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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(狐の輪 教え授けし鬼遊び編)

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【狐の輪 教え授けし 鬼遊び】17★

「ボクが一番乗り〜っと!」


 しっぽを揺らしながら、猿神(さるがみ)が水の輪を潜るようにして渦の中へ入っていく。その後に豪鬼(ごうき)八雲(やくも)が続き、最後に紅葉(くれは)が水の壁に手を触れた。

 紅葉は八重花(やえか)に何かを告げて、重そうに頭を揺らしながら彼らの後に続いていく。


香取(かとり)様、どうかお気をつけて……」


 八重花は、赤くつぶらな瞳を香取に向けた。それだけで、心配そうな表情が伝わってくる。


「ありがと、八重花さん。それから……さっきはごめんね、ビビって大きな声出しちゃって」


 八重花が、慌てて頭を左右に振った。なおも心配そうな八重花の顔を覗き込む。


「アタシ、もう平気だからさ。絶対ハクを助けてくるよ」


 八重花を元気づけるように──そして自分を鼓舞するために、香取はキッパリと言い放った。


「さてと──香取ちゃんは、おばさんと一緒に行こうか」


 自主的に最後に残った江都(えと)が、気さくに手を差し伸べる。香取はその手を取り、先に入った彼らに続いて足を踏み入れた。

 少し警戒したが、水で出来た«路»は体が沈むことも、濡れることもない。まるでエスカレーターのように、香取たちを前方へと送り出していく。


「名付けるなら、水纏(みずまとい)小径(こみち)──といったところでやんすねぇ……」


 筆を指でくるくると回しながら、千代之介(ちよのすけ)は瞼を伏せて言った。すっかりネタ出しも一段落して、気分が良いらしい。


「そこはドラーヘンファートとかにしてよ。龍神の道ってルビも振ってね」


 香取が千代之介を見ずに提案する。まるで、昔馴染みの友と話すような温度感で。


「あちきの世界観が壊れるでやんす〜……」

「は? ドイツ語かっこいいじゃん」


 回していた筆を止めて唇を尖らせる千代之介に、香取がすかさず突っ込む。

 不意に、傍にいた江都がくすくすと笑った。


「ごめんごめん。香取ちゃんってば、幽霊に憑かれてる割にずいぶん楽しそうだったからさ」


 江都はそう言って笑うと、香取に気を遣ったのか前方にいる猿神の元へ向かう。

 オタクトークを聞かれたような気持ちになって、香取はジト目で千代之介を睨んだ。


「アンタ、あんまり話しかけないでよ。絶対痛いオタクだと思われた」

「ええ〜? 今更でやんす……」


 千代之介は、飄々と毒づいて筆を走らせる。その顔は、謎を多く残して死んだ文豪、柳川千尋(やながわちひろ)の名に相応しいほど整っていて、死人とは思えないほど晴れやかだ。


 女性的な顔立ちに、上品な所作──。


 見れば見るほど、その横顔は先程の薙刀男、鬼道椋(きどうむく)に瓜二つだ。彼も、顔立ちの整った美しい男性だった。……状況が状況だけに、その美しさが不気味ではあったが。

 (かえで)が大人になったら、彼の面影を残した美青年になるのかもしれない。


(それにしたってさ……)


 彼らはあまりにも似すぎていると香取は思う。

 千代之介は、本当に鬼道椋と無関係なのだろうか?

 せめて先程もう少し踏み込んで聞いていたら、何か分かったかもしれない。しかし紅葉は、語るそぶりすら見せずに香取たちの遥か前方で背を向けている。


「アンタさ──アタシと会う前はどこにいたの?」


 陰陽師たちの後ろ姿を見ながら香取が尋ねると、ケロッとした答えが返ってきた。


「それがですねェ……本の中で寝てたことしか思い出せなくて。そりゃ〜もうぐっすりすやすやでやんすよ」


 千代之介は、両手を重ねて眠るようなジェスチャーをしながら無邪気に答えた。嘘は言っていないようだが、自分のことなのにずいぶん楽観的だ。


「確かにあちきはこの世に未練がありますし、叶うならもう一度怪異を見たい! と思ったでありんすが……化けて皆様に迷惑をかけようと思ったことはございやせん」


 千代之介はそう言いながら、両手を幽霊のようにぶらりと下げて見せる。

 既に迷惑を被っているぞ、と呆れる香取だったが──。


 不意に何かを思い出したのか、千代之介は『そういえば』と続けた。


「あちきが寝てる間、()()()()()()()()()()ような……?」


 千代之介の視線が、香取のハンドバッグに注がれる。その中には、千代之介が書いた直筆の本があった。

 著者、柳川千尋と書かれた初版本。大切に読まれてきたのか、保存状態がとてもいい。


(千代之介(コイツ)自体に害はない……と思う)


 さすがに、これだけ一緒にいるのだ。嫌でも千代之介の人柄は分かってきた。

 けれど、何だか釈然としない。

 香取はぼんやりと考えながら、変わらない景色の中で目を伏せていく。ゆるやかな水の流れに、身を任せるように。


「そろそろ着くみたいでやんすよ、香取センセ」


 千代之介は、ふわふわと体を漂わせながら、さりげなく香取の後ろに隠れるように近づいてくる。


「何してんの、アンタ?」


 突然背後に回り込まれて、香取が怪訝そうな眼差しを送った。

 赤い瞳に睨まれた千代之介は、庇護欲をそそる乙女のような表情を浮かべる。


挿絵(By みてみん)


「いきなりあの辻斬りが出たら怖いんで、香取センセに守ってもらおうかと……」

「紅葉さーん、やっぱコイツ祓って」


 香取がふざけて前方の紅葉に声をかけると、千代之介は慌てて香取から離れた。

 ほんのひとときの、和やかな空気が水の中を漂う。


 間もなく辿り着くのは、水の路の終着。

 友達を救うため──。

 計画を阻止するため──。

 身内の不始末を正すため──。

 運命に翻弄される少女を守るため──。


 香取の知らない様々な因縁と思惑が、ゆっくりと、流れるように集まっていく。

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