表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(ガットフェローチェ編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

383/432

【土用凪 祓いの酒で 酔いし虎】7

 蒸した空気に包まれた暗闇の中で、(たちばな)海斗(かいと)はゆっくりと目を覚ます。そこには、白い特攻服を着た複数の男たちが立っていた。彼らは鉄パイプに釘バット、どれも殴られたら軽傷では済まないものばかりを手にしている。


「よお〜、オタクくん。気分はどう?」


 ぼやけた視界の先で、マットレスの上に腰掛けた少年が言った。まるで悪意など微塵も感じさせず、人懐っこく笑う少年。


 ──タイガ。


 海斗の心臓が、ぞくりと跳ねる。


 彼が何度も自分を殺し続けてきたことを、海斗は今度こそはっきりと思い出せる。美燈夜(みとよ)の力によって、封じられていた記憶が解放されたからだ。


 海斗を見下ろすその猫のような瞳は、まるで虫を弄ぶ子供のように無邪気で──そして、暗く深い憎悪が秘められている。その手には海斗のスマートフォンが握られていた。


「僕の、スマホ──返せよ……」


 か細い声を遮るように、四方から腕を掴まれて床に押し倒されると、体がねじれるように痛んだ。

 タイガは、にこやかに笑いながら海斗に近づいてくる。その歩みはゆったりとしていて、まるで獲物を弄ぶ虎のようにしなやかだった。


(たちばな)海斗(かいと)。東妖高校の一年生で家は橘総本家。家の間取りは、二階の南側がアンタの部屋」


 当たってる? とタイガが首を傾げて笑う。その台詞は、幾度となく耳にしてきた悪魔の挨拶。


「何で、僕を狙うの……」


 海斗が震えた声で尋ねる。タイガは、男たちの一人からバットを奪い、ぶらぶらと振りながら首を傾げた。


「さあ? 何でだっけ」


 タイガは、バットを構えて軽く素振りしながら、とぼけた口振りで答える。びゅんびゅんと、空気を切る音が耳に響いた。


「アンタを殺して、イヴに見せつけてやりたかったから──かな」


 次の瞬間、タイガが海斗の顔面に向けてバットを振りかぶる。海斗の脳裏にこれまでの記憶がフラッシュバックした。

 バットが振り下ろされ、鈍い衝撃と共に染まる赤。鼻の骨が砕ける音と、耳障りな笑い声の記憶。

 反射的に、海斗は地面に体を伏せる。


「へ〜?」


 タイガは、そんな海斗の反応を見てにっこりと笑った。しかし次の瞬間、海斗の腹が無慈悲に蹴りあげられる。


「が……!」


 鈍い衝撃が腹を突き破り、内臓が潰れるような感覚。肺が圧迫され、瞬間的に喉の奥からせり上がる酸っぱさを感じながら、海斗は強く歯を食いしばってどうにか意識を繋ぎ止めようとする。

 しかし、即座にタイガのかかとが背中へと振り下ろされ、骨が悲鳴を上げた。


「あが……ッ」


 体を丸めて激痛に耐える海斗を見下ろして、タイガが握ったままのスマートフォンを操作する。

 一体何をする気なのか──答えは決まっている。録画をして、彼に見せつけるつもりなのだ。


「や、やめッ──」


 痛みに喘ぐ海斗の声は、言葉にならない。

 タイガは、見せしめのように海斗の体を地面に突き飛ばした。


「これ、ちゃんと撮れてんの?」

「いいっすよぉ、タイガさん」


 取り巻きたちが下卑た声援を送る。そのリクエストに応えるように、タイガは海斗を殴り飛ばした。


「今からコイツ殺すから。止めたきゃ死ぬ気で探せよ、イヴ」


 そう言って録画を終えたタイガは、映像を確認してポイッとスマートフォンを投げ捨てる。冷たい琥珀色の瞳が海斗を見下ろしていた。


(殺される……殺される、殺される殺される殺される殺されるッ──)


 恐怖が身体を支配する。震えが止まらないのに、タイガから目を離すことが出来ない。

 やがてタイガは、ふっと笑って海斗から目を逸らした。


「あれあったっけ、ファニーフォックス」

「どうでしたかね。今朝キメちまったんで、在庫残ってるとは思うんスけど」


 ヘラヘラと舎弟が笑う。タイガは、そんな舎弟の背中を足で蹴飛ばすと、ゆったりとした足取りで奥の部屋へと消えた。それも、舎弟たちも一緒にだ。


 まさか、こんなに早く隙を見せてくれるとは思わなかった。海斗は、弾かれたようにスマートフォンに飛びつく。タイガに放り投げられたせいで無惨にも画面が割れていたが、そんなことを気にする余裕などない。

