師が声を上げると、周りの陰陽師も同調して一斉に僕を見る。


「いかがですか、古御門先生? 今年度の目標討伐数も合わせて鬼道殿に発表していただくのは」


 中年の陰陽師がそう尋ねると、腕を組んだまま黙っていた古御門先生がゆっくりと目を開けた。

 小柄だが威圧感のあるその姿に、僕の心臓はあまりの緊張で爆発寸前だ。


「よかろう……では鬼道楓、発表したまえ」


 たくさんの陰陽師が居る中で、僕の名前が呼ばれる。

 再び、視線は僕へと向けられ、好奇の目が胸に突き刺さった。


「え、っと……」


 名指しされた以上答えなければならないだろう。

 頭がクラクラして、膝に置いた手が震える。

 逃げられるものなら逃げたいくらいだ。


「先月の討伐数は──ゼロ、で……」


 震えた声でそう告げると、室内は一瞬静まり返った。

 その不気味な静寂の後に、ゲラゲラと下品な笑い声がこだまする。


「ゼロ! ゼロですか! それはあまりにも……ははは!」

「さすが、父も父なら子も子ですなあ? 妖退治などしたくないらしい」

「どうせ遊び歩いてばかりいるのだろう!」

「鬼道の名が泣いとるで」


 下品に笑い出す者も居れば、僕に説教をする人、呆れる人、聞こえるように悪態をつく人、様々な人の声を聞きながら僕は小さく息を吸った。


「申し訳、ありません。来月は、鬼道家の当主として、責任をもって人に害をなす妖を式神と共に退治していきたいと、思います……」


 震える手でギュッとズボンを握りしめ、一字一句ゆっくり告げた僕は深々と頭を下げる。

 それが、今の僕にできる精一杯だ。


「そういうのええから。今月は何匹くらい倒せそうなん?」


 でっぷりとした体格の陰陽師が酒を飲みながら問いかける。

 彼は確か烏天狗の主だ。小田原さん……とか言ったな。


「……何、匹……ですか。えっと……」


 言い淀む僕を見て陰陽師たちはまた口々にからかう。

 僕が子供だから、弱いから、反論できないのを知っていて、言いたい放題口にしている。


「古御門先生、最強の式神と契約している身分でさすがにこれは怠慢なのでは?」

「ペナルティが必要やろ。支援を何割かカットしたらええんちゃう?」


 陰陽師たちが口々に言う。

 古御門先生は彼らを目で制すると、やがて僕を見つめて言った。


「式神の位や家柄は本人と関係あるまい。それに彼はまだ陰陽師となって日も浅いのだ。ペナルティなど必要なかろう」


 古御門先生は穏やかな口調でそう告げる。

 陰陽師たちが不満そうにお互いの顔を見合わせていた。


「しかしですな、彼には最強の式神がついているんですよ?それなのに全く妖怪を退治していないというのは……」

「彼の式神には制約がある。長時間の戦いには向かんのだろう」


 陰陽師の言葉に、古御門先生はハッキリと言い放つ。

 しかし、陰陽師たちは納得しなかった。


「古御門先生は甘い! 甘すぎますよ! 子供と言えども陰陽師なんですから」


 まるで公開処刑だ。

 こうなることは分かってた。


「おにーちゃん……メイ、もうかえりたい」


 冥鬼が僕の手をギュッと握ってぽつりと呟く。

 ……僕も同じ気持ちだよ。


「鬼道殿」


 まるで罰ゲームのような報告会を終えた大人たちは、何事もなかったように食事を始めた。

 せっかくの食事だけど、喉を通りそうにない。

 こっそり部屋を出て冥鬼と帰ろうとした時、声をかけてきたのは烏天狗だった。

 烏天狗は僕の顔を見るなり、顔の前で両手を合わせる。


「うちのご主人がほんますみません。最近奥さんと色々あって……気を悪くしないでください」

「別に……僕に力がないのは本当のことだから」


 烏天狗はしばらく黙っていたけれど、ふと同情的にため息をついた。


「親が有名だと面倒ですよね、お互い」

「え?」


 その言葉の意味が分からなくて聞き返す。

 烏天狗は、仮面のくちばしを軽く指で弄りながら何かを言おうとした。


「こらぁアホ天狗が! 酒くらい持って来んかい! 気ィ利かん奴やなホンマ! 焼鳥にしたろか!」


 ……小田原さんだ。

 真っ赤な顔をして呂律が回ってない。


「……だ、大丈夫なのか? あれ」

「あはは……多分。ほな、次の報告会で会いましょ!」


 烏天狗は軽く両手を振ると食事の席に戻って行った。

 周りが引くほど怒鳴り散らしている小田原さんはすっかりヒートアップして、他の陰陽師にも掴みかかっていた。

 ……ベテラン陰陽師も大変なんだろうなぁ。

 そんなことを思う僕を、冥鬼が楽しそうに見上げた。


「おにーちゃん、メイたちもうおうちにかえっていいんだよね?」

「あ、ああ……そうだな」


 僕は冥鬼の手を取って逃げるように玄関から出ようとする。

 その時、どこからか古御門先生の声が聞こえた。


「楓、もう帰るのか?」


 古御門先生が廊下に立っている。食事の席に居たんじゃないのか……。


「き、今日は……申し訳……」

「少し背が伸びたな」


 ガチガチになりながら何とか今日のお詫びをしようとするのと、古御門先生が軽く僕の頭を撫でるのはほぼ同時だった。


「その……すみません、先月はバタバタしていて、報告にも行けなくて……妖怪の退治も、できなくて……」

「気にするな。高校生活が始まったばかりだろう? 学業が疎かになってどうする」


 古御門先生は親父より親父らしいことを言って笑った。


「少し付き合ってもらえるか?」


 そう言った古御門先生は、ゆっくりと僕に背を向けた。

 その背中を追って、僕は長い廊下を歩いていく。

 古御門先生は、式神とは仲良くやれているかとか、父親とはよく喋るのかを穏やかな声色で聞いてきた。

 冥鬼ともまるで孫に接するように話していて、僕の緊張を解してくれる。

 そのおかげで、僕は例の事件について話すことが出来た。


「古御門先生──実は最近、霊気を狙う妖怪や人間に襲われるんです」


 僕は、ここ最近起こったことを話した。

 線路に突き飛ばされた話をすると古御門先生が心配そうに立ち止まったけれど、もう大丈夫だと言うと大きなため息をついて黙ってしまった。

 やがて、古御門先生が重い口を開く。


「……恐らく、それは陰陽師狩りだな」

「陰陽師、狩り?」

「今年に入って、陰陽師狩りが流行っているのは事実だ。陰陽師が野良妖怪を使役し、陰陽師を殺す事件が後を絶たぬ」

「お、陰陽師が? 何のために……?」


 妖怪を使って人を殺すなんて、絶対に許されないことだ。

 そんなの、陰陽師でなくたってわかる。

 一体何が目的なのかと問いただすけれど、古御門先生はただ静かにかぶりを振った。


「もしお前に危害が及ぶようならいつでも古御門家に来なさい。そのほうがキイチも喜ぶだろうからな」


 キイチ……。

 聞きなれない名前だ。

 不思議そうな顔をしている僕に気づいたのか、古御門先生は少しだけ間を置いて言った。


「私の孫だ。周囲に公表する気は無かったが……お前だけには、会わせておきたい」


 古御門先生が言葉を濁らせる。

 そういえば、以前テレビに出た時、孫がいるって話をしてたよな。あんまりいい顔をしていなかったのが印象深いけど。

 いつの間にか長い廊下を抜けた僕達は、離れた一室の前へと案内された。

 深く皺が刻まれた手が静かに襖を引く。


「──」


 そこには、純白の着物に身を包んだ少女が眠っていた。

 雪のような白い髪が長く伸びており、目元まですっぽり覆っている。肌は病人のように青白くて、痩せた鎖骨には色香を感じる。


「私の孫、キイチと……世話係の八雲(やくも)だ」


 おずおずと頭を下げると、八雲さんは静かに頭を下げた。端正な顔立ちをした黒髪の青年だった。


「キイチは……二十歳になるまで生きられないと言われていてな」


 古御門先生はキイチの手を両手で握った。


「人の体には必ずある霊力。それが年齢と共に失われていく病にかかっている。当然、霊力が尽きれば人は死ぬ」

「治らないん、ですか……?」


 尋ねると、古御門先生はかぶりを振った。


「かんなぎを知っているか?」


 かんなぎ……。

 聞いたことも無い。


「かんなぎの家系は異世界の神の言葉を代弁できる特別な者達だ。この世でもっとも神に近い存在とされている」


 異世界の、神。

 僕は何となく冥鬼を見た。


「私はずっと、かんなぎを探している。かんなぎには陰陽師には無い、特別な力があるそうなのだ。かんなぎの力があればキイチの体も治癒できるのだが」

「あのっ、それって……」


 僕はおずおずと口を開いた。

 僕たちから見れば、常夜の国は異世界。冥鬼は異世界の姫だ。

 冥鬼に聞けばかんなぎのことが分かるかもしれない。


「ん……」


 小さく、キイチが身じろぎする。長い前髪から切れ長の赤い瞳が覗いて、大きく見開かれた。


「キイチ、彼はお前の友達だ。仲良くしてあげなさい」


「おじいさま……おはよう」


 キイチは古御門先生を見つめると、小さく欠伸をした。


「旦那様、そろそろお薬の時間では? きっとお医者様がお待ちですよ」

「おお、そうか……すまんが楓、しばらくキイチの話し相手になってやってくれ。すぐに戻る」

「え、あ……」


 狼狽える僕のことなどお構い無しで、古御門先生はゆっくり立ち上がると再び襖を開けて部屋を出ていった。

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