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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(狐の輪 教え授けし鬼遊び編)

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【狐の輪 教え授けし 鬼遊び】15★

 彼女は、友人たちが大変な目に遭っていることなど知らず日常を送っていた。

 もちろん、普通に生きていれば、日常の裏で蠢く怪異のことなど知る由もない。


 けれど……。


(今更、アタシがついて行く意味なんてある?)


 ハロウィンの時、友を守れなかった失態を思い起こすたび、胸が強く締め付けられる。

 情けなさで歪む表情を隠すように、顔を背けることしかできなかった。


「小さい頃は、さ……何でも、それなりに出来たんだ。でも……」


 ぽつりと、香取(かとり)が呟く。

 小さい頃は妖怪の気配も分かったし、父には見えないものが見えた。実はものすごい才能を持っているのかもしれないと勘違いしていた幼い日。


 特別な子供。

 ──そう、思い込んでいた。


『香取ちゃんのお母さんは、すごい人なんだよ』


 懐かしむように呟いた父の横顔は、ひどく寂しそうに見えた。

 そんな父の喜ぶ顔が見たくて、母との繋がりを求めて掴んだ夢。

 その夢はいつの間にか、大人たちに消費されるキャラクターとなった。

 妖怪が祓えるカリスマモデル──そんな肩書きで、芸能界に降り立ったのだから。


 いくら知識を蓄えてそれらしく振舞ってみても、彼女は本物にはなれない。

 父の記憶の中の母に縋る自分のことも、父と自分を捨てた母のことも、やりたかったことすら、だんだん分からなくなっていく。

 嫌いに、なっていく。


──アタシ……何になりたいの?


 完全に立ち止まってしまった時、香取はあの図書館で柳川千尋(やながわちひろ)を名乗る幽霊に出会った。

 彼との出会いで、知らない自分に会えることを、少し期待していたのだと思う。

 こんな、空っぽで嘘まみれな自分にも、何かができるのかもしれないと思えたから。


「アタシなんかが、ついて行ってもいいの……?」


 そこに、自信に満ちたカリスマモデルの姿は無かった。ただ、特別な力のない一般人として、ひとりの傍観者として、彼らと一緒に行きたい。

 そう願うのは、わがままだろうか。


「何かさぁ〜、香取ちゃんって……」


 黙って話を聞いていた猿神(さるがみ)が、ウェーブがかった白髪を揺らしながら、香取の表情を窺った。


(かえで)サンみたいで、めんどくさいとこあるね」


 そう言った猿神は赤い瞳を細めて、いたずらっ子のようにニヤリと笑うと──。


「でも好きだヨ、そういう子!」


 細腕を伸ばして、遠慮なく香取の首筋に抱きついてきた。視界の端で、毛量たっぷりのしっぽが左右に揺れている。


「ちょ、何……!?」


 抱きしめられたまま目を白黒させていた香取だったが……。


「確かに似ているな」


 それまで黙っていた八雲(やくも)が、ふと落ち着いた声で言った。

 いつの間に、血に汚れた服を交換してきたのだろう。彼の格好は、白い半袖のリネンシャツとネイビーのスラックスに変わっている。


「誰かを救おうとして行動に移せるのは……妖怪を祓うこと以上に難しいことだ」


 八雲はそう言って、猿神に抱きつかれている香取を見ると……少しだけ遠くを見るように言った。


「君は、俺を助けた」

「あ、アタシは全然……」


 助けるどころか何も出来なかった。ほんの数刻前のことを思い出して、顔から火が出そうになってしまう。

 そんな香取を見て、八雲が続けた。


「そういうところも、あの子に似ている」


 ほんのわずかに、八雲の口角が上がっている。

 この人、笑うんだ……と香取は内心思った。それと同時に、嬉しいような、照れくさい気持ちになる。


「あんたも何か言ってやったら?」

「……うぜぇ。さっさと«路»とやらを作れ、蛇」


 紅葉(くれは)は、からかう江都(えと)を無視して、テーブルの上の八重花を見た。

 八重花(やえか)は慌てて頭をペコペコと上下させると、壁に向かって何やら念じ始める。


 いよいよ、敵の本拠地へと向かう自覚が芽生えて、香取の表情が強ばった。


「怖がらなくても大丈夫だよ。こっちにゃ鬼道(きどう)家の天才と古御門(こみかど)家の殺し屋がいるんだから」


 香取の緊張を和らげるように、江都が気さくに声をかけてきた。

 香取はこの短時間で、少なからず江都のことを好意的に感じている。それは、彼女の堂々とした佇まいが、香取の理想とする女性の姿に近かったからだ。


「ボクもいるんだけど〜ッ?」


 不意に、不満そうな少女の声が耳に入った。褐色の肌に白い髪と、長く伸びたしっぽを持つ妖、猿神だ。この中では明らかに異質な存在だが、話してみると思っていたほど悪い印象はない。

 彼女は、姉に甘える妹──あるいは恋人のような距離感で腕を絡ませ、香取に甘えてくる。


「ボクは陰陽師なんかより、ずーっと頼りになるよぉ?」


 ケケ、といたずらっぽく笑って猿神が片目を伏せた。もしも彼女が男だったら、躊躇いなく塩をまいていただろう。


(──さて)


 香取はおもむろに振り返ると、誰もいない空間を睨むように見つめる。


挿絵(By みてみん)


「アタシ、行くから。アンタもついて来たいなら勝手にしたら?」


 それは、香取なりの宣誓。

 これまでずっと、彼の筋書き通りに動いてきた。誰かの都合に合わせて、誰かの夢に乗っかって、それっぽいキャラを演じてきた。


 それも今日で終わりだ。もう、誰かの筋書き通りには動かない。

 自分の足で、進んでやる。


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