【夏帽子 君の横顔 閉ざす窓】8
簡単あらすじ
・暴走族の総長という異色の経歴を持つ粟島宿儺は、夏祭りの最中に暴走族による暴動に巻き込まれる。その中心にいたのは、かつてのチームメイトであり、怪異に支配された親友のタイガだった。
・激しい抗争の末に、邪を祓う粟島の酒を使ってタイガを倒すことに成功する。
・重傷を負った宿儺たちは、御花畑王牙の案内でとある病院へ案内されることになったが……?
「お茶、嫌い」
「奢ってもらっといてわがまま言ってんじゃねェよ!」
コンビニを背にして、水分補給を終えたばかりの兄弟がバイクへ向かっている。
その後ろに続きながら、粟島宿儺はスマートフォンを確認した。
「……」
両親は、そろそろ自宅に着いた頃だろうか。そんなことを思いながらRAIINのメッセージを送ったのが、コンビニで何を買うか決めあぐねていた時だ。しかし両親からの反応はない。普段、母よりも早い父の既読すらついていなかった。
警察署での一件が、宿儺の脳裏に過ぎる。突然狂い出した人たちが、今もどこかで無差別に人々を襲っているかもしれない。もしも、その中に両親がいたら……。
(ありえねーから)
宿儺は、嫌な想像を振り払うように『家に着いたら連絡して』と送信した。
きっと、帰ってきたばかりで慌ただしくしているだけだ。そう信じながらスライドした指が止まる。
琴三によって圏外にされていたスマートフォンが、海斗からの未読のメッセージを受け取ったようだ。
『宿儺くん、たこ焼き食べた?』
『わたあめの袋、神絵師の無断使用だったよ!』
『今どこ?』
『宿儺くん宿儺くーん』
『会いたいよ』
騒動続きでゆっくり見られなかったそのメッセージは、祭りの最中に海斗が送ったものだ。彼は今病院にいて、返事を送っても返ってこない。そんなことは分かっている。
それでも……。
『海斗、来年も』
自然と指が動いていた。
来年も、一緒に祭りに行きたい。屋台を巡って、一方的に話す海斗に相槌を打って──それから……。
(……都合良すぎんだろ)
宿儺は自嘲気味に唇を噛んだ。海斗を危険な目に遭わせた自分に、そんなことを言う資格などないのに。
「イヴ、そろそろ出発しよーぜ!」
「うおおッ!?」
突然、ヒースが視界に入ってきたため、宿儺は思いのほか大きな声を上げて画面を隠そうとした。その弾みで、指が送信ボタンに触れてしまう。
「うわあぁッ! ごめんッ! な、何かタイミング悪かった!? オレのせいだよなッ!?」
スマートフォンを見つめたまま青ざめる宿儺を見てただ事ではないと感じたのか、ヒースがあたふたしながら両手を合わせて謝罪した。
そこに遅れて近づいてきたのは、御花畑王牙だ。
「騒がしいぞ」
「す、すんませぇん……」
窘められて萎縮したヒースに、王牙は手に持ったカフェインたっぷりのエナジードリンクを飲みながら続けた。
「そろそろ出発するが……本当に車に乗らなくて大丈夫か? バイクは後からでも回収できるだろう」
王牙の視線は、バイクに跨ったタルに向けられている。先の抗争で酷い怪我を負ったが、本人は涼しい顔でペットボトルのお茶を飲んでいた。
「オレが叱っても聞かなかったんで無理っすよ〜。アイツ、めちゃくちゃ頑固なんで……」
ヒースは肩を竦めて王牙と視線を交わすと、宿儺にもう一度手を合わせてから自分のバイクへ戻っていく。
ほどなくしてエンジンをふかし始めた2台のバイクは、パトカーの後に続いてコンビニの駐車場を離れた。
「我々も行くぞ」
送信取り消しの方法を必死に探している宿儺の背中を、王牙が少し迷ってから軽く叩く。
「ご両親への説明には少し時間がかかったようだが……搬送の手配は済んでいる。あまり気に病むな」
宿儺の心中を知ってか知らずか、王牙はそれだけ言ってパトカーへ向かうのだった。
