【東妖オカルト研究部】1
「レンちゃん、おかえりなさ~い♡」
部室の扉が開かれた途端、現れたのはメイド服の美少女。
綺麗なベージュピンクに染めたふわふわの髪を、腰まで伸ばした大人っぽい人だった。
「その子が新しい部員さん?」
胸を強調するように作られたメイド服を着たその美少女は、優しげな眼差しを僕に向ける。
校内にメイド服の人間がいるっていうだけで充分怪異なのに、誰も突っ込まない。というか……すごく、目のやり場に困るっていうか、ドキドキするというか……。
「そう。彼は1年生の妖怪少年、鬼道楓くんよ!」
「いや、妖怪少年って何ですか」
思わずツッコミを入れる僕のことなんかお構いなしで、高千穂先輩は機嫌良さそうに僕を紹介する。
めぼしい犠牲者……もとい、新入部員を探して1年生の教室を覗いていたら、偶然(本当か?)にもメモ帳を開いている僕を見かけ、僕が廊下に出るのを待ち構えていたのだという。
「ふにゃ〜……うるせェな〜」
そんな僕たちに見向きもせず、窓の桟に腰掛けている幼い子供がいた。子供はなぜか僕と同じ、東妖高校の制服を着ている。
まるでネコミミが生えたかように大きくツンと尖った髪、そしてぷにぷにとした……という表現が似合う見事な幼児体型。どこからどうみても小学生だ。いや、下手したら園児かもしれない。ネコを擬人化したなら、まさにこんな感じだろう。
「ゴウくん、新入部員ですって」
「そーかよ、勝手にやってくれ……ふにゃあ〜」
そう言って、不機嫌そうに顔を向けたその子供は、まるでネコのようなあくびをする。その様子を見て、メイド姿の女生徒がクスッと笑った。
子供の着崩した制服はぶかぶかで、まるでコスプレみたいだ。
「このちびっ子って迷子か何かですか?」
「チビ、だと……?」
メイド服の彼女に話しかけた僕の言葉に反応して、子供の眉が吊り上がる。
勢いよく窓の縁から飛び降りた子供の背丈は、130センチあるかないかだ。僕も他人の身長のことをとやかく言えるほど高身長ではないが……それにしたってかなり小さい。
そんなことを考えていた僕に、幼い子供は頬を膨らませて詰め寄ってきた。
「──オレはテメェより年上だ! 先輩を捕まえてちびっこ呼ばわりとは、いい度胸して……」
「まあまあゴウくん、これ飲んで落ち着いて♡」
小学生……もとい先輩はネコミミのような髪を揺らしながら威嚇の体勢に入る。するとすかさず、メイドさんがコップに入ったドリンクを差し出した。
ポカンとしている僕の前で、小学生先輩は奪い取るようにしてコップを受け取るなり、一気に中身を飲み干す。
「ぷはーっ……ハク、おかわり」
小学生先輩は、カラになったコップをハクと呼ばれたメイドへ突き出す。彼女は嬉しそうに微笑みながら、すぐにコップへ牛乳パックの中身を注いだ。
「ふふふ、いっぱい大きくなってね〜?」
「ふん、そんなこと思ってねえくせに……うにゃっ……」
小学生先輩は2杯目の牛乳を飲みながら変なしゃっくりをした。
メイド服の少女──ハクさんは小学生先輩の頭をかわいがるように撫でている。この二人がどんな関係かは知らないが、ちょっと……いや、かなり羨ましい光景だ。
「……何をジロジロ見てんだよ」
「す、すみません。しゃっくり大丈夫ですか?」
僕の視線に気づいた小学生先輩がコップに口を付けながら不機嫌そうな目を向ける。
やがて、そんな小学生先輩を遮るようにハクさんが僕の目の前に身を乗り出した。
「ゴウくん、喧嘩しないで。せっかく念願の部員さんが来てくれたんだから。──えっとね、私の名前は鬼原ハク。こっちは鬼原ゴウくんで、私と同じ2年生よ」
小学生先輩から僕を守るように身を乗り出したハク先輩は、僕の目を見つめて優しく微笑む。その眼差しと距離感、そしてふわっと香る甘い髪の匂いに、思わず胸がドキッと跳ねた。
それにしても、このネコミミ小学生が高校2年生ということに驚きだぞ。どうみても小学生だろう、その身長。
「仲良くしましょうね、楓くん」
ハク先輩は、屈託のない笑みを見せて僕の両手を握った。柔らかくてすべすべとした手だ……。僕の視線は、自然にハク先輩の胸元へ注がれる。
谷間が強調されるように胸を露出した……その、妄想をかきたてるようなメイド服。そのくせ、スカートはミニではなくてロング。これが誰の趣味なのか知らないが、分かってるな……。いや、メイド服に詳しいわけではないけど。
「ハクの戦闘服に興味が湧いたようね」
「せんとうふく……?」
自信たっぷりに高千穂先輩が声をかけてくる。何やら物騒なワードが聞こえたんだが。
「えへへ♡ かわいいでしょ? 最初は恥ずかしかったけどお気に入りなの♡ 香取ちゃんがくれたのよ」
ハク先輩は、スカートの端を持ってウインクしてみせる。ちらりと見えたふくらはぎがあざとい。最初に彼女へメイド服を着せようと提案した、その香取さんという人に100点をあげたいくらいだ。
「……ところで、そのカトリーヌはどこ?」
高千穂先輩は腕を組んで部室を見渡した。部室には僕を含めて4人しかいない。カトリーヌなる人物は、部室のどこにも居なかった。
「香取ちゃんなら、視聴覚室でアニメを見てると思うけど……」
「時間までには戻るようにって言ったのに──まあいいわ!」
やんわりとした口調でハク先輩が答えると、高千穂先輩は大袈裟に肩を竦める。けれど、すぐに気を取り直したように、勢いよく僕に向き直った。ぶおん、とツインテールがムチのように揺れる。
「鬼道楓くん、正式に東妖オカルト研究部への入部を許可します!」
「いや、入るなんて一言も言ってないんですが」
ここにきてようやく、僕は自分の主張を口にすることが出来る。
だがしかし、高千穂先輩は自分の腰に手を当てて眉をつり上げた。
「東妖市民として、市内で起きている事件を見て見ぬふりするつもり? 失踪事件、正体不明の通り魔に心臓だけを抜き取る連続殺人──これは全部妖怪の仕業なの。怪異が起きてるの!」
高千穂先輩は、今にも飛びかかってきそうな勢いだ。
「よ、妖怪なんているわけないじゃないですか。ねえ……?」
思ってもいないことを無理やり口にして、何とか助けを求めるべくハク先輩とゴウ先輩を見つめるけど、2人とも何も答えない。
それどころか僕の返事を待つように黙っている。
そんな彼らに一度目を向けた高千穂先輩は目を細めて微笑むと、耳を疑うような言葉を口にした。
「妖怪は──いるわよ。何せ視聴覚室にいるカトリーヌを含め、ここにいる部員全員が怪異と接触したことがあるんだから」
その言葉を耳にした僕は、今度こそ言葉を失ってしまったのだった。