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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【怪異を探せ2】3

 一時はどうなることかと思ったけど、何とか冥鬼の機嫌も元に戻り、僕達は学校へと到着した。長い髪が触りたいらしく、しきりに僕の髪を結いたがるハク先輩に遠慮しながら何とかいつもの髪型に変えて。

 校門の前では既に高千穂部長が待ち構えていて、そこには珍しい人物も居た。


「ハクにゃんにゴウにゃん! お久しぶりでござる♡」


 朝からハイテンションな小鳥遊香取先輩だ。

 特徴的な牛乳瓶底眼鏡の彼女は、手をぶんぶん振るとはしゃいだ様子で飛び出してきた。


「きゃっ、ふふ……香取ちゃんってば!」


 テンションの高い小鳥遊先輩に抱きしめられて、ハク先輩が嬉しそうな悲鳴を上げる。


「朝から元気な女だにゃ……」

「ふわにゃ~……」


 ゴウ先輩が呆れたように欠伸をすると、その欠伸がうつったのか冥鬼も大きな欠伸をする。

 早起きしたせいもあるんだろうな……。僕は眠そうに目を擦る冥鬼の髪を撫でた。

 そんな僕の傍にやってきた小鳥遊先輩は、ニヤニヤと笑いながら僕の顎に手を添えてくる。


「やあ子猫ちゃん。どう? ハクとはアレから進展した?」

「しッ……進展って何ですか? は、ハク先輩とは、な、何も……」


 分厚い眼鏡をかけていてもスラッとした体型の小鳥遊先輩は、僕より背が高い。

 僕は自然と小鳥遊先輩を見上げる形で彼女に顎を掴まれていた。

 しかも同一人物か疑うくらいにイケボだ。これが女の子同士だったら間違いなく禁断の恋に落ちることだろう。……僕はハク先輩一筋だけど。


「本当に何もなかったの? レンの家でパーティーしたって聞いたけど……隠すならお仕置き──」

「……あの、小鳥遊先輩」


 未だふざけている小鳥遊先輩に、僕はふと魂喰蝶のことを思い出して口を開いた。

 失礼かと思いながらも、顎を掴んだまま離さない小鳥遊先輩の手を掴む。


「おー、ハクにゃんの前で大胆ですねぇ。何かな何かなー?」


 僕を見下ろして楽しそうに笑う小鳥遊先輩は特に驚く様子も見せない。

 小鳥遊先輩は……いや、クロウはテレビで魂喰蝶の話をしていた。……彼女は一体どこで魂喰蝶の話を知ったんだろう? 部長から聞いたのか? それとも別の人に……。


「先輩に聞きたいことが──」

「静粛にッ!! 今日の活動内容について発表するわ!」


 僕の問いかけは、部長の大声によって遮られてしまった。小鳥遊先輩は『後でね』と耳元で囁いて僕から離れる。その無駄に色っぽい声で囁かないで欲しい……。

 僕はさりげなく片手で耳を押さえながら部長に向き直った。

 全員が自分に注目したことを確認した部長は満足そうに腰に手を当てると、その前に、と小さく咳払いをして口を開く。


「日熊先生なんだけど──さっき御家族の方から学校に連絡があったの。キャバクラに行ったら持病の胃潰瘍と虫歯が悪化したからしばらく入院するそうよ」


 吹き出すかと思った。

 親父よ、どうしてもキャバクラを入れなきゃダメだったのか?

