【土用凪 祓いの酒で 酔いし虎】5★
特攻服姿の少年に連れられて、粟島宿儺は抗争の場を離れる。辺りは酷い有様だった。せめて海斗たちが無事に部長と合流したことを祈る。
少年が癖のついた長い髪を靡かせて、およそ感情の読み取れない漆黒の瞳で振り返った。
「久しぶり、総長」
ガットフェローチェの死神、タルタルーガ。愛称はタルだ。
宿儺は、こんな状況でもケロッとしているタルを見て頼もしさすら覚えた。あの化け物を躊躇いなく殺せる非情さは、宿儺には無い。
しかしタルの兄であるヒースは青い顔をしたままだ。
「な、何やってんだこの馬鹿がッ! さっきの奴、死んじまったかもしんねーんだぞッ!」
わなわなと震えながら、タルの胸ぐらをヒースが揺さぶる。しかし、彼の体は全く動じなかった。
「ヒースは──あれが人に見えたんだ?」
顔を覗き込むように、ぽつりと尋ねられたヒースは『うっ』と言葉に詰まって俯く。あの化け物を殺らなければ、宿儺が殺されていた。そのくらい、ヒースにも分かっている。
「馬鹿……無茶してんじゃ、ねーよ……」
それでも、兄として毒づかずにはいられなかったようで、ヒースは呻くように呟いた。やがて、その目は宿儺へと向けられる。
「オレたち、ずっと……イヴのこと探してたんだぜ」
その声は、感情を押し殺したように暗かった。
「……ごめん。急にお前らの前から居なくなって」
宿儺が深く頭を下げる。総長が無断でチームを抜けたのだ。歓迎されるとは思っていない。
「殴ってくれていい」
宿儺はそう言って、どんな罰も受け入れるように体の力を抜いた。
「そーかよ……」
ヒースは強く拳を握りしめて小さく身体を震わせると、やがて耐えきれなくなった様子で宿儺の胸に飛びつく。
「うわあぁん……会いたかったよぉ〜ッ!」
ヒースは、リーゼントが乱れるのも構わず、泣きじゃくりながらしがみついている。宿儺は少し困った顔で、わんわん泣いているヒースを見下ろした。
「お、おいヒース……」
「わああぁんッ!」
遠慮がちに引き離そうとするが、ヒースは一層大きな泣き声を上げながら、宿儺にしがみついてくる。同い年だというのに、泣き虫うさぎは健在らしい。
宿儺は、対応に困ってタルへと視線を送った。
「た……タル、お前は怒って良いんだぜ。つーか怒ってくれ……」
「……ん」
素知らぬ顔で棒付きキャンディを咥えていたタルは、泣いている兄を見てほんの少し考えた後、おもむろに宿儺の口へ色違いのキャンディを突っ込んだ。
「おかえり……総長」
無感情な瞳が宿儺を見つめている。それは、兄のヒースとは正反対の歓迎。
宿儺は力の抜けた顔でキャンディを咥え直すと、軽くタルを手招いて二人の仲間を強く抱き締めるのだった。
やがて、泣き止んだヒースは、ぽつぽつとこの数ヶ月間を語り始める。
宿儺の抜けたチームは、しばらく総長不在のまま活動を続けていたという。そんな中、チームに不穏な空気が漂い始めたのだ。
『タイガさんは、伏見会の子です』
ロトの言葉が脳裏を過ぎった。
信じたくない。信じられない。しかし、既にそれは確認済みだ。
「ガッチェはこんなことするチームじゃねえのにッ! ケーサツが勝手に目の敵にしてるだけじゃんかよ! 昔は、もっと……」
赤くなってしまったヒースの目に、再び涙が浮かぶ。
「みんなでバイクに乗って、遊んでれば、それだけで楽しかったのにさ。なんでッ、こんなことになっちまったのかなぁッ……」
悔しそうにしゃくりあげながら涙を拭うヒースの頭を、タルが黙って撫でていた。
宿儺が総長の座に戻れば、少なくともチームは守れる。けれど、今まで通り学校に通うことは、もう出来ない。
「……」
その時、RAIINが鳴った。発信者は橘海斗。トークルームを開くと、そこには受信できていなかったメッセージと、数十秒ほどの動画が添付されている。
嫌な、予感がした。
再生ボタンをタップすると、薄暗い倉庫のような場所が映し出されて──すぐに海斗の体が地面に倒れ込む。
『ほら頑張れよ!』
拍手と共に、野次る声が聞こえた。海斗が腕を震わせながら体を起こそうとするが、力なく地面に倒れ込みそうになってしまう。そんな海斗の前髪を何者かの手が掴んだ。前髪の下から血が伝っている。
『これちゃんと撮れてんの?』
『いいっすよぉ〜タイガさん』
前髪を掴みあげられて夕焼け色をした海斗の瞳が覗く。海斗の目尻には涙の痕が残っていたが、その眼差しは焦点が合っていない。
そんな海斗の顔にナイフが近づけられる。
『これ、橘総本家の坊ちゃんだろ。そんであっちは──鬼原ハク』
声の主が海斗の肩に手を置きながら後方を映す。猿轡を噛まされたハクが横たわっている。
『久しぶり、イヴローニュ』
この場には似つかわしくない満面の笑みで、灰色の髪をした男が画面を覗き込んだ。その口には煙草が咥えられている。
『今からコイツ殺すからさ。止めたきゃ死ぬ気で探せよ、イヴ』
正気を失ったような、琥珀色の目が楽しげに弧を描いた。
「こ、コイツッ……何てことしてんだよ! イヴ、今すぐ探しにッ……」
ヒースが声を荒らげた。
チームに戻れば、学校には戻れなくなる。友人や先輩と過ごした、楽しかった日々も戻ってこない。
けれど、もうそんなことなど、どうでもいいと思えるほど。
宿儺の中で、何かが切れる音がした。




