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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(狐の輪 教え授けし鬼遊び編)

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【狐の輪 教え授けし 鬼遊び】16★

 香取(かとり)の決意表明にも関わらず、幽霊からの返事はない。

 彼はすぐ近くにいるはずなのに。いつだって好き勝手に喋ってきたくせに、こんな時だけ、ずるいくらいに黙ってる。

 今更、怖がって逃げたのか?

 いや──そんなことは許さない。


「アンタのせいで、アタシがどれだけ危険な目に遭ったか分かってんの?」


 突然、虚空に向けて話し始めた香取を、猿神(さるがみ)江都(えと)たちはどう感じただろう。しかし、周りを気にしている余裕などない。

 ここまで自分を巻き込んだ、憎らしい幽霊から返事がないのだから。


「いい加減……聞いてるなら返事しろって言ってんの! この性悪糸目男ッ!!」


 香取は、恨み言たっぷり頭上にぶちまけた。その声に呼応するように、赤毛の幽霊はうっすらと姿を見せる。

 激動の時代を生きた文豪にして、香取にとっては厄介な幽霊──柳川千代之介(やながわちよのすけ)

 あれだけ怒鳴ってやったというのに、香取の声が聞こえていないのか、ぶつぶつと呟きながら何やら本に筆を走らせている。


常夜(とこよ)の王、青い炎、9つの心臓、鬼道(きどう)家の陰陽師による裏切り……あの白髪の少女は妖怪か? いや、それよりも……謎の組織、狐輪教(こりんきょう)の恐ろしい企みに常夜香果(トコヨノコノミ)の存在まで現実味を帯びてきたッ──ああ、これじゃ筆が追いつきゃしないッ!」


 髪をぐしゃぐしゃとかき乱した千代之介は、突然叫ぶなり空中で大の字に倒れ込んだ。開きっぱなしの本には、彼にしか読めないであろう達筆のメモが綴られている。おそらくネタ帳なのだろう。


「アンタ……話聞いてた?」


 怒る気力もなく、香取が尋ねる。千代之介は弾かれたように上体を起こした。


「もちろん聞いてましたとも! これから神和樹海(かむなぎじゅかい)に行くんでやんしょ? 何故ならば、そこに狐輪教の本拠地があるから──でやんす♡」


 千代之介は、そう言ってニヤリと笑った。相変わらず胡散臭い糸目が弧を描く。


「で、出発はいつです? あちきはいつでも構わないんで、行きましょ行きましょ!」


 どうやら、彼は本当に香取の悪態が聞こえていなかったらしい。

 つくづく、高千穂(たかちほ)レンのような奴だ。香取は、急にどっと疲労を感じて項垂れた。


「ねぇ、誰と話してんのぉ? 空想の友達?」


 気づくと、怪訝そうな顔を隠そうともしない猿神が様子を窺っている。


「あ……まあ、なんて言うか」


 頭上の千代之介から視線を逸らして誤魔化そうと、香取が苦笑する。というのも、猿神はもちろん、江都や八雲(やくも)にも、千代之介の姿が見えていないようなのだ。

 時間も限られているため、香取は自分に幽霊が憑いていることをかいつまんで説明した。


柳川千尋(やながわちひろ)……ねえ?」


 江都は顎に手を当てて何もない空間を不思議そうに眺めている。当然というべきか、千代之介と視線は合っていない。

 しかし、紅葉(くれは)だけは違っていた。しっかりと千代之介の姿を捉えているかのように、虚空を見上げていたのだ。


挿絵(By みてみん)

「あら?」


 明確な視線を感じて、千代之介が首を傾げる。

 しかし、紅葉はすぐに視線を外してしまう。その一連の動作が気になり、香取は遠慮がちに声をかけた。


「コイツが見えるの?」

「……だりぃ」


 紅葉はバターサンドを袂に入れながら、彼らしい言い方で答える。

 袖から引き抜いた指先からは、白い炎が揺らめいていた。


「菓子の礼だ。うぜぇなら祓っとくぜ」


 その言葉を聞くなり、千代之介は大慌てで香取の後ろに逃げ込む。

 香取は背後の千代之介を気にしながら苦笑した。


「考えとくよ」

「……そォかい」


 その返事に、紅葉は長い前髪の間から落窪んだ赤い瞳を覗かせて不気味に笑う。

 どうやら、千代之介の姿は一般人だけでなく、妖怪や()()の陰陽師にも見えていないらしい。

 少し妙な話だ、と香取は思った。姫野椿(ひめのつばき)には千代之介の姿が見えたし、何より霊力のない自分にも、彼と会話ができるのだから。


「皆様、大変お待たせいたしました……«路»が完成いたしました」


 テーブルの上で鎮座したままの八重花(やえか)が言った。壁には水で出来たリングが出現し、その先はまるで渦のようにうねっている。

 いよいよ、鬼道家を離れて神和樹海へ向かう時だ──。

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