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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(思ひ染む 逆さ芙蓉の 鬼子母神編)

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【思ひ染む 逆さ芙蓉の 鬼子母神】4

簡単あらすじ

・江都、紅葉と共に関東へ戻った猿神は、再び狐輪教の本拠地へやって来た。しかしそこには猿神と江都以外誰もいない。ふたりは樹海を進んでいくが……?

「実を言うと、私もちょっぴり気を失っててね──あの子たちがどこにいるのか分からない」


 仙北屋(せんぼくや)江都(えと)は、前方を歩きながらそう語る。

 瘴気が濃いせいか──あるいは、この地に狐輪教の信者たちが集まっているせいだろう。様々な匂いが混ざっていて、その中から彼らの匂いだけを探すのは困難だ。

 別の場所に転移したのかもしれないし、あるいは既に本拠地に辿り着いている可能性もある。


常夜(とこよ)の王様含め、男連中は──自分の身を自分で守れる。けど……お嬢ちゃんのことは、正直かなり心配だわ」


 江都は、木の幹に手のひらを軽く押し当てて何かの術式を残していた。万が一、道に迷っても戻ってこられるように印を残しているのだと言う。

 体感温度は都内と比べるとずっと低いはずだが、まとわりつくような湿度が不快だった。

 猿神(さるがみ)は、シャツを掴んでバサバサとぬるい風を送り込みながら不快感を凌ぐ。


「大丈夫じゃない? ()()()()も憑いてるし」


 水の路に入る直前、少女が告げた文豪の幽霊の話を思い出しながら猿神が言った。

 陰陽師に近い匂いは感じたが、あの少女はどこから見ても一般人。そんな彼女に悪さをするどころか、何もせずに憑いている幽霊とやらは、よほどの変わり者だと思う。


「そうね。っていうか、あんた──」


 不意に、江都の声色が変わった。ため息と共に、猿神の手を軽くぺちんと叩く。


「あいたッ!?」

「女の子がそういうことしないの」


 突然手を叩かれて声を上げる猿神だが、怒りよりもまず、我が子をたしなめる母や姉のような江都の言葉を、心地よく感じてしまっている。

 怒る気も起きないので、せめてもの抵抗として舌を出してやった。


「ボクは(メス)じゃないし〜?」


 猿神は反省する様子もなく、それどころかわざとシャツを摘んで、バタバタと風を送り込む。そこに恥じらいなどない。


「ったく……ちょっとおいで」


 江都は肩を竦めて、ねじれた木の根に腰掛けると、猿神の腕を掴んで背を向かせる。


「ちょッ──何だよッ!」


 文句を言いながら無理やり振り返ろうとすると、しなやかな指がうなじに触れた。

 湿度のせいで普段よりもうねっているが、手入れの行き届いた白髪を、江都の手が優しくまとめあげる。

 かつて少女に褒められた、長い髪を。


「おねえ、ちゃん……」


 無意識にぽつりと、猿神の口から甘えるような呟きが漏れる。咄嗟に漏れてしまった言葉を慌てて飲み込むが、江都は気にしていない様子で器用に猿神の髪をふたつに分け、みつあみを作っていた。


「あんたの姉さんも、こうやって髪を結ってくれた?」


 穏やかな口調で問いかけられて、何だか照れくさくなる。猿神はおずおずと頷き、大人しくその場に腰を下ろして、遠い昔に想いを馳せた。


「お姉ちゃん──は、いつも……ボクにかわいいって言って、髪を結ってくれた」


 髪を柔く引っ張られる心地良さに、自然と猿神の口調も穏やかなものへ変わっていく。

 