 持病の胃潰瘍と虫歯って何だよ……。


「センセイは大丈夫なの? どこの病院?」

「そこまでは分からないわね。私も詳しく聞いてないもの。いっそ今日はみんなで日熊先生の入院先を突き止める?」


 僕と同じようにちょっと笑いそうになりながらもハク先輩が心配そうに尋ねる。女優顔負けの迫真の演技だ。


「おやおやー? 今日は学校で部活動って聞いたんですけど? 始めましょうよぅ、レン!」


 小鳥遊先輩が軽い口調で話を逸らすと、部長はすぐに気を取り直して胸を張った。

 何だか今日の部長はやる気に満ち溢れている様子だ。


「まあそうね。顧問が居なくても部活はできる──よって今日は学校の怪異を探す活動をしたいと思うの」

「学校……校舎の中も含めて、ってこと?」


 ハク先輩が両手を合わせて嬉しそうに微笑むと、冥鬼の視線と同じになるようにしゃがみこむ。


「今日はね、学校の中を自由に探検できるんだって。メイちゃんはどこか行ってみたいところはある?」


 そう尋ねられた冥鬼は、嬉しそうに花が咲いたような笑顔を浮かべると、すぐさまきょろきょろと学校を見回した。

 やがて、冥鬼の小さな手がおもむろに体育館を指す。


「あそこなーに?」

「うん?」


 ハク先輩が顔を上げると、体育館の中から運動部の掛け声が微かに聞こえた。


「体育館か……今はバレー部が使ってんじゃねーか?」


 バレー部と言えば僕が高校に上がってから初めて出来た友人、紀藤葵が所属してる部活だ。きっと、今日も先輩にしごかれながら楽しくやってるんだろう。


「部長」

「ふふ……将来有望そうね、お嬢さん」


 部長は肩を揺らして笑うと、やにわに力いっぱい体育館を指した。


「東妖高校は龍脈の強い場所なの。昔から怪異が多く目撃されていたらしいわ。つまりどこに行っても妖怪を目撃する可能性があるってこと!」


 無駄に大きな声で言い放った部長に、冥鬼は褒められたと勘違いしているのか嬉しそうに両手を広げている。

 僕は部長の代わりに、冥鬼の頭を撫でて彼女を褒めてやった。


「なら……オレはプールかにゃ……。あそこには変わった石碑があるし」


 ゴウ先輩がぽつんと呟く。

 そう言えば、前に小鳥遊先輩もそんなことを言っていたっけ。確かみんなで花壇の手入れをした時、椿の木の傍に置かれた石碑を見て小鳥遊先輩は言った。プールにも似たような石碑が置かれているのだと。


『噂では蛇の神様を祀ってるらしいけど……水神様か何かなのかも』


 そうそう、蛇の神様を祀ってるとも言ってたな。

 蛇は五百年生きると蛟になり、さらに五百年生きると竜になると言われている。竜なんて神話上の生き物だし、もはや神獣レベルだ。面白半分で調べていい相手じゃないけど……僕も気になる。


「カトリーヌもゴウにゃんのお供をしまーす! プールの後は校庭も見てまわりません? 花壇のお手入れもしないとですし!」


 小鳥遊先輩が元気に答える。さっそく、僕もゴウ先輩と小鳥遊先輩と一緒に行こうとしたのだが……冥鬼に袖を掴まれた。


「おにーちゃんはメイといっしょだよ!」

「あ、ああ……うん、わかったよ」


 有無を言わせないその無邪気な笑顔に、僕は少し迷ってから頷きを返す。

 まあ……いずれプール開きになれば嫌でもその石碑は見れるよな。本当は少し残念だけど、無理やり納得することにした。

 各々が自由行動を開始する中、不意に僕の袖を誰かが引っ張る。


「鬼道くん、ちょっといい? 冥鬼さんはここで待ってて」

「部長……?」


 僕を呼んだのは高千穂部長だ。

 部長が何だか楽しそうな顔で僕の腕を引っ張るものだから、僕は自然と冥鬼から引き離された。

 冥鬼は僕から離されてもへっちゃらなのか、というか小鳥遊先輩がいるおかげかもしれないが……ゴウ先輩と小鳥遊先輩の間に割り込んでキャッキャと楽しそうな笑い声を上げている。


「あなたには今から特別な任務を受けてもらいたいの」

「に、任務……?」


 何か今、部活動とは思えないくらい物騒な言葉が聞こえたな……。


「今から体育館の裏にあるあかずのトイレに行ってちょうだい。体育館の探索はその後よ」

「あ、あかずの、トイレ……?」


 僕がおそるおそる聞き返すと、部長はツインテールを揺らして頷く。


「今は使われてない体育館裏の和式トイレよ。もちろんただのトイレじゃないけどね。あかず、っていうくらいだから」


 部長がニヤリと笑うものだから、僕は思わず表情が引きつってしまった。

 女子高生の笑顔じゃないですよ、部長……。


「いわゆる洗礼よ。オカルト研究部に入部した以上、部長の命令には従ってもらいます。やるわね?」


 部長はきっぱりと言い放って、拒否権など与えないくせに僕からの返事を引き出そうとする。

 そんな威圧感たっぷりに言われたら、頷くしかないじゃないか……。


「あかずのトイレは体育館の裏に行けばすぐ分かるわ。あたしはカトリーヌたちと一緒にプールを調べてるから、あかずのトイレと……それから体育館の探索が終わったら来なさい」


