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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(渦巻く檻と水中花編)

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【渦巻く檻と水中花】9

 視界いっぱいに広がる白い花と、自分を見つめる友の瞳。泣きながら名前を呼ぶ友の声が次第に遠くなり、やがて完全に聞こえなくなった時──海神美燈夜(わたつみのみとよ)は目を覚ました。


「ここは……」


 そこは、赤土がどこまでも広がる荒野の世界。

 天へと伸びる大樹からは幾千もの枝葉が広がり、根元には一面の彼岸花が炎のように揺れている。


 どれも、夢で見た景色と同じものだ。

 美燈夜(みとよ)はあの時、確かに自分の胸を鬼斬丸で突いた。刀が肉を裂いた時の感触も、しっかり両手に残っている。


「貴様は、ちゃんと死んだぜ」


 誰かの声がした。それは、美燈夜も何度か耳にしたことがある。

 花弁の形をした岩が幾重にも積み重なり、古の玉座のような輪郭を描いたそこに、一人の少女が膝を立てて座っていた。

 長く流れる髪は燃えるような緋色で、炎のように揺らめいている。


「オマエは──」

常夜(とこよ)の鬼王、冥鬼(めいき)


 美燈夜と同じ顔をした鬼王は、目が合うなり赤い瞳を細めてニヤリと笑う。


「冥鬼サマで良いぜ」


 その口振りや表情は以前見た時と変わらず、只者ではない雰囲気を纏っている。

 美燈夜は、鬼王から一定の距離を取りながら尋ねた。


「どこだ、ここは」


 そんな美燈夜を、からかうような眼差しで見つめた鬼王は、大樹を見上げるように空を仰ぐ。


「常夜の入口」


 その言葉に、美燈夜の顔色が変わった。それを確認した鬼王は、今度こそ子供のように笑う。


「──なんて言ったらどうする?」

「からかったな、鬼めッ!」


 美燈夜は思わず抜刀した。

 切っ先を向けられた冥鬼は、少しも動揺する様子を見せず、ただ余裕たっぷりに美燈夜を見つめている。


 美燈夜の脳裏には、いつだって常夜香果(とこよのこのみ)の存在がチラついていた。妖怪に取り憑かれた母を救うための果実。それを求めて、美燈夜は海に身を投げたのだから。

 しかし、常夜の王から告げられたのは常夜香果が存在しないという事実だ。


『常夜香果などという果実は存在しない』


 冷たく、そして強く、常夜の王は常夜香果の存在を否定した。


『そんなものは、人間が作った御伽噺だ』


 そう言って否定した王の子供が、今目の前で笑っている。


「常夜香果は、あるぜ」


 まるで美燈夜の心を読んだかのように、鬼王が言った。切っ先が小さく震え、目に見えて美燈夜の動揺を表している。

 鬼王は満足げに片眉を上げ、自分に向けられたその刃先に触れた。


「あの時、親父は嘘をついた。常夜香果の存在を知られるわけにはいかねェからな。何せ、常夜香果は母上の……」


 鬼王が何かを言いかけた刹那──不意に切っ先を指で弾かれる。


「ま、今はそんな話──貴様にゃ関係ねェか」


 鬼王は悪戯に笑って、ゆっくりと体を起こす。そして、玉座を時計回りに歩き始めた。


「貴様は母のために時を超え、友のために自分の腹を突き、自らの命を捨ててまでここに来た。それだけの覚悟があるって事だもんな」


 まるで値踏みでもするかのように、鬼王が横目で美燈夜を見ている。

 美燈夜は、鬼王に背を向けるように玉座を反時計回りに歩いた。


 過去を生きる者と、未来を生きる者。


 やがてその歩みが交わるのは必然。

 ふたりの少女は、玉座の前で向かい合うように立ち止まる。


「覚悟とは、何だ?」


 美燈夜が問いかけたその時、鬼王が手を差し伸べた。

 美燈夜は少し躊躇った後、おずおずと鬼王へと手を伸ばす。

 鬼王は、その手を重ね合わせるようにして握った。

 両手が触れ合った瞬間、美燈夜の心臓がどくんと跳ねる。それは温かく、けれどどこか哀しみを帯びた熱。


 まるで姉妹のように──鏡のように、生き写しの少女がふたり、祈るように手を重ねた。


「──」


 美燈夜の体を不思議な記憶が駆け抜けていく。それは、陰陽師の少年と共に戦っている誰かの記憶。

 冥鬼として生きてきた、ひとりの少女の記憶が、美燈夜と重なり合う。


 その少年は弱く、ひとりでは満足に妖怪も祓えない。周りの大人たちからは心無い言葉を浴びせられ、次第に自信を無くしていく彼を、助けることができなかった。

 けれど知っているのだ。彼が、本当はとても強い陰陽師だということを。


 失った自信を取り戻そうと足掻き、自らかけた呪いを懸命に断ち切ろうとするその姿が大好きだった。

 彼のためなら、自分の体が壊れてもいい。二度と鬼斬丸を握れなくなっても構わない。魂が傷ついても構わない。

 そう心から思えるほど、彼は彼女にとって唯一無二の光だったから。


(ああ、そうか……ようやく分かった)


 美燈夜が完全に鬼王を理解したように、彼女も美燈夜を理解していた。

 彼女こそが、魂の片割れ。鬼王の傷ついた魂を癒すための唯一無二の存在。


 どれほど長い間そうしていたのか、美燈夜は微睡みながら夢現の中で尋ねる。


(オマエは……(オレ)が、母上の元に帰る方法があると言った。一体、どうするつもりだ……)


 美燈夜が心の中で問いかける。鬼王は、伏せ目がちに笑ったようだった。

 鬼王の言葉が、美燈夜の頭の中へと入ってくる。


『肉体は死んだが、魂は死んじゃいない。貴様は海に身投げをした後すぐ、常夜の入口に辿り着いてんだ。覚えてねェだろうけど』


 美燈夜の脳裏に、海に身投げをした時の記憶がよみがえってきた。

 かつて、荒れ狂う渦潮の中に飛び込んだ瞬間、世界が闇に染まり、美燈夜の命は終わりを迎えた。

 その闇はほんの一瞬だったような気もするし、何十日も、何万日も、何億日も過ぎたような気さえする。


『常夜は、外部からの侵入を寄せ付けない造りになっててな、貴様は異物として弾かれて人の世界に落とされたんだよ』


 その言葉で、美燈夜はようやく腑に落ちた。初めて未来の世界にやってきた時の記憶が、脳裏によみがえる。

 海に飛び込んだ瞬間の記憶を引き継いで、粟島家で目覚めた時、全身がぐっしょりと濡れていたのを昨日のことのように思い出せた。


『貴様は、これから母の元に帰り、常夜香果を得る』


 鬼王は子守唄のような声色で言いながら、美燈夜の背中に腕を回す。

 それはまるで母のように優しい抱擁。だんだん瞼が落ちていき、美燈夜の意識は遠のいていく。


 母を救うために故郷を出た姫は、十万億土の旅をして、存在するかどうかも分からない常夜の国を目指した。


『行ってこい、十万億土の旅は──もうすぐ終わるぜ』


 強い光に目が眩んだ。

 その瞬間、意識が体から引き離されるような強い力を感じて、美燈夜は鬼の手をぎゅっと握りしめる。


 光の中──ふたりの少女は、ひとつの命のように溶け合っていった。

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