「そのうち、お姉ちゃんだけじゃなくて……みんなが、ボクをカワイイって言ってくれて。(オス)の時はチカラも強いから、たくさんのメスにモテるようにもなったし」


 同性に言えば、自慢にしか聞こえないような台詞の数々。

 長い時間をかけて人間を観察し、人間になろうとしてきたからこそ、猿神は彼らの言う美醜を理解していた。

 女は見た目がかわいければ愛され、男は強ければ強いほど崇められる。


 姿形が美しくなければ、誰が(彼女)を愛すのだろう。


「……だからボクは、ホントのボクが嫌い」


 消え入りそうな声で言ったその言葉を、聞いて欲しい。けれど、聞こえていなければもっといい。


「本当のあんただってかわいいじゃない」


 髪を結びながら江都が言った。

 それは、大好きだった少女が、よく口にしていた言葉。長い年月が経ち、もう少女の顔すら朧気になってきたけれど。

 かつて、幼い白猿の体を抱き上げた少女は、花も恥じらうほどの笑みを浮かべて確かに言ったのだ。『かわいい』と。


「ボク、かわいい……かな?」


 猿神は、借りてきた猫のように縮こまって、遠慮がちに問いかける。江都が優しく笑って手鏡を見せた。

 鏡の中で、ゆるくお下げにされた白髪の少女が不安そうな表情を浮かべている。当然かわいいと思ったが、何だかそれ以上にくすぐったくて、視線を外してしまう。


「……?」


 ふと手鏡越しに、何かが江都の頭上にぶら下がっていることに気づいた。それは、異様に大きな体を持つ蛇。

 だらり、と垂れ下がったそれが黒い口を開けた瞬間──。


「ッ!」


 猿神の手が霊銃を手にするよりも速く、蛇が江都の首に噛み付く。

 発砲音と同時に、蛇の体が大きく揺れて地面に落下した。当たったわけではない。蛇が回避行動を取ったのだ。

 続けて発砲するが、既に蛇の姿は見えなかった。どうやら、逃げられてしまったらしい。


「は……私としたことが……」


 江都は首を押さえてその場に膝をついた。首筋から血は出ているが、大した量ではない。それなのに、江都の顔色はみるみるうちに青ざめていく。


「この、神経毒は……30分……持てばいい方だ……」

「は!? 30分って──」


 猿神が動揺する間もなく、土の中から何かが飛び出してきた。


「今度は蜘蛛かよッ!」


 それは暗がりの中でもハッキリと分かる黄色い胴体に、長い脚を持った蜘蛛。

 猿神は、即座に霊銃で蜘蛛を撃ち殺す。今度は腹に命中して、あっけなく絶命した。


「揃いも揃って、猛毒の……禍蟲(まがむし)。こんなの、集められる奴……」


 江都の呼吸が浅くなっている。

 彼女の容態は気がかりだが、同時に嫌な予感がした。先程から、土中が不気味に蠢いている。足元に、おびただしい数の虫が潜んでいる気配だ。


(こんなところ、キモすぎて長居できないッ……)


 木の枝から、先程と同じ黄色い体の蜘蛛がぶらりと垂れ下がった。

 素早く、江都を守るように霊銃を向けた猿神は蜘蛛を撃ち落とし、続けて地面にも弾丸を撃ち込みながら敵の気配を探る。指で勢いよくシリンダーを回し、舌なめずりをした。


「来いよ。全部殺してやる」


 猿神の挑発を合図にして、間髪入れずに土中から飛び出してきたのは、先程の大きな蛇。発砲音にも怯まないどころか、体をS字にくねらせながら高速で近づいてくる。


「動くなッ!」


 赤い瞳が光った。

 猿神の十八番(オハコ)、金縛り。射程範囲内にいる生き物の動きを、強制的に止める力を持つ。それは人間だろうが虫だろうが関係ない。

 金縛りを受けて口を開けたままの蛇に、猿神が1発撃ち込んだ。


「この牛尾(うしお)日吉(ひよし)様に歯向かおうなんて、100年早いんだよ」


 地面の中には、もっと色々な虫が潜んでいるのだろう。金縛りの効かない厄介な生き物もいるかもしれない。

 猿神は、すぐに江都の元に戻った。彼女の容態は、明らかに悪化している。呼吸が短くなり、首筋が先程よりも腫れ上がって痛々しい。


「くそッ……」


 猿神は、躊躇うことなく江都の首筋に噛み付いた。少しでも毒を吸い出そうと試みるが、患部は酷く熱を持っている。応急処置よりも、一度元の世界に戻って病院に連れていくべきだ。


「そうだ、アイツなら……」


 焦る猿神の脳裏に過ぎったのは、豪鬼(ごうき)の存在。

 かつて、木霊坊(こだまぼうや)に手酷くやられた猿神の体を、豪鬼は常夜の力を使って癒した。彼を探すことができれば、江都の体に回った毒を消せるかもしれない。


「いい……から。置いて、行って……。私、は、もう……」

「うるさいな、黙れよッ!」


 自嘲気味に笑って弱音を吐く江都を、猿神が無理やり黙らせる。

 狐輪教(こりんきょう)の本拠地から脱出する時、江都は言っていた。助けたい女の子がいること。その子を、必ず迎えに行くのだと。

 それを聞いた時、猿神は『死亡フラグ』だと言って笑った。


「マジで死亡フラグ回収すんなッ! 生きたいならッ、ボクみたいに……みっともなく足掻けよッ!」


 彼女はまだ生きていたいはずだ。自分のように。

 僅かでも生きられる可能性があるのなら、猿神はいつだって、命懸けでそれにしがみついてきた。例え、人間に跪いて生き恥を晒すことになったとしても。


『生きて』


 それが、かつて自分が救えなかった少女との約束。最期に貰った呪いだから。

 猿神は、江都の体を抱き上げようと手を伸ばした。


「ずいぶん手懐けたな」


 木々の揺れる音に混じって、不気味な男の声が響く。

 暗がりの樹海に、ぼんやりと和装の男が浮かび上がっているのが見えた。赤と鳶色のオッドアイは、誰かに似ている。


「やっぱ、り……あんた……ね」


 江都が腕の中で蚊の鳴くような声を上げた。くく、と年老いた男が低く笑う。


「良いザマだ。仙北屋(せんぼくや)江都(えと)


 その声には聞き覚えがある。猿神が棺の中に閉じ込められていた時、尾崎(おさき)狐白(こはく)が通話していた相手──。

 考えるよりも先に、霊銃が大きな発砲音を立てた。それは、男の身代わりのように飛び出してきたスズメバチに命中する。


「チッ……退けよ。ボクは陰陽師の中でも、特に鬼道が大嫌いなんだ」


 苛立つように呟いた少女の指が、霊銃のシリンダーを勢いよく回した。

 次に弾が装填されるまで、あと0.3秒──。

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