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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【絶対安静】2

 僕が霊気を抜かれてから一週間が経った。

 雪のように真っ白に染まった髪は根元から徐々に黒が戻りつつある。

 当初、日常生活は杖を使わないと歩行すらままならなかったが最近は何とか介助なしに歩けるようになっていた。

 それでも、長い時間活動することはできないけど。

 一度体から抜けてしまった力が回復するまでは、思ったよりも長い時間がかかるようだ。


 僕はこの休みの間、何とか勉強だけは遅れないようにと自主勉強に励んでいた。

 もちろん、一人じゃない。なんたって僕には頼もしい家庭教師がいるのだ。


「……では、この計算はどうやって求める? 今度は一人で解いてみろ」


 僕の勉強に付き合ってくれているのは、熊のように大きな体を持った強面の体育教師……日熊大五郎先生だ。

 当然、その正体は豆狸という小さな手のひらサイズの妖怪なわけだけど……彼もだいぶ妖気が回復し始めていた。

 毛並みは白からすっかりタヌキらしい茶色へと変わり始め、体も丸みを帯びている。

 人間に化けられるのはまだほんの少しの間だが、陰陽師のそばに居ると早く妖気が回復するんだとか言って、四六時中僕の傍に居てくれていた。

 勉強に付き合ってくれているのもそれが理由だ。あとは……先生としての義務感、なのだろうか?


「えっと、昨日習ったことを思い出して……」


 僕は書き留めたノートと教科書を交互に見て、答えへの道のりを探す。

 そんな僕の横顔を見つめていた日熊先生が、ふと僕の頭を軽く撫でた。


「それが解けたら休憩だ。集中した分、しっかり休んで回復しなきゃならん」

「はい……わかりました」


 僕は日熊先生の応援もあって何とかノートに答えを書くことができている。

 しかし、ほんの二時間程度しか机に向かっていないのに、情けないが僕の体力はもう限界を迎えたらしい。

 椅子の背もたれに寄りかかって大きくため息をついていると、日熊先生がハーブティーを差し出してくれた。


「ハーブティーは緊張を解すそうだ。俺はレモンの匂いが苦手なんだが……薬だと思って飲むようにしたら案外イケるようになってな……これだけは作れるんだ」


 飲め、と日熊先生が僕に特製のハーブティーを差し出す。

 ほんのりとレモンが爽やかに香るハーブティーを一口飲み込むと、自然に口からホッとした吐息が漏れた。


「おいしい……」

「ふふん、当たり前だ。誰が作ってやったと思ってる」


 日熊先生は鼻を鳴らして小さなティーカップを取って一気に飲み干していく。その態度に威圧的なものはなくて、むしろ何だか得意げだ。

 その豪快な姿に苦笑した僕は、ふと日熊先生のことに興味が湧いて口を開いた。


「……師匠は、何で教師になろうと思ったんですか?」


 ハーブティーをちびちび飲みながら問いかけると、少し悩んだ様子を見せた日熊先生が答えた。


「俺は昔から、人間社会に混ざって暮らしてたわけじゃない。むしろ……人間は嫌いだった」


 日熊先生はそう言うと、ぽつぽつと自分の話を始めた。

 空腹で行き倒れていた妖怪を育ててくれた貧乏な老夫婦のこと。老夫婦に恩返しをするために小さな妖怪は人として生きることを決め、日熊大五郎と名乗ったそうだ。


「日熊大五郎ってのは……俺の世話をしてくれた夫婦の息子の名前だ。若い頃に家を出て、とうとう帰ってこなかったらしい」


 日熊先生は、ハーブティーのおかわりを注ぎながら話を続ける。

 人の世で生きた妖怪はやがて学校に通い、教師の道へと進んだ。

 その結果がコワモテの体育教師、日熊大五郎なわけだけど。


「この仕事は心労も多いがやりがいもある……。特に人間の子供を見守るのは楽しいな。アイツら、あっという間に成長しやがる」


 日熊先生は、眩しそうに目を細めるとハーブティーを注ぎ足してくれた。


「力を取り戻したら俺はまたお前らにキツく当たるぞ。部活動に反対していたのはお前らをいじめたいわけじゃない。大人として、教育者としてお前らを心配してるからだ。応援してやりたいのは山々だが……」