 震える手でRAIIN(レイン)のアプリを立ち上げた海斗は、宿儺(すくな)に助けを求めるように文字を打ち込んでいく。


「は、はひゅッ……」


 指が震えて上手く文字が打てない。ガチガチと体を震わせながら、必死に言葉を作っていくが、焦燥がさらに手の震えを悪化させる。


「早く、宿儺くんに伝えなきゃいけないのにッ……」

「何を伝えんの?」


 ぞわ、と背筋に悪寒が走った。振り向く間もなく、タイガが背後からスマートフォンをひったくる。画面を一瞥し、すぐに興味を無くしたように後方に放り投げる。


「さーて」


 海斗の体を跨ぐように、煙草を咥えたタイガが立ち塞がる。その手には、拳銃が握られていた。

 海斗の口から、悲鳴にもならない空気が情けなく零れる。


「震えてんじゃん。怖いんだ?」


 タイガが喉奥で笑う。その声は腹が立つくらい優しくて、チョコレートのように甘い。

 いつ、彼の気分で殺されるか分からない恐怖が、常に海斗の中にあった。


(こ、これまでのループでも……コイツの行動パターンは全然読めなかったッ……)


 彼は、ふとした思いつきで呆気なく海斗を殺す。かと思えばダラダラと一時間以上世間話をしてみたり、突拍子もない行動を取り続けていた。

 その中でも特に厄介だったのは……。


「クイズやんない? オタクくん」


 タイガは機嫌良さそうに言った。心臓が高鳴る。答えを間違えたら──いや、タイガのことだ。答えても殺されるかもしれない。


「世界最大のネコ科の動物って何か知ってる?」


 ふうっ、と煙草の煙を海斗の顔面に吹き付ける。海斗は呼吸をするのも忘れてタイガを見上げた。


「っあ、アムール、トラ……?」

「正解」


 簡単すぎか、とタイガが笑う。

 以前は、質問に答えられなかっただけで胸に穴を開けられた。ファニーフォックスとやらをキメて、よほど機嫌がいいのだろう。


「古代エジプト神話に出てくる、ライオンの頭をした女神の名前は?」

「せ、セクメトッ……」


 間髪入れずに海斗が答える。

 どこで役に立つか分からないオタク知識が、初めて命を繋いだ。ありとあらゆるアニメやゲームに触れているため、一般人よりも神話の神々や悪魔の名前には詳しいと自負している。次も同じ問題ならば、だが……。


「次は……そーだな」


 タイガはニヤリと笑って、突然拳銃を海斗の口の中に突っ込んだ。

 金属の感触が、舌の上を滑る。冷たいはずなのに、火傷をしそうなほど熱い。粘膜を切ったのか、口内に鉄の味が広がった。奥歯に銃口が当たるたび、全身が粟立つ。


「ふぐ……うッ……」


 恐怖と苦しさで呻く海斗のことなどお構い無しに、タイガは銃身をぐるりと回す。冷たい銃口が、歯列をなぞった。


「うさぎの歯って、何本あるか知ってる?」

「に、にゆうはひッ……」


 海斗の目尻に涙が浮かぶ。タイガは、正解、と笑って煙草を口から離した。


「じゃあさ──オタクくん、これは知ってた?」


 おもむろに、海斗の耳元に唇を寄せたタイガが喉の奥で笑う。


()()()()()()とは、どういう意味の日本語でしょう?」


 この質問に、何の意図があるのか。

 海斗の呼吸は自然と上がっていた。肩を上下させる海斗に、タイガの手が添えられる。


「オタクくん、深呼吸ぅ」

「ひゅ……ひゅッ……」


 言われるがままに、海斗は浅く息を吸う。酸欠でどうにかなりそうだった。

 答えなければ、殺されてしまう。


「……い、イヴローニュの意味はッ……よ、酔っ払い……」


 震えながら答える海斗に、タイガは僅かに目を丸くした。ふうっと吐き出したその煙は妙に甘ったるくて、海斗の嫌いな匂いをしている。


「オタクくんさぁ」


 タイガの手から煙草が落ちる。琥珀色の瞳が海斗の顔を覗き込んだ。


「知ってた? アイツが()()()()()()ってこと」


 反射的に海斗の肩が震える。タイガはにっこりと笑った。そっかそっかぁ、と笑顔で言いながら海斗の頭を撫でる。


「困るんだよな、アイツで友達ごっこされるの」


 それはまるで意中の相手を口説くような、甘く優しい声。だがその瞳には、あたたかさのかけらもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