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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(ガットフェローチェ編)

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【土用凪 祓いの酒で 酔いし虎 】8

 イヴローニュとは、小学生の頃に学童で出会った。

 西洋人形のようなその容姿を見た時、女の子かと思ったのを覚えている。その海の底のような青い瞳は、他の子供を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。誰にも懐かない、孤高の野良猫のように。

 周りの子供たちが鬼ごっこやカードゲームに興じる中、彼だけは窓際の席に腰掛けてひどく退屈そうに外を見つめていたのだ。


 それなのに、女子には『王子様』だとか、『かわいい』だとか言われてチヤホヤされ、大人たちにも妙に目をかけられている。

 タイガの中で、彼の立ち位置が『生意気な奴』に決まったのはその瞬間だ。

 伏見(ふしみ)虎河(たいが)という少年は、全てにおいて自分が一番でないと嫌だったのだ。


 だから、軽口のつもりで彼の見た目をからかってやった。


『男かよ。女子かと思ったわ』


 嫌味たっぷりに話しかけた時、青い瞳と目が合って。

 次の瞬間、凄まじい威力の蹴りがタイガのこめかみに決まり、地面に叩き落とされた。

 そのかわいらしい顔に似合わぬ力強さと、筋の通った正確な動き。


『何? もう一回言って』


 まだ声変わりもしない少年が、静かに問いかける。

 その一撃が、開戦の合図となった。

 地面を転がって膝で腹を蹴りつけ、髪を掴んで引き倒す大喧嘩が始まる。二人の少年を前にして周りの子供たちは怖がって泣きわめき、大人は誰一人として止めることは出来なかった。


 顔をパンパンに腫らして、肩で息をしながら、ボロボロの姿で地面に座り込んだ二人の少年は、どちらも負けを認めない。

 けれどその間には、しっかりと友情が芽生えていた。


『アンタさ、何でそんなに強いわけ?』


 タイガが尋ねる。少年は少しむくれた顔をしてため息をつくと、絶対に笑わないでと念を押した。


『……ずっと好きだったお姉さんが』

『ん?』

『男だったから』


 沈黙。

 予想外の回答に、タイガは目を丸くした。


『失恋のショックで強くなったってこと?』


 後にも先にも、こんなに面白い回答は無いだろう。タイガは、腹を抱えて笑った。

 今度こそ、怒った彼の蹴りが再び飛んできたのは言うまでもない。


 その後、遅れて双子の新入りが学童にやってきたことで、四人はすぐに友達になった。


 日本酒に詳しいからイヴローニュ。

 泣き虫ですぐ目が赤くなるから、泣き虫うさぎのヒースヒェン。

 うさぎの兄について回って、亀みたいにのろのろしてるからタルタルーガ。

 そんなあだ名をつけて、ガットフェローチェというチームを作った彼らは、いつも一緒に時間を忘れて遊び回った。


 互いの本名は、四年経っても知らない。


本名や、家族について詮索するのは禁止。それが、彼らだけが決めたガットフェローチェのルールだった。

 伏見会の力を借りればすぐに調べられるけれど、これが自分たちらしいと思っているし、彼らもそう思っていることだろう。彼らは、チームで繋がった家族なのだから。


 小学六年生の夏。

 あの日起きた小旅行をきっかけに、彼らの絆はもっと深まり、ヒースやタルとは共通の《罪》も出来た。家族(ガッチェ)が離れ離れになることは絶対にない。

 タイガは、そう確信していた。


 中学三年の冬、イヴが珍しく神妙な顔でタイガの元を尋ねるまでは。


 そこはまるで牢獄のように静かで、遠くで響く波の音が子守唄のように眠気を誘う。

 今は使われていない埠頭の倉庫を家代わりにしているタイガは、そこに私物を持ち込んで暮らしていた。

 高く積まれた資材の上にマットレスを敷き、集会が無い時は一日中そこに居る。雨風も凌げるし、タイガにとっては第二の家。

 そんな頭二つ分高い位置に居るタイガを、イヴは表情を変えることなく見上げている。


「あー? そうだぜ。伏見会の伏見獅生(ふしみしおう)はオレの親父」


 タイガが笑いながらマットレスの上で寝返りを打つ。隠すつもりは当然無かったから、口調も穏やかだった。

 お気に入りの曲をワイヤレスイヤホンで流しながら、タイガは虎柄の毛布を掛けて寝る体勢に入る。


「家の人は、知ってんのか? ガッチェのこと……」


 そんな中、イヴは感情を殺したような暗い声で尋ねた。

 この時、少しでも彼の違和感に気づけていたら。曲を聴くのを止めてイヴに向き合っていたら、悲しい結末にはならなかっただろう。


「あー、あはは。この前、馬鹿なことやってねーで、そろそろ家に帰ってこいって電話かかってきたわ」


 タイガはケラケラ笑った。

 いまさら、自分の立場を明かしたところでイヴは引いたりしない。それは長年付き合ってきたタイガが一番よく知っている。イヴは心を許せる親友で、ガッチェはタイガの家だ。父親にご執心な教育係の話す会社経営だとか投資だとか、そんなものに興味はない。


 安定した退屈な人生はごめんだ。


 それなら、末端のチンピラがやっているような仕事のほうがよっぽどやってみたいし、縄張り争いや他の組との抗争にも興味がある。


 とにかく、刺激が欲しいのだ。


 自分が本当に作りたかったチームに、イヴならついてきてくれる。小さな頃から闇の社会を見てきたタイガと、唯一対等な立場で居てくれたイヴなら。


 なのに──。


 イヴはその日を最後に、理由も言わずタイガの前から姿を消した。

 彼が初めて愛した、赤い瞳の少女さえも。

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