都内でもそれなりに大きな規模の医療施設である小森大学病院。院内はずいぶんと物々しい雰囲気で、看護師が駆け回っている。夜遅くだというのに、搬送される患者が後を絶たない。
警察の誘導でやってきた宿儺たちもまた、病院で手当を受けるレベルの大怪我を負っている。
「そこの君、動かないでー!」
病院に着くや否や、看護師たちが担架を運びながらタル目掛けて駆け寄ってきた。抵抗する間もなく、その場で担架に乗せられる。
「君は家族? 一緒に来て」
「お……オレO型なんでッ、輸血ならいくらでも抜いてください!」
ヒースは慌てたように答えると、すぐにタルに付き添って病室へと向かった。
「……オレにも、手伝えることないすか?」
宿儺が尋ねる。王牙は、少し考えるように眼鏡のブリッジに指を添えた。
「今は──いや、少し休め」
王牙の視線が、何かに気づいたように泳ぐ。彼の視線を辿ると、看護師が足早に近づいてくるところだ。
「すぐに戻る」
宿儺をその場に残して、王牙が看護師の元に向かう。2人は何やら話し込んだ後、すぐに宿儺の視界から遠ざかっていった。
手持ち無沙汰になった宿儺は、邪魔にならないように廊下の端に避けて壁にもたれ掛かる。
「……」
その時、ふとスマートフォンのバイブが鳴った。
もしかしたら両親かもしれない。
すぐにRAIINを立ち上げると、見慣れない初期アイコンがそこにあった。
『よォ』
『アイツらの具合どう?』
初期アイコンの人物は、続けてメッセージを送り付けてくる。
宿儺は、少し考えてから『病室に行った』と送った。
『今どこ?』
相手は宿儺の返事には答えず、立て続けにメッセージを送ってくる。
あれほどのことをしておいて、平然と話しかけてくるとは何とも彼らしい。
『東京の小森病院』
返事はない。宿儺は続けて文字を打った。
『外、結構ヤバいことになってる。お前もこっち来るか?』
やはり、返事はない。勝手な奴なのは昔からだ。誰よりも知っていたからこそ、彼がしたことを──タイガのことを許せない。
『怒ってんの?』
返事が来た。
『怒ってる』
宿儺はそう送ってから手を止めた。タイガには、言いたいことがたくさんある。海斗を巻き込み、仲間を傷つけたことへの怒り。そして……。
『オレは怒ってないけど』
それは、何ともタイガらしい返事。宿儺は毒気の抜かれたような顔でため息をついた。
『そうかよ』
軽く呆れてしまって、そのままスマートフォンを仕舞おうとした時、再び着信が届く。
『大好きだぞ!!!!』
それは、これまでの文面とは正反対の、タイガらしからぬ言葉。
『タイガのこと、嫌いにならないで』
恐らく打っているのは弥生だ。宿儺は困ったように笑う。
『嫌いになんかなれねーよ』
彼は、大切な仲間たちを傷つけた。許せないことには変わりない。
けれど、心の底から嫌いになれないのだ。
『だる』
照れ隠しなのか、そっけない返事が届く。
ひとまず、弥生の傍にタイガがいるなら安心だ。
『ふたりとも、気をつけろよ』
宿儺はそれだけ送って、スマートフォンを特攻服のポケットに仕舞う。
激しい喧嘩の後で体はボロボロだったが、やけに興奮してしまい完全に目が冴えている。
「すまん、待たせた」
タイミングよく、王牙が戻ってきた。
「君たちには、しばらくここにいてもらう。安全のためだ。それから……一番合戦」
王牙の呼び掛けに、リラックスした様子の一番合戦進が着替えの入ったビニールバッグを手にやってくる。
「突き当たりにシャワールームがあるんだけどさ、超気持ちいいよ〜! 俺も浴びてきたんだよね」
進は緊張感のない顔で笑うと、着替えを宿儺へ渡した。
窓から見える景色は暗く、外の様子は分からない。宿儺はビニール袋に入った着替えを手にシャワールームへと向かうのだった。




