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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(狐の輪 教え授けし鬼遊び編)

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【狐の輪 教え授けし 鬼遊び】6

 今日も、小鳥遊香取(たかなしかとり)は多忙な夏休みを過ごす。


 芸能活動を始めた当初は、陰陽師絡みの仕事ばかりだった。妖怪も祓えるカリスマ美人モデル、という肩書きでデビューした彼女自身に、霊力は無い。

 けれど最近は、香取本人を評価して、大手の化粧品会社や食品会社が仕事の依頼をしてくれるようになった。陰陽師としてではない、本当の香取を見てくれるようになってきたのだ。


「お疲れ様でーす」


 カメラマンやスタッフに頭を下げて控え室へ戻ろうとする香取を、男が呼び止める。


「キミさ〜、最近ますます輝いてるよね〜!」

「……どーも」


 香取はそっけなく答えた。普段よりも、ずっと温度の低い声。明らかに男への興味などない。


「映画とか興味ない? 実は超美味しい役が余っててェ──」


 男が気にする様子はなく、香取の進路を遮るように立ち塞がった。

 饒舌に語る男の肩に、背後からそっと手が置かれる。

 その手は、男には見えない。しかしその気配は感じることができるらしく、男は青い顔をして身震いした。


「お憑かれでーす」


 香取は男の横を通り過ぎながら苦笑する。

 そんな彼女の後ろからついてくるのは作家の幽霊だ。


「香取センセ、香取センセ! 今の、間合いバッチリだったでやんしょ?」

「まあね。やればできるじゃん」


 柳川千代之介(やながわちよのすけ)は、茶目っ気たっぷりに笑って香取を労うのだった。


 図書館で出会った幽霊は、あれから片時も香取の傍から離れない。


「今日は夏祭りか……」


 スタジオの壁に貼られたポスターに目を留めた香取の視線を追って、千代之介が不思議そうに首を傾げる。

 7月23日。レンが強制参加を言いつけた夏祭りの日だ。


「ははぁ、侍と修道女の言い伝えですか」


 千代之介が、自分の口元に指を当ててニヤリと笑った。その眼差しは、ポスターの隅に書かれた逸話に向けられている。


「何なの、ニヤニヤして」


 呆れたような声色を隠そうともせず、香取はバッグから折りたたみの日傘を取り出しながら尋ねた。


 かつて鬼ヶ島には、織部宗嗣(おりべむねつぐ)という若い侍が居たという。彼は、異国の修道女ノエルと出会った。彼女は日本で布教活動を続けていたが、幕府による取り締まりが厳しくなり、国外追放を命じられる。

 宗嗣は、彼女が罰せられるのを哀れみ、密かに脱走の手引きをした。しかし二人は追われ、廃寺に逃げ込んだという……。


「お寺に逃げ込んだ二人は心中し、二人が消えた場所にはローリエが咲いていて、その廃寺が月桂神社って呼ばれることになったと……」


 千代之介は物語をなぞるように言った。


「その悲恋が神隠し神社の元でやんすか? 誰が心中した二人を見てたんです? どうして神隠しが起きるんで?」

「アタシが知るわけないし、あっち行け」


 余計暑くなる、と思いながら香取はハンディファンを首筋に当てる。


「これはあちきの推測なんですがねェ」


 ふわりと香取の目の前に躍り出た千代之介が、妖艶に笑う。風もないのに、長い赤毛がふわりと揺れていた。

 進路を妨害されて歩みを止めた香取は、千代之介を赤い瞳で見つめる。


「どーぞ?」


 話の続きを促され、千代之介が嬉しそうに指を鳴らした。

 千代之介の《推測》は以下の通りだ。


 織部宗嗣は、廃寺でノエルを殺した。

 恐らく、初めから悲恋など存在しない。一方的な感情によって、何も知らないノエルは惨殺された。その死体の発覚を恐れた織部は、廃寺を月桂神社と名付けて、今日まで遺体を隠しているのだ。


「──で、殺された修道女が怨霊となって、毎年人を喰らっているでやんす」

「何食べてたら思いつくわけ? その残酷な発想。聞いて損した」


 香取は呆れてため息をつくと、千代之介を通り越してスタジオの出口へ向かう。

 所作や言動に騙されがちだが、千代之介の思考はレンと似ている。それは良い友人になれそうなほどに。


「香取センセ、どうしました? 何か怒ってません?」


 千代之介が、香取を追いかけてくる。つくづく、人の感情に鈍感な幽霊だ。


「ねえ──アンタの行きたいとこ行かない?」


 香取は腕時計を見て言った。現在の時刻は13時半。月桂神社の夏祭りは18時からだ。それまでに用事を済ませれば、レンの望み通り夏祭りに参加できるはず。

 千代之介は、鳶色の瞳を丸くしていたが、すぐに表情を明るくした。


「いいんです? 鬼道澄真(きどうとうま)の家に行っても!」

「鬼道澄真じゃなくて子孫ね」


 彼の当初の目的である、怪異を見て記したいという探究心。そして、鬼道家の子孫に会いたいという願い。


「や〜、楽しみだ! これで新作が出せるってもんですよ!」

「出したら成仏してよね」


 嬉しそうに思いを馳せている千代之介に苦笑しながら、香取はスタジオを出ようとした。

 その時──。


「カトちゃ〜ん! 18時から仕事入ったわよ!」

「は?」


 ニコニコ顔のマネージャーが声をかけてくる。ツカツカとヒールの音を響かせて近づいてきたその人物は、2m近くある高身長の大男。千代之介は『ぎゃっ』と声を上げて香取の背後に隠れた。


「それも何と、今話題の狐輪教についてガッツリ語るネット配信限定のトーク番組! 出るでしょッ? 出るって言ってぇ!」

「あ〜、えーっと……」


 苦笑気味に香取が視線を泳がせる。胸の前で手を組んでうるうると目を潤ませている千代之介が香取を見ていた。


「そ……それ、アタシじゃなきゃダメ? ほら、そういう仕事はタブーっつーか、減らしていく方向だったじゃ……」

「何言ってるの! カトちゃんが出なくてどうするのよん!」


 マネージャーは、興奮気味に身をくねらせながら言った。

 このマネージャー、強烈な見た目に反してオカルトや民俗学が大好きなのだ。レンと良い友人になれるだろう。


「お願いカトちゃん! 出て! 出て、出て! お願い〜!」

「わ、わかった。出る。出るからぁ……」


 押しに負けて香取が言うと、マネージャーは満面の笑顔を浮かべて香取に抱きついてきた。


「ありがと〜っ! さすがカトちゃん! 愛してるわ〜ッ♡」

「あ〜……はいはい」


 香取は呆れ顔で返事をしながら、今にも悪霊に転じそうな顔をしている千代之介に両手を合わせた。

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