【狐の輪 教え授けし 鬼遊び】11
「はあ……どうするー?」
呆れたように、ため息をついた江都が向けた視線の先には、畳の上で横になった紅葉がいる。紅葉は、先程から大の字で沈黙したまま。死んでいるのかと錯覚してしまうが、彼の胸は規則正しく上下していた。
「──」
長い沈黙を遮るように、紅葉が何かを言いかけた時、玄関からチャイムが響く。
このタイミングでの来訪者に、一同は自然と静まり返った。
「お嬢ちゃん、行ってこい」
「あ、アタシ!?」
突然口を開いた紅葉に指名されて、香取の背筋にヒヤリと冷たいものが流れる。
血まみれの八雲に客の対応などできるはずもなく、紅葉や江都が出ていくのは不自然だ。
(だからって……!)
どうしても先程の薙刀使いが脳裏に過ぎってしまい、香取は思わず身震いする。
「椋の気配じゃねえよ。いきなり刺し殺されることはねえから安心しな」
香取の心配を察したのか、ゆっくりと上体を起こした紅葉は、鼻で笑う。さりげなく菓子を独り占めしようとしていた猿神の手を木刀で叩き落として、バターサンドの包装を解いた。
「お嬢ちゃんに着いてってやりな」
「ぐぅ……」
叩かれた手をさすりながら、敵対心剥き出しで紅葉を睨んでいた猿神は、江都の命令に唇を尖らせる。
しかし、やがて小さなため息をついてから渋々体を起こした。白いしっぽが、彼女の後ろでゆらゆらと揺れている。
「怖がらなくてもいいよ。襲ってきたらボクが食べちゃうし。ケケッ」
その神秘的な美少女の外見とは裏腹に、猿神は不気味に笑った。
赤い瞳を細めて笑った彼女は、するりと香取の腕に絡みついてその背後に回る。
「でもヤバい相手だったら、お姉ちゃんがボクを守ってね♡」
猿神は、香取を先頭に歩かせるよう両肩に手を置いて、茶目っ気たっぷりに笑った。
「アタシは陰陽師じゃないっつーの……」
香取はため息混じりに毒づき、しぶしぶ廊下を進んでいく。
軋む廊下を緊張した様子で歩く香取の首筋に、猿神が顔を近づけた。
「そう? こんなにいい匂いなのに」
長い白髪を靡かせながら、猿神はいたずらに笑う。その言葉が文字通りの意味なのか、褒め言葉なのかは分からなかった。
こういう時に限って、姿すら見せない赤毛の幽霊を憎らしく思う。
──ピンポーン……
もう一度チャイムの音が響く。
香取は、その音に急かされるように歩を速めた。
「は……はーい──」
玄関に向けて返事をしてみるが、相手からの反応は無い。
すりガラス越しに見えるシルエットは、長身の薙刀男ではなかった。どちらかといえば、香取よりも背の低い少年のようだ。
そのシルエットに見覚えがあった香取は、急いで扉を開ける。
そこには──。
「にゃあ」
オカルト研究部の同胞であり、香取とも同年代の少年、鬼原ゴウが立っている。その肩で鳴いたのは、鬼道家で飼われている黒猫だった。
「……アンタ」
ふと、香取は小さな違和感を覚える。その違和感の正体──特別な力を持たない彼女にも、すぐ分かった。
この少年が、彼女のよく知る同級生ではないことを。
彼女は、すぐに知ることになる。