 日熊先生がため息をつく。僕は花壇を見た時の日熊先生の反応を思い出して思わず噴き出した。


「部長は結構無茶苦茶するみたいですしね」

「……まあ、そうだな」


 どこか歯切れ悪く日熊先生が答える。

 何だか、いつもの日熊先生らしくない。


「お前、高千穂レンのことをどう思う?」

「え? ちょっと変わった部長……」


 問われるまま答えようとすると、突然日熊先生が勢いよく体を起こした。


「そういう話をしているんじゃないっ!」


 日熊先生は噛み付くような勢いで声を荒らげた。思いのほか大声を出されて怯んだ僕へと、大きな体がのしかかってくる。

 僕は慌ててその重い体を受け止めた。


「し、師匠……うっ!」


 当然、受け止めきれずに僕は日熊先生に押しつぶされそうになるのだが……日熊先生が机に手をつく形で僕を潰さないように何とか上体を支えていた。けれどその太い腕は震えていて、いつもの力強さはない。

 理由は聞かなくても分かる。僕がたった二時間の勉強で疲れてしまったように、日熊先生も体力の限界なんだ。


「す、まん……この程度でッ……」

「謝らないでください。ハーブティー、美味しかったですよ」


 僕がかぶりを振ると、日熊先生は気まずそうに笑って言った。


「勉強は、また……夜にしよう。突然大声を出して、悪かったな……」


 日熊先生が弱々しい声で言うと、彼の体からは白煙が上がり、僕の肩の上で小さな師匠が伸びていた。


「……ありがとうございます。それから、すみません……無理をさせて」

「はひぃ……大丈夫だぞ。でも、夜まで持たなかったかぁ……」


 師匠は息を切らせてそう言うと、僕の肩から飛び降りて机の上に立つ。開きっぱなしのノートを体いっぱい使って閉じると、注ぎかけのハーブティーが入ったティーカップをソーサーごと持ち上げて運んできた。


