【魂喰蝶】7
「それでは、新入部員の加入と今後のオカルト研究部の発展を願って──」
「かんぱーい!」
部長の高らかな宣言と共に、僕達オカルト研究部一同はジュースを持ったグラスを掲げる。
煌びやかな部屋に招かれた僕達は、目の前で次々と運ばれてくる料理に圧倒されていた。
「ふええ……これ、ぜんぶたべていいの?」
僕の隣で幼い冥鬼が目をキラキラさせながら問いかけてくる。
魂喰蝶との戦いを終えてすぐ、その姿を維持することはできなくなった冥鬼は幼い姿へと戻ってしまっていた。
それとほぼ同じくらいに目覚めたハク先輩は、部屋に居る僕の姿を見てキョトンとしていたけれど、魂喰蝶が倒されたことを知ると安心したように胸を撫で下ろしていた。
部長はと言えば……魂喰蝶に魂を抜かれていた間のことを覚えておらず、標本の中の蝶が消えたと散々文句を言っていたが、ハク先輩とゴウ先輩になだめられると諦めたように歓迎会の続行を宣言した。
「あなたたちにあの蝶を見せられなかったのが本当に心残りだわ」
「まだ言ってんのかよ、馬鹿千穂」
紅茶を飲みながら部長がふてくされたようにため息をつく。
そんな部長に呆れた視線を送ったのはゴウ先輩だ。
僕はスープを飲みながら先輩たちの会話に口を挟む。
「でもその蝶って僕が席を外している間に逃げちゃったんですよね」
「あれは標本よ? 死んでる蝶が逃げるわけないじゃない。きっとどこかに落としたのよ……早く見つけ出さないと」
苦笑気味に問いかける僕に、部長は唇を尖らせて空っぽの標本を僕達に見せて言った。
現在、部長の部屋は使用人でごった返しているところだろう。何せ蝶が居ないと知った時の部長の剣幕といったらただ事じゃなかったからな。何がなんでも蝶を見つけなさい、見つけられなかったらあなたたち全員クビよ! なんて言ってたし。
「この中にはね、魂を食べる蝶が居たの。少なくとも、あたしはそう言われてこれを買ったのよ」
「買った……?」
僕の呟きに、ハク先輩が声をひそめて教えてくれる。
「レンちゃんはね、しょっちゅうこういう物を買っては私たちに見せてくれるの」
「蝶の標本なんかに何十万も払うとか無駄遣いにもほどがあるだろ……」
ゴウ先輩がため息まじりにボヤく。
思わず、何十万!? と問いかけそうになった僕の口に、ゴウ先輩が皿の上のマスカットを一粒放り込んだ。
「む、むぐ……」
こ、これは……皮まで食べられる大粒のマスカットだ。薄皮の中にマスカットが詰まっていて、とてもおいしい。
冥鬼も欲しがるものだから、僕はゴウ先輩に断りを入れて小皿にマスカットを分けてもらった。
「古御門家に縁のある陰陽師が、直々にこれを買ってくれって頼み込んできたの。最近捕まえたばかりだって言ってね」
「古御門家に縁のある陰陽師……?」
冥鬼にマスカットを食べさせながら、部長の話に耳を傾ける。
「高千穂家はテレビ関係者はもちろん、陰陽師にだって知り合いは多いのよ。古御門泰親はネッ友だもの」
……古御門先生がネッ友。高千穂家って一体……。
苦笑する僕の横からハク先輩が首を傾げて部長に話しかける。
「えっと……古御門、ってこの前テレビに出てたおじいさん? クロウとお話してた……」
「なんだよ、そのクロウって」
頬をマスカットでリスみたいに膨らませたゴウ先輩が目を丸くする。
「ネコちゃん、くろうのおねーちゃんをしらないのぉ?」
話についていけないゴウ先輩をからかうように冥鬼が笑う。ゴウ先輩はちょっとだけ引き気味に冥鬼を見つめた。
「し、知らねえよ……何だ、お笑い芸人か?」
「すーぱーもでるさんだもーん!」
冥鬼はオムライスを頬張りながら笑った。
彼女はあれから、何かとクロウ……小鳥遊先輩と電話でお喋りをしているらしい。年の離れた同性の友達ができたようで、僕としても安心しているところだ。
「ゴウくんはあんまりテレビを見ないの……だから芸能人に疎くて」
ハク先輩が苦笑気味にフォローを入れると、ゴウ先輩は唇を尖らせてそっぽを向いた。
「それで? 何でテレビでモデルと陰陽師が話してたんだ」
「クロウが陰陽師だからですよ」
「お、お前も知ってんのかよ!?」
ゴウ先輩はちょっと半泣きで僕を睨むと、自分だけがしらない話題にますます不機嫌そうな顔をしている。まるで小さい子供みたいだな……。いや、ゴウ先輩は小さいけど。
「う……オレだけ知らにゃい……」
むくれているゴウ先輩をよそに、不意に部長が僕に声をかけた。
「新入部員である鬼道くんから見て……クロウをどう思った?」
何故か部長は意味ありげな眼差しで僕を見つめている。
どう、って言われてもな……。
返事に困って引きつった笑いを浮かべた僕は、ぎこちなく視線を逸らしてしまう。
「か、かっこいいと……思いました、よ」
「──そう」
何となく視線を感じて顔を上げると、部長と目が合う。と言うより、部長はずっと僕を見ていたようだ……。
部長は嬉しそうに笑うと、シェフを呼びつけて大皿のローストチキンを運ばせた。
「もっと食べなさい。今日の主役は新入部員のあなたでもあるんだからね!」
部長の命令で、ローストチキンの乗った大皿が僕の目の前に置かれる。
「いや、さすがにこの量は……!」
慌ててかぶりを振って訴えようとするけど、僕は思わず言葉を飲み込んでしまった。
まるで親に褒められた子供みたいな顔をした部長が、満面の笑みを浮かべて僕を見つめていたからだ。
それは、部長が作ったビラを見せた時の小鳥遊先輩の優しい表情によく似ていた。




