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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【魂喰蝶】6

「お、お嬢ちゃん!?」


 豆狸の声と共に、冥鬼が膝をつく。その細腕は小さく震えていた。

 すぐに冥鬼が口に手を当てるが……。


「何、だ……これ。オレさまの力が……」


 冥鬼の指先からポロポロと炎が零れ始める。タイムリミットじゃない。おそらく……あの蝶の仕業だろう。

 指先から零れた炎の粒が風に乗って蝶へと引き寄せられていく。


「なっ! なんだあ!? ありゃあ!」


 豆狸が素っ頓狂な声を上げる。冥鬼の体から力が抜けていくたび、蝶の体が変貌し始めていた。

 金色の体に赤い炎が混じり始め、どんどん妖気が膨らんでいく。


「オレさままで喰う気かよ……ふざけた、害虫だ……」


 膝をついてしまった冥鬼が大剣に手を伸ばそうとするが、力が入らなかったのか彼女はすぐに俯せに倒れ込んでしまう。

 何とかしなければ。

 けれど、今の僕には声を出すことはおろか指を動かすことも出来ない。


 僕なんかには、何も──。


『鬼道』


 強く歯を噛み締めていた僕の耳に、舌足らずな声が聞こえた。


『オマエはおそらく魂喰蝶の影響を受けない』


 その声はゴウ先輩だ。意識を手放す前のゴウ先輩が、僕に伝えた言葉。

 と言ってもバッチリ影響を受けてるじゃないですか、先輩!

 このとおり全然動けないし……。


「あ、れ……?」


 僕は魂を抜かれて動けないはず。なのに、今の僕には意識がある。指先がピクリと動いた感覚も、確かにあった。

 僕はおそるおそる、中途半端に開いたままの手のひらを軽く握りこむ。


 ──動ける……?


「お、お嬢ちゃんしっかりしろよ! お嬢ちゃんが倒れたら誰がアイツを倒すんだよぅ!」

「うるせー……鍋にされてえのか」


 冥鬼の周りでキャンキャンと吠えながら豆狸がうろつく。そんな豆狸を鬱陶しそうに払った冥鬼は、這うようにしながら大剣へ手を伸ばそうとした。

 だがその時、パチッと火の弾ける音がして、冥鬼の伸ばした手が、手首の先から火の粉となって消し飛ぶ。


「……野郎」


 冥鬼が低い声で怒りを露わにすると、金色の蝶はトドメと言わんばかりに鱗粉を撒き散らし始めた。冥鬼は口を押えて苦しげに蹲ってしまう。

 冥鬼を助けるなら……今しかない。

 僕は息を殺してゆっくりと体を起こした。

 不思議と、僕の体には力が漲っている。今ならなんでもできるような、そんな気がした。

 僕が起き上がるのとほぼ同時に、冥鬼が力を失ったのか完全に床に倒れ込み、次第に豆狸も力が抜けたようにへたりこんでしまった。


「楓……お兄、ちゃん……」


 冥鬼の口から、微かに僕の名を呼ぶ声が聞こえる。

 その瞬間、体そのものが別人になったような感覚が全身を支配して、僕は無地の札を御札ケースから取り出していた。右手首の数珠が赤く輝き、無地の札へ自動的に術式が書かれる。


「急急如律令──炎狗翔臨(えんくしょうりん)!」


 放ったのは鬼道柊の鬼神天翔同様に、オリジナルの術だ。当然、普段の僕では成功する術じゃない。

 以前倒した首無犬という妖怪の力を、僕は右手の数珠の中に宿している。これは……冥鬼の主である僕だけが使える特別な道具だ。普段の僕は使おうともしない……もしかしなくても使い方すら分かっていないだろう。

 この数珠は冥鬼の力を解放するだけでなく。今まで倒した妖怪の力を宿せるようになっている。今までは冥鬼の力を解放するためにしか使ってこなかったが。


「頼む、時間を稼いでくれ」


 そう言って妖を放つと同時に、勢いよく首のない子犬たちが躍り出る。子犬たちは蝶を囲むようにしてキャンキャンと吠え始めた。

 首無し犬ができるのは、吠えることで結界を張ることだ。当然この蝶に敵わないことは分かってる。ほんの少し時間が稼げればいい。

 僕は床に転がった冥鬼の剣を、ゆっくりと拾い上げていた。

 子犬たちの張った結界のせいか、蝶はその場から動けずに羽根をバタつかせている。けれどその結界も長くもたない。


「か、えで……?」


 意識が朦朧した様子の冥鬼が、驚いた様子で僕を見つめていた。

 僕は目だけで彼女に応えると、冥鬼がいつもしているように大剣を構える。

 不思議と僕の手に馴染むその大剣は、大きく脈動していた。


「大丈夫、すぐに冥鬼のところに返してやる。少しだけ力を貸してくれ」


 僕はそう呟いて、熱く脈打つ刀身へ語りかける。

 同時に子犬の一匹がパンッと音を立てて弾け飛んだ。

 それを皮切りに、子犬が次々と弾け飛んでいく。

 ──初めてにしてはかなりもったほうだ。

 子犬の結界を払った金色の蝶が羽根をはためかせながら鱗粉を振り撒き始める。


「みんなの魂を返してもらうぞ」


 鱗粉を払うように大剣が空を斬る。

 燃え盛る熱い刀身は、金色の蝶を真っ二つに斬り裂いた。

 大剣から発せられる熱で、蝶の体は炎と化し、火の粉を浴びた金色の蝶は羽根を激しくバタつかせながら僕の頭上を通って部屋から逃げようとした。


「させない」


 僕は自分でもゾッとするような声色で呟くと、勢いよく大剣を振り下ろす。

 金色の蝶は真っ二つに切断され、二枚の羽根がハラハラと床に落ちる。

 同時に、金色の蝶の残骸から複数の光の粒が飛び出した。それらはハク先輩、そして冥鬼の中に、もう他の光の粒は扉の外へと消えた。おそらく部長とゴウ先輩の元に向かったんだろう。

 そして最後に出てきた光の粒は……鬼道楓の中へと消えていった。


「ぐ、う……」


 体から力が抜けてしまった僕が膝をつくと、慌てたように冥鬼が駆け寄ってくる。

 心做しか、握っていたはずの大剣が酷く重く感じる。まるで、夢から目覚めたばかりみたいに頭がぼうっとしていた。

 僕は、しばらく蝶の残骸を見つめて朦朧としていたけど、やがて思い出したようにメモ帳を取り出す。


「魂喰蝶──討伐。じ、時間は……」


 腕時計を確認しながら討伐時間を記入する僕を見て、冥鬼が呆れたように肩をすくめる。

やがて彼女はメモ帳の間から顔を覗かせた。


「さっきの技は何だよ? いつもの楓じゃねえくらいかっこよかったじゃん! まるで人が変わっちまったみたいだったぜ?」

「さっきの……技?」


 興奮気味に問いかける冥鬼に、僕はゆっくりと聞き返す。

 さっきの技、と言われても僕の頭にはぼんやりと霞がかかったような感覚がして、上手く思い出せなかった。

 蝶に魂を抜かれ、朦朧としていた僕は冥鬼が襲われたのを見て、それで……。


「ごめん……よく覚えてない……」


 そう答えると、冥鬼は『はあ?』と素っ頓狂な声を上げて僕を見つめた。おかしな話だ。たった今、僕が魂喰蝶を倒したはずなのに……よく覚えていないなんて。

 やがて、冥鬼は思い出したように視線を彷徨わせて、床に倒れたままのハク先輩を見やる。

 ハク先輩は眠るように気を失っていたが、静かに肩が上下していた。どうやらハク先輩の魂も戻ってきたみたいだ。


 冥鬼は何となく腑に落ちないといったような表情で首を傾げていたが、すぐに考えることをやめたのか、思い出したように散乱したテーブルや椅子を手にとって言った。


「なあ、これ……元に戻しておかねーか? ねーちゃんが起きた時にビックリしちまうだろ」

「あ、ああ……そうだな」


 僕はよたつきながら立ち上がると、冥鬼に促されるようにして長テーブルを部屋の中央へと移動させる。

 せっせと椅子をテーブルの傍に置いたり乱れたカーペットを直している冥鬼の姿は、いつもより少し違って見えた。


「冥鬼」

「ん?」


 冥鬼が不思議そうに顔を上げると同時に、頭の上で結ばれたリボンが揺れる。

 おかげで、普段と違う違和感の正体がようやくわかった。


「その髪型、似合ってるじゃないか」


 僕がそう言うと、冥鬼は何を言われたのか分かっていない様子でキョトンとした様子で目を丸くしていたが、やがて心の底から嬉しそうに微笑むとリボンを揺らして大きく頷いた。

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