「これ飲んでもうちょい休憩しような。オイラ、楓のためならいくらだって付き合うよ」

「ありがとうございます。でも、何でそこまで……」


 師匠の動きに合わせて、太いしっぽが揺れる。

 ピン、と姿勢を正した師匠は、照れくさそうに鼻の下を指で擦った。


「へへへ……だってオイラ、楓のこと大好きだからさっ!」


 そう言った師匠はもふもふした手をぶんぶん振って無邪気に笑う。

 本当にぬいぐるみが動いてるみたいだ。


「タヌキは、受けた恩は必ず返すんだ。……それにオマエは──……」


 師匠がごにょごにょと言葉を濁しているがよく聞こえない。

 聞き返そうとすると、僕よりも先に師匠が口を開いた。


「早くその髪、元に戻るといいよなぁ。せっかくすみれちゃんに良く似た綺麗な黒髪なのにもったいねえったらないぜ」


 師匠が耳をペタンと伏せて不安そうに僕を見上げる。

 僕の長い髪は一部分、いくらか黒髪が見え隠れするようになってきたが、それでも相変わらず、全体的に真っ白になっている。


「すみれ、ちゃん……?」

「おう、言ってなかったか? 柊もだけどすみれちゃんとも高校からの付き合いだからな。あの二人のことなら何だって知ってんだぞー」


 師匠がえへん、と胸を張る。

 ああ、すみれちゃんって……僕の母さんの名前か。

 幼い頃亡くなった僕の母、鬼道すみれ。

 あんな親父のどこに惚れたのかわからないけど、仏壇の間にある写真立ての中の女性はとても綺麗で、優しそうな笑顔を浮かべていた。


「……すみれちゃんのことは本当に、何て言葉をかけたらいいかわかんねぇ。あんないい子がこんなに早く……」


 その場に座ったまま、師匠は悲しそうに目を伏せる。

 何となくしんみりしてしまった空気を変えるべく、僕は師匠に質問をしてみた。


「……学生時代の母さんって、どんな人だったんですか?」

「料理がすっごく上手で優しくて、柊の馬鹿を甘やかす困ったお嬢ちゃんだったぞ」


 母さんのことを話す師匠は、何だか自分のことのように嬉しそうに見える。

 親父と話す時とも違っていて、その眼差しはまるで恋をする男子みたいだ。


「……好きだったんですか?」

「はへっ? な、何で知ってるんだあ!?」


 師匠は素っ頓狂な声を上げて両手をパタパタさせる。

 ……なんと言うか、わかりやすい。というか自分で言ってるし。


「いや、何となくですけど……図星なんですね」

「か、過去のことだぞ! それにオイラとすみれちゃんじゃ月とスッポンだし!」


 僕は汗をダラダラ垂らしながら狼狽える師匠を、シャーペンを回しつつ見下ろす。

 もし師匠が母さんと結婚してたら……師匠が僕の親父になるわけか。ちょっと想像できないけど。

 そんな僕の思考を感じ取ったのか、師匠はぶんぶんとかぶりを振った。


「すみれちゃんには柊しかいねえよ。他の奴だったら殴って病院送りにしてたからな……」


 師匠は懐かしむように目を細めて物騒なことをサラッと言った後、僕を見上げる。

 くりくりとした黒い瞳は、まるで子供を見つめる親みたいな眼差しをしていた。


「本当に大きくなったよなあ。……あの頃はすみれちゃんも元気だったし──そうそう、オイラのおよめさんになる! って言ってくれたの覚えてるか? オイラ、よく小さい頃のお前と遊んで──」

「そう、なんですか……?」


 脳裏に、大きな背中が蘇ってくる。

 今よりも若い日熊先生が、泣きべそをかく僕を背負う姿。

 すると師匠は不思議そうに首を傾げた。


「僕、小さい頃の記憶が無くて……母さんのこと、全然覚えてないんです。師匠のことも……その、ごめんなさい」


 そう告げると、師匠はオロオロしながら僕を見上げる。


「な、なんかごめんな……そっか……」

「いえ……」


 僕はかぶりを振って師匠の頭を指で撫でた。その顔は、何だかちょっぴり寂しそうで、言うんじゃなかったと僕は後悔した。

 すると、師匠が突然短い両手をぽんと叩く。


「すみれちゃんはな、雰囲気だけなら鬼原ハクみたいな感じだぞ。ほわほわ〜ってしてて、オイラにも毎日手作り弁当をくれて、すっごく優しかったんだ」


 師匠は幸せそうにほっぺたを押さえてわざと明るく言う。

 そういえば、師匠は初めて出会った時、ハク先輩にお弁当を手渡ししてもらってたよな。

 自炊ができないからとか言ってたけど、羨ましいことこの上ない。

 僕はため息をついて師匠の首根っこを摘んだ。


「風呂に入らないのも体の洗い方が分からないせいですか? 自炊のできない日熊先生」


 そう尋ねると、師匠は気まずそうに視線を泳がせた。

 何とこの師匠、僕の家に来てから一度も風呂に入っていないのだ。

 妖怪に風呂なんか要らない、というのが主な理由らしいけど絶対それだけじゃないだろう。

 正直、獣臭が酷い。


「勉強の前に風呂ですね、センセイ」

「うひゃっ」


 師匠の耳に短く息を吹きかけると、師匠は両耳を押さえてひっくり返ったような声を上げる。

 僕は摘んだままの師匠を下ろして、すっかり冷えたハーブティーを飲み干した。

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