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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(渦巻く檻と水中花編)

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【渦巻く檻と水中花】6

 レンが兄から得た資料の中にあったのは、狐輪教(こりんきょう)──そして自由共生党(じゆうきょうせいとう)の暗部だった。集団ヒステリーを引き起こしている原因は、彼らの推進しているワクチンにある。

 ワクチンを接種した人間は、約半数が発狂。意味不明な言動や、突然人に襲いかかるといった異常行動を起こす──。

 これを不特定多数の場で公表すれば、狐輪教や、それを支援している自由共生党に大打撃となるだろう。


 レンは勝利を目前にして、完全に慢心していた。


(なに……? こいつ……)


 だが、レンの目の前に現れた少年は、全てを包み込むような、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

 ただひとつ、決定的な違和感──。その瞳の奥には、愛も、哀れみもなかった。

 まるで、人の姿をした機械と出会ってしまったような、そんな感覚。


阿來(あく)が、いつもお世話になっております」


 狐白(こはく)が丁寧に頭を下げる。だが、レンは何も答えない。言葉が出てこなかった。

 完全に圧倒されていたからだ。尾崎狐白(おさきこはく)という、異教の主を前にして。

 沈黙したまま固まっているレンを見て、狐白がほんの少しだけ首を傾げる。


高千穂(たかちほ)レンさん」

「──ッ!」


 声をかけられて、ようやくレンは我に返る。

 狐輪教の悪事を暴き、誘拐されたハクの居場所を聞き出すこと──それが当初の目的だったはずだ。こんなところで怖気づいてなんていられない。配信だって、既に始まっているのだから。


「──あなたたちは、何が目的なの?」


 震える声を隠すように、レンが普段よりも抑えた声色で問いかける。

 気を抜けば、呑まれてしまいそうになる狐白の異様な存在感を振り払うように、レンは素早く切り込んだ。


「戦前の、尾崎(おさき)家について調べたわ。あなたたちが盗んだ()()()のことも!」


 遠くで、さらさらと水の流れる音が聞こえる気がする。

──そういえば、この部屋には水槽があったはずだ。

 きっとその音だろう、と思いながら、レンは狐白を見据えた。


 狐白は、穏やかな表情で、レンの言葉を待っている。

 それはまるで、母の言葉を待つ幼子のように、じっとレンを見つめていた。

 魂が入っていないかのような琥珀色の瞳が、イタズラを咎められた子供のように見える。レンの良心が、チクリと痛むほどに。


(ここまで来て、怯む私じゃないのよ!)


 カメラが動いていることを意識しながら、レンは続けて口を開いた。


「戦前、古御門(こみかど)家と尾崎(おさき)家は、今じゃ信じられないくらい良好な関係だったんですってね。でも、その関係は、尾崎家が古御門家の御神体を盗んでから()()()


 狐白は黙ったままレンの話を聞いている。それが幸いして、レンは調子を取り戻した。


「その御神体にどんな力があるのか、私は知らないわ! だけどあなたたちは、それを信じさせて……人の心を弄び、支配しようとしている! そうよね!」


 しん、と室内が静まり返る。水の流れる音だけが二人の間を流れていた。

 やがて長い沈黙の後、狐白が噴き出すように笑う。


「何がおかしいのよ!」


 レンが声を荒らげて問いかける。狐白は、そんな怒りすら受け止めるように、ゆっくりと首を傾げた。


「私は、支配などしません。ただ、()()()()()()と願うだけ。«家族»の皆さんとも、あなたとも──」


 狐白が微笑んだ。その笑みは儚く、慈愛をたたえているが、琥珀色の瞳は恐ろしいほど空虚だった。


 ずる……クチャクチャ……ずるる……。


 何かを引きずるような音が、部屋の奥から聞こえた。

 そして、湿った足音と共に──女が、顔を覗かせる。


 それは、異様な光景だった。


 妙齢の女性。

 真っ赤に染まった口元から、欲張って詰め込みすぎた生肉を溢れさせている。

 その目はギラつき、獲物を待ち構える水生生物のようだった。


悪樓(あくる)、お行儀が悪いですよ」


 狐白が、やんわりとたしなめる。まるで幼い子供を叱るように。

 悪樓と呼ばれた女は、ひたひたと近づいてくる。

 さらさらと水の流れる音が、耳の奥で反響した。


()()()()()わよ……こんなの!)


 蛇に睨まれたカエルのように、体が動かない。

 悪樓はニタリと笑って、大きく裂けた口の端から、糸を引くように唾液を垂らす。


──それは、日常に退屈した少女が長年待ち焦がれていた«怪異»そのものだった。

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