【検査入院】2
病室を出て間もなくのこと、尾崎がごく自然な動作でオレの肩に腕を回してきた。
ベタベタすんな鬱陶しい、と尾崎の肩を押そうとした時、髪に唇を押し当てられる。
オレは思わず素っ頓狂な悲鳴を上げて尾崎を見上げた。
つーか、やっぱりコイツ変態だろ! 男にこんなことするなんてどーかしてる!
「そういやさあ、ゴーくん……この際だから聞いていい?」
尾崎は慣れたように……つーか小さい子供にするような手つきでオレの体を抱き寄せてくる。
不快極まりないスキンシップに、思わず尾崎の体を押し返そうとするけどアイツの力はずっと強かった。
さすが大人、ビクともしない。
「な、何なんだよ気持ち悪いッ! 離れろよッ!」
それでも精一杯、オレは尾崎の体を押し返そうと試みる。当然、無駄な抵抗だった。
尾崎の指がオレの猫っ毛を手で払う。
感情の読み取れない琥珀色の瞳が怯えたオレの姿を映していた。
情けない話だけど、オレはこの尾崎って奴が心の底から苦手らしい。
完全に怯えているオレを見て尾崎はちょっと肩を竦めるようにため息をつくと、不意にオレの体を壁に押し付けた。
「にゃー!?」
尾崎は壁に押し付けたオレを見下ろして、ニヤリと意地悪に笑う。
知ってるぞこれ……! 香取が押し付けてきた漫画本にも同じシチュエーションのシーンがあった。
壁に相手を押し付けて、逃げられなくさせる……たしか、ええと、そうだ! 壁ドンってヤツだ……!
って今はそんなことどーでもいい!
「なにすんだよ!」
「アハッ……リラックスさせてあげようと思っただけだよ。楓クンがあんなことになったのは自分のせいだと思ってない?」
尾崎は目を細めて悪戯っぽい笑みを浮かべる。
ヘラヘラと笑いながら、尾崎の話は続いた。
「ほんと、蛇に睨まれたカエルみたいな顔しちゃってかわいいね。ゴーくんの場合はネコだけどさ?」
尾崎の長い指が、オレの髪をかきあげて耳をくすぐる。
オレは尾崎を見上げたまま身動きすら取れずにいた。
抵抗される心配は無いと思ったのか、尾崎が笑う。
「さて──じゃあ先生の質問ね」
尾崎が囁くようにオレの耳に口を寄せる。
「かんなぎって……聞いたことない?」
甘い声でそう問いかけられた時、全身をゾクッとする寒気が走った。
それはまるで、命の危険を感じるような寒気で。
オレは何度も大きくかぶりを振った。
「ああ、そう」
尾崎は意外とあっさり引き下がる。
最後に、頬にかかる髪を払った尾崎がオレの髪をくすぐった。
「じゃあちゃんと言えたご褒美、あげようかな」
そう言った尾崎はおもむろに自分のネクタイに指を引っ掛けた。
窮屈そうに首をしめていたネクタイをゆるめる音が聞こえて、白い首筋が覗いた。
尾崎の鎖骨の辺りには赤い虫刺されのような跡が残っている。
思わずその跡を見つめていると、尾崎が指で赤い跡をなぞりながら答えた。
「昨日寝た女がキスマークなんかつけてくるからなかなか外せなくてさあ、苦しくてしょーがなかったっスわ」
尾崎がくすくすと笑いながら指で赤い跡を辿る。
「……オマエ、二足歩行なら誰でもいいのかよ!」
「さすがに好みはあるっつーの。ゴーくんみたいなカワイイ男の子なら大歓迎だし。フツーに抱けるよ?」
尾崎がオレの耳朶に再び顔を寄せる。
熱い吐息が耳にかかって気持ち悪い!
「ややややめっ……」
「……いまちょうどその陰陽師が運ばれてきたってよ」
聞きなれた言葉に、オレの体がビクッと震える。
オレを見下ろす尾崎の目も、オレと同じ顔をしていたと思う。
「鬼道楓って、あの鬼道家の陰陽師ですか?」
「小森先生は検査入院させるついでに霊気をいただくおつもりらしい」
何の話をしてるんだ? 霊気って、一体……。
「う……!?」
ずきん、と頭が痛んだ。まるでオレの不安を察知したかのように、頭はズキズキと痛む。
「ほんと、小森先生の弟はいい金の成る木を見つけてきてくれたよなあ」
「な……」
オレは思わず声をあげそうになって口を押さえる。
よくわかんねえけどあの医者、鬼道から霊気とやらを抜こうとしてるのか?
「この病院が古御門家から支援を受けている限り、欲しいって言われたものは献上しなきゃまずいっすもんね」
「……まあね。金にもなるし、息子さんのためにも金は必要なんだろ」
コミカドって……前に馬鹿千穂の家で聞いたような……。確かテレビに出てたとか、スゲー陰陽師だとかって言ってたな。
看護師たちは顔を見合わせて複雑そうな顔をしていた。
頭を押さえながら聞き耳を立てていたその時。
「……へえ」
今の今までオレを壁ドンしていた男が、突然オレの髪をくしゃりと掴んだ。
「いでっ……!」
「アハッ、ごめんね。ゴーくんの髪が撫で心地良すぎちゃってつい」
尾崎は悪びれもなく笑うと、おもむろにオレの手に万札を握らせた。
「ゴーくん──これ渡しておくから、楓クンと一緒に帰れる?」
尾崎はそう言ってオレに万札を握らせる。
ニヤ、と笑った顔は相変わらず胡散臭いけど……それだけじゃない。すごく怖い顔をしていた。
「にゃ……?」
「オレ──出し抜くのは好きだけど、出し抜かれんの大嫌いなんだよ。それが例え姉貴でもね」
そう言った尾崎はオレの首根っこを乱暴に掴むと、ぽいっと廊下に向けて放り投げる。
さっさと鬼道のところに行けってことなんだろうけど……。
やっぱり気になって振り返ると、尾崎がオレを見つめていた。
目が合った尾崎はニヤリと笑って、まるでネコを追い払うように手をヒラヒラさせる。
「……うッ」
ずきん、と頭が痛む。
またこの感覚だ。
昔からオレは偏頭痛に悩まされてる。原因は分からないけれど、オレの中の声は早く鬼道のところに行けと言っているみたいだ。
「く、そッ! 行けばいーんだろ!」