 部長は言うだけ言って、ツインテールを靡かせながら立ち去った。

 その場に取り残された僕はしばらく彼女の後ろ姿を見つめていたのだが……やがてため息をついて部長が示した体育館へと向き直る。

 あかずのトイレって何だよ……。


「冥鬼、僕たちも行こうか……」


 冥鬼へと振り返って声をかけると……アイツは既に小鳥遊先輩たちから離れてハク先輩にベッタリしていた。

 というか……先輩二人はどこだ?


「カトちゃんとネコちゃんはねぇ、プールにいったの!」

「そ、そうか……」


 無邪気に答えて、ハク先輩と両手を繋いでいる冥鬼が笑いかける。


「楓くんとメイちゃんは体育館の探索だっけ?」


 冥鬼と手を繋いだままのハク先輩がまるで天使のように微笑みかけてくる。というか間違いなく現世に舞い降りた天使だと思う。

 正直、ハク先輩が来なかったら僕は今日の部活を休んでいた。前日の夜にゴウ先輩から『ハクも来るけどなー』なんて言われたら……来ないわけにいかないじゃないか。


「あ、えっと……」


 僕は照れくささで視線を揺らしながら、あかずのトイレに向かわなければならないことを告げた。

 彼女は少し首を傾げてから納得したように頷きを返してくれる。頭のリボンがまるでウサギの耳のようにかわいらしく揺れて、ハク先輩の可憐さを引き立たせる。


「なら私も一緒に行こうかな」

「え……でも……」


 ハク先輩が僕から冥鬼に視線を落とす。

 すると、冥鬼が嬉しそうに目をキラキラさせた。


「むしろ楓くん一人じゃ心配だもの。ね、メイちゃん」

「うん!」


 二対一で言い負かされた僕は、冥鬼と手を繋ぐハク先輩の後に続いて体育館へと向かったのだった。

 立ち寄った体育館の窓を覗くと、案の定バレー部が練習をしていて……きっとその中に葵も居るんだろうな。

 体育館の裏には伸び放題の雑草がそよ風で揺れていた。何本もの大きな木が影を作っていて、木々の間から陽の光が差し込んでいる。

 まさに小春日和って感じの陽気だ。こうして見ている分には不気味さはないし、むしろ清々しいくらいだ。


「トイレはこっちかしら。ちょっと歩くみたいね」


 ハク先輩はそう言って体育館横にある掃除用具入れを通り越して歩いていく。

 完全に体育館から離れ、学校の敷地内の一番隅へ向かうと、開いた本を被せたような山型の形状をした屋根の下に、小さな古びた木の扉が見えた。


「この辺りはね、昔は民家が並んでたんですって。学校を作る時、このトイレだけは壊されずに残されてたのかしら」

「おばけやしきみたーい!」


 ハク先輩の説明を聞きながら、冥鬼が楽しそうにぴょんぴょんと跳ねて僕の足に抱きついてくる。

 そんな冥鬼を抱きとめて話を聞いていた僕の目の前で、ハク先輩はゆっくりと木の扉に近づいて言った。


「レンちゃんが見てきて欲しいって言ったのはこれ?」

「みたいです……」


 部長はあかずの扉と言っていたが、こんなに古びた扉なら軽く蹴破ったら開きそうだぞ……。

 そんなことを考えていると、ハク先輩が少しわくわくした様子で扉に近づいた。


「ね、私……開けてみてもいい?」

「え、ええ……」


 まあ、このトイレ周辺からは何の妖気も感じないし妖怪の類は出てこないだろう。

 しかもこんな朝早くから──。


「きゃ!?」


 突然聞こえたハク先輩の小さな悲鳴が、僕を現実に引き戻す。

 しっかり閉まっていたはずの扉に、僅かな隙間が開いていた。

 それだけならまだいい。

 扉の隙間から現れた白い手が、ハク先輩の腕を勢いよく掴んだんだ。

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