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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(ガットフェローチェ編)

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【土用凪 祓いの酒で 酔いし虎】18

 生ぬるい風を切るように、紫色のバイクが速度を上げる。乗っているのは黒いシャツを着た銀髪の少年と、その後ろに座っている猫耳の少女だった。


「素直じゃないな、タイガは」


 タイガの背中に頭を預けながら少女が呟く。


「イヴに、ちゃんと謝った?」

「聞こえねー」


 タイガは、とぼけたように答えた。そんな恋人を咎める気も起きず、猫屋敷(ねこやしき)弥生(やよい)は彼の背中でため息をつく。


「ラーメンでも食いに行くか〜」


 タイガは、どこまでも自分勝手でマイペースだ。多くの人はそれを彼の短所だと言うが、弥生はそうは思わない。


「こんな時間にラーメン屋なんかやってないだろっ!」


 風にかき消されないように声を大きくするが、タイガは答えなかった。次第にバイクが減速していく。

 やがて辿り着いたのは、コンビニの駐車場だ。さっさとコンビニに入っていくタイガを追って、弥生は慌ただしくヘルメットを脱ぐ。背中に弥生の気配を感じて振り返るタイガの胸に、弥生がぶつかった。


「あっちで待ってろ」


 ぽん、と弥生の頭に手を置いてタイガが指したのは、入口から左奥に進んだイートインスペース。さすがに夜遅くともなれば客も居ない。

 奥の席を確保して一休みしていると、すぐにインスタントのカップ麺をふたつ持ったタイガが戻ってきた。湯を入れた後なのか、蓋が開きそうになっている。


「私、()()()がいい」

「あ? ふざけんなよマジで」


 あからさまに嫌そうなタイガを見て満足そうに笑った弥生は、醤油ラーメンを両手で受け取った。


「タイガ、箸がない」

「はぁ〜ッ……」


 タイガは子供っぽく唇を尖らせ、再びふらふらと店内に戻っていく。

 それからほどなくして、二人は少し短いプラスチックのフォークでカップ麺をすすり始めた。


「何か、すっごく悪いことしてるみたいだな……」

「あー……寮は門限があるし?」


 タイガは弥生を見ずに答えた。どうやらスマートフォンを操作しているようだ。そんなタイガの肩に、弥生が頭を押し付ける。


「相変わらずあったかいな、お前」

「おー」


 タイガは湯気の立ち上る麺に息を吹きかけながら間延びした声で答えた。スマートフォンをテーブルに置いて、弥生の頭を撫でるタイガの視線はラーメンに向いていたが、その手つきはとても優しい。

 やがて、スープを残してラーメンを食べきったタイガは、『酒飲みて〜』などと言いながら席を立つ。

 テーブルに置きっぱなしのタイガのスマートフォンは、アプリが開いたまま。その画面に表示されたRAIINのメッセージを見て、弥生は微笑ましげに目を細めた。


「素直じゃないな、本当に」


 弥生は、そのスマートフォンを手に取って、タイガの代わりにメッセージを送る。しばらくやりとりを続けていると、タイガがのんびりとした足取りで帰ってきた。


「ほらよ、ブス」


 弥生の元に戻ってきたタイガは、彼女が自分のスマートフォンを触っていることに対して、特に気にした様子もなくピンク色のペットボトルを軽く振る。中身は弥生の好きないちごミルクだ。


「これ、私が今すっごく好きなやつだ! 覚えててくれたんだな、タイガ!」


 弥生は、ブスと言われたことも忘れて、嬉しそうにしっぽを揺らしながらペットボトルを受け取った。そんな彼女に無愛想な返事をしたタイガは、平然と缶チューハイを開けている。彼の横には大量の惣菜パンや弁当、飲み物がむき出しで積まれていた。


「全部ひとりで食べるのか?」

「ンなわけねーから」


 そう言って呆れたように笑うタイガの横顔は傷だらけ。よほど酷い喧嘩をしたのだろう。


 出会ってから四年。


 弥生は、生まれも育ちもどうぶつしか居ない閉鎖的な村で暮らしてきた。これまでに人間を見たこともなかった彼女が、伏見会の働きで五十日(いか)大学附属中学校の寮に預けられるようになったのは、彼のおかげだ。

 彼が、弥生を地獄から連れ出してくれたから。


 きっとこれからも、この少年は弥生の知らない景色をたくさん見せてくれる。


「タイガ、大好き」

「おー」


 タイガは、スマートフォンを弄りながら間延びした声で答えた。薄い反応に頬を膨らませる弥生だったが──。

 酒を飲みきったのか、ゆっくりと缶を片手で押しつぶす音が聞こえる。


「そろそろ行くか〜」

「どこに? タイガの家?」

「いや、海とか。見たくね?」


 タイガはスマートフォンを見つめたままぽつりと答える。既に深夜零時を過ぎ、いよいよ悪いことをしているような感覚が強まって、弥生は猫耳を揺らしながら虚空を見上げた。


「確かに寮に入ってからは見てない、けど……今日じゃなきゃダメか?」

「今日だから良いんじゃん」


 片目を覆い隠すほどの長い髪を耳にかけながら、タイガが笑う。酒と煙草と香水の混じった、弥生の大好きな匂いが鼻腔をくすぐった。


 弥生は、テーブルに置きっぱなしにされたカップや酒の缶を片付けようとする仕草を見せたが、すぐにタイガに腕を引っぱられる。


「こ……こらっ!?」

「店員にでもやらせとけ。まァ……」


 長い前髪に隠されたタイガの瞳が、少し騒がしいカウンターを一瞥した。

 浮浪者らしき男が、何やら店員と言い争っている。浮浪者は、言葉が通じない店員相手に困惑している様子だった。


(こんな夜中に大変だなぁ)


 店員は、しきりに『……()()。タ()()……』などと呟いているが、よく聞こえない。その発音は、妙に機械的で不快な響きがある。

 弥生が何となく視線を向けると、店員と目が合った。どこか焦点の合っていない目つきに、一瞬ぎょっとするが、『そういう人も居るよな』と無理やり自分を納得させ、それ以上深く考えないことにする。


「……()()()()()の話だけど」

「?」


 不思議そうな顔をして店員を見つめていた弥生の頭が、ごく自然に抱き寄せられる。まるでよそ見をしながらの片手間。弥生は不機嫌そうな表情を浮かべたが、頭を撫でられるとすぐに機嫌を良くしたのか、満足そうにタイガに身を任せていた。

 袋に大量の食料をぶら下げて弥生と共に店を出たタイガは、バイクの燃料を確認しながら跨る。

 弥生もすぐにタイガの後ろに乗り、両腕を腰に回して子猫が甘えるように抱きついた。


「海でもアジトでもいい。行こう、タイガ」


 タイガは、口の周りを真っ赤に染めた店員が店から出てこようとする姿に気づきながらも、弥生にヘルメットを被せて何も言わずに夜の闇へとエンジン音を響かせる。


 日常に忍び寄る怪異など、お構いなしといった様子で。

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