【鬼道家の陰陽師】4
学校での僕は、なるべく静かに過ごしたい。
高校生陰陽師として生きる僕ではあるけど、学校でくらい普通の人間として過ごしたっていいだろう。妖怪や戦いとは無縁の生活。友人を作ったり恋人を作ったり──それこそ文字通り平穏な生活をさ。
「3年の教室でボヤ騒ぎがあったらしいよ」
「ゴミ箱が燃えてたんだろ? 火遊びとかヤバすぎ」
僕はメモ帳を開いたままクラスメイトの会話を耳に入れていた。入学式当日から頻発しているボヤ騒ぎの話らしい。僕達新1年生には関係の無い話ではあるが、入学したばかりの学校で火遊びをしてる先輩がいる……ってのは少々物騒だ。
「火遊びと言えばさぁ、知ってる? 東妖の七不思議の話──」
「焼却炉のユーレイでしょ、古椿……それからプールの石碑!」
ホームルームが終わったというのに、未だに話し込んでいるお喋りな女子たちの話をBGMにしていた僕だったが、やがて席を立って荷物をまとめ始めた。あえて教室に残っていたのは、電車の時間と市内パトロールの時間を計算して、ここで時間つぶしをしていたからだ。
「楓、もう帰んの?」
「ああ、電車の本数が少なくてさ……時間潰してた」
人懐っこいクラスメイトが声をかけてくる。彼の名前は紀藤葵……なんと僕と苗字の読みが同じだ。そのため、お互いを名前で呼びあっている。
葵とは、僕がこの東妖高校に入学して初めて知り合った。彼の記憶によると学校の説明会でも隣同士だったようだ。僕は覚えちゃいなかったんだが。
「お前の家遠いもんなあ──気をつけて帰れよ!」
「ああ」
僕は軽く手をあげて返事をすると、中学のころから使っているスクールバッグを肩にかけて廊下へと出た。
これから、僕にとって華々しい高校生活が待っている。とても順調な新学期だ。
明日もきっと良い一日に──。
「あなた、怪異に興味あるわね!」
そんな僕のキラキラ新生活をぶち壊す一言を、目の前の女は放った。
……聞き間違いだろうか?
意気揚々と帰宅すべく、廊下を歩いていた僕の目の前に突然立ち塞がった女子生徒の口から出た言葉は、めちゃくちゃ物騒なものだった。
「ええと……何ですか?」
突然僕の目の前に立ちはだかった女子生徒──ラインの入った赤いタイの色を見ると上級生か。
気の強そうな女子生徒は、腰に手を当ててまくし立ててきた。
「あたしの部活、東妖オカルト研究部では東妖市における怪異について調べているの!」
ドヤ、と言わんばかりの顔で女子生徒が言う。廊下を行き交う同学年の生徒が、物珍しそうに彼女や僕を見ていた。
すごく、目立ってる……。
「あたしの名前は高千穂レン。高千穂財閥の孫娘って言ったらわかる?」
乾いた愛想笑いをしたまま黙っている僕を見て、少しは何かを察して欲しいものだが、女子生徒──高千穂レンには通じない。
高千穂財閥。
その名前はどこかで聞いたことがあった。たしか……総連に出資してる金持ちのひとつがそんな苗字じゃなかったか?
「あー、お金持ちなんですね」
僕は、少々引きつった半笑いで適当な受け答えしながら通路を塞ぐ体を遮ろうとする、が──高千穂先輩は、両手を広げてそれを阻止する。
「鬼道楓くん、うちの部に入りなさい!」
問答無用と言ったように、高千穂先輩が言い放った。怪しい宗教勧誘と同レベルの面倒くささだ、これ……!
「ぼ、僕、そういうの興味なくて……」
「あたし、知ってるのよ!」
しどろもどろになりながら後ずさる僕を逃がすまいと、高千穂先輩は僕の腕をがっしりと掴む。
「あなたが見てたメモ……東妖市で怪異が目撃されてたスポットじゃない? それも細かくびっしり書き込んであったわね!」
僕の顔色が変わったのを見て、高千穂先輩がニヤリと笑う。
人のメモ帳を勝手に覗くなんてどういう神経してるんだ。今どきの金持ちは。人のメモ帳を覗いていいなんて教育を受けてるとでもいうのか?
いや、いくら気が弛んでいたとはいえ、教室や、ましてや廊下でこんなものを見ていた僕に非があるな……3割くらい。
「怪異に興味あるのに、何で隠そうとするの? 何かやましい事情でもあるわけ?」
高千穂先輩は、そう言いながら僕をどんどん壁際に追いやってくる。
僕達に好奇の目を向けながら帰っていく同学年の生徒の中に、今すぐ加わりたい……。
「いや、そういうわけでは……」
「じゃあ興味あるんじゃない!」
僕の曖昧な態度が不幸を招いた。
高千穂先輩はわニヤリと笑って僕の手を掴んだまま頭の上に掲げる。
「これで、5人目……! 東妖オカルト研究同好会は今日、新たに生まれ変わるのよっ!」
「さ、さっきオカルト研究部って……」
「これから部になるのっ!」
喜んでいるところに水を差すなと言わんばかりに、高千穂先輩にピシャリと言いきられる。
それにしても、高千穂先輩の宣言は目立つ。何せ廊下の真ん中で叫んでいるし、他人のフリをしたい。穴があったら喜んで入りたいくらいだ。
「オカルト研究同好会は! 今日! 正式に部活として認めてもらうんだから!」
高千穂先輩はポカンとしている僕の手を掴むなり、そのままずるずると引っ張り始めた。女の子の力とは思えないほどの腕力だ。
力だけでなく、彼女の有無を言わせない強引な語り口調もまた、僕から抵抗する力を奪っていた。
「来なさい! 部室に案内するわ! メンバーもそこに招集してるから」
「同好会なのに部室があるんですか?」
「空き教室だから使ってやってるのよ!」
高千穂先輩はしれっと答えて、僕の腕を引っ張っていった。
って待て待て! 部活なんか入ったら、ますます妖怪を退治する時間が取れなくなる……!
頭を抱えそうになっている僕の行く先で、様々な妖怪絡みの事件が起きることになるなんて──この時の僕は、想像すらしていなかった。