【幸せのケサランパサラン】1
「はあ……」
本日、晴天。
何度目か分からないため息が漏れる。
実を言うとため息だけなら昨日から数え切れないほどついているのだが、二十回を超えた時から数えるのをやめていた。
「楓、どうしたあ? 今日ずっとため息ついてんじゃん。さては五月病だな! 久しぶりの学校だもんなあ、お前」
からかうような声をかけてきたのは僕と同じ名字の読みをするクラスメイト、紀藤葵だった。
ゴールデンウィークも過ぎ、僕達学生にとっては久しぶりの学校ということになるのだが……僕は憂鬱で仕方ない。
これが五月病というやつなら、きっと正解なんだろう。ゴールデンウィークが明けてから、とても元気が出ない。
そもそも僕は一週間以上学校を休んでいて、今日が久しぶりの学校なんだ。調子が戻るわけない。
得体の知れない女に霊気を抜かれてからと言うもの、体は思うように動かないし、師匠や魔鬼には絶対安静と言われて家事もさせてもらえなかった。
ようやく髪が漆黒に戻ったのはゴールデンウィークに入ったばかりの時で、その頃にはせっかく人並みについた体力もごっそりなくなっていたしノルマである妖怪退治も全く出来ていない。
そんな中、久しぶりの学校で心身ともにクタクタだ。
「……そうかもな。はあ……」
「おいおい、ため息をつくと幸せが逃げていくんだぜ? 恋の悩みか? それとも恋の悩みか?」
葵は僕の肩をバシバシと叩いて顔を覗き込んでくる。というかどっちも恋の悩みじゃないか。
「アンタと違って楓くんは繊細なんだよ!」
葵の頭を教科書でひっぱたいたのはクラスメイトの女子だった。名前は確か……伊南朱音さんだ。葵と同じバレー部に所属している。リーダーシップがあって、クラスの優等生的存在だ。
「オレだって繊細だし!」
「ふーん、どうだか」
伊南さんは食いついてくる葵を軽くあしらうとおもむろに手に持ったポーチを取り出して言った。
「楓くん、これあげるから元気だしなよ」
そう言って伊南さんが取り出したのは透明な小瓶に詰められた綿毛のようなものだった。
「何そのホコリ」
「ホコリじゃないっ! アンタはどっか行けっての!」
軽口を言いながら覗き込んでくる葵を伊南さんが手で追い払うような素振りを見せる。その動作に合わせて、小瓶の中の綿毛はふわふわと揺れた。
「かわいいでしょー? これ、幸せのケサランパサラン」
伊南さんはそう言って笑うと、僕の机にそれを置いた。
「けさらん、ぱさらん……?」
「知らない? 昔ブームだったんだって。ケサランパサランを持ってると幸せになれるらしいよ。最近また流行っててさ、友達の分も合わせて買っちゃった♡」
かわいくて仕方ないと言ったように伊南さんが綿毛を見つめている。僕には外で摘んできた綿毛を小瓶に詰め込んだようにしか見えないが……。
葵は机の上の小瓶を取ると、中でふわふわと揺れている綿毛を小瓶越しに指でつついた。
すかさず、伊南さんが小瓶を奪い取る。
「ちょ、やめてよ。生きてるんだから」
伊南さんはそう言うと、今度は僕の手を掴んで小瓶を握らせた。
「えっと……」
「いいからいいから!遠慮しないで」
断る隙もなく、僕は伊南さんにケサランパサランを押し付けられてしまった。
僕の手の中では胡散臭い小さな綿毛が小瓶の中で揺れている。
「ケサランパサランの食事はおしろいがいいらしいけど、ベビーパウダーでもいいんじゃない? ってお母さんが言ってた」
「ええ? こいつ食事すんの!?」
葵は声を上げて胡散臭そうに小瓶を見つめる。正直、僕も葵と同じ気持ちだ……。
「どう見ても生きてるようには見えねーぞ……動物の毛じゃねーの?」
「本物のケサランパサランだっつーの!」
今にも葵に食ってかかりそうな伊南さんの剣幕に気圧されながら、僕はおずおずと口を挟む。
「ええと、念のために聞くけど……これはどこで買ったんだ?」
「ん? ゴールデンウィーク中に町内バザーがあって……その時にイケメンのお兄さんから買ったの」
伊南さんはケロッとした様子で答えると身を乗り出して僕の机に手をついた。
制汗剤の匂いだろうか、爽やかな石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。
「ね、ね、それ本物だと思う?」
「どー見ても偽物だろぉ……」
葵が苦笑ぎみに声をかけてくるが、伊南さんは完全に無視をして僕と共に小瓶の中の綿毛を見つめた。
「なあ、もしそれが本物のケサランパサランだったらどうなるんだ?」
「当然、持ち主に幸せを運ぶんだよ」
葵の問いかけに伊南さんが笑う。
「ゴールデンウィーク明けからそんな顔してたら幸せも逃げて行っちゃうんだから。せっかく元気になったんだから笑ってこーよ!」
そう言って笑った伊南さんの明るさに、僕はちょっと救われたような気持ちで小瓶を軽く握った。
このケサランパサランが本物か偽物かはともかくとして